第197話 車両開発コードって何で漏れるの?

 溶鉱炉と、そこで溶かすための鋼鐵を用意し終えた俺たちはグレイス領に移動する。

 今では王都よりも、グレイス領の方が研究者と腕のいいドワーフが集まっているからだ。

 俺が鋼鐵を作っている間に、オッティはレベル上げのための冒険をこなしたので、蒸気機関車を作ることが出来るようになっている。

 なので、グレイス領に戻ってから、そこで蒸気機関車を作り出して、ばらして部品を図面にするのだ。

 必然的に、鉄道の製造・整備はグレイス領で行うことに決まった。

 当然最初の路線はグレイス領と王都を結ぶものとなる。

 途中途中で駅は作るが、これで更にグレイス領に人が集まりそうだな。

 馬車の窓から見える外の景色を見ながら、俺はそんなことを考えていた。

 若葉眩しい季節だというのに、俺の目線の先は線路の予定地であった。

 新緑の季節だとか、太陽が眩しいだとか、そういったことは、少しも心をふるわせない。

 何故ならそこに仕事があるからだ。

 工場の敷地に桜を植えたりされても、不具合の対策書なんか書いていたら、花が美しいという気持ちなんかわかないのが普通だろ。

 職場に花を持ち込むくらいなら、不良をひとつ減らしてくれた方が余程心をふるわせるぞ。

 偏見かな。


「ここを開拓して線路を敷くんだよな」


 俺はまだ窓の外をぼーっと眺めながら、頬杖をついている状態でオッティに話しかけた。


「ああ。ただし、アメリカの大陸横断鉄道みたいにはならないぞ。人夫を酷使して完成させるなんてのは無しだ。先住民族から土地は奪わないし、ダイナマイトを無知な作業者に扱わさせる事もしない。土魔法で整地しながらレールを敷設していく計画だぞ。トンネルはピクリン酸をお願いするけど」


 さらりと黒い歴史の知識をぶちこんでくるオッティ。

 アメリカ大陸横断鉄道はアイルランドと中国からの移民とアメリカ先住民族の犠牲の上に成り立っている。

 移民排斥とか言ってる場合じゃねーぞ。

 誰のお陰で大陸横断鉄道が出来たと思っているんだ。

 オッティとの会話はそこで終了し、グレイス領までお互いに無言だった。


 グレイス領につくと、既に鉄道車両製造工場の建設が終わっていた。

 レールの技術も既に持っていたようで、工場内にレールがしかれている。

 レールは既に表面が錆びており、敷設してから時間が経っているのがわかった。

 工場の中にはいると、天井の明かり取りから光が差し込んでおり、ライトの魔法がなくても十分に見渡せる程度には明るかった。

 晴れた日なら、外観検査をするのに十分な光量が確保できるな。

 中を見渡せば、奥の方にはRのついたレールが見える。

 直ぐとなりにはレールベンダーがあるので、レールを曲げる練習をしていたのだろう。

 レールはその使い道から、Rが大きくて曲げるのは楽そうだ。

 これがコックピットモジュールで使用する配管なんかになると、レイアウトの関係で1D程度で曲げる事もある。

 世の中には1Dベンダーもあるので、不可能ではないが、綺麗に曲げるのは難しい。

 曲げ皺も出るので、条件出しには熟練者が必要だ。


「ここは元々領内を結ぶトロッコ用のレールを作るために準備していたんだ。何せ住民が増えたのに、居住地が少ないから、山を切り崩して平地を作り出そうとしたのだが、大量の土砂を運び出さないといけないからね」


 オッティがいつの間にか俺の隣にきて、同じ方向を見ながら話す。


「山から出た土砂で海を埋め立てたら、倍の平地ができるというわけか」


「そのとおり。レールの幅は前世と同じ1,067ミリだ。1,435ミリでも良かったのだが、曲がることを考えて、この幅にしている」


 オッティの説明によれば、前者は日本の在来線の多くが採用する規格であり、後者は新幹線などの規格であるとのこと。

 レールの幅が広い方が、重心を高くしても安定するのだが、山岳部などの曲線が多くなるところでは、内外の軌間が狭い方が、車両が曲がりやすいのだ。


「そうだ、アルトには軌間ゲージを作ってもらいたい」


「軌間ゲージ?」


 オッティの言う軌間ゲージがどんなものかわからずに聞き返してしまった。

 オッティは一瞬説明が面倒だなという顔をした。

 俺はそれを見逃さなかった。

 ちょっとイラっとしたが、その気持ちを飲み込む。


「レールの幅、軌間は車両が通過すると少しずつ変化する。それを定期的に検査する必要があるんだ。それに使うゲージだよ。前世でも、北海道でそれをしなくて問題になっていたろう。予算が足りなくてやらなかったとかで」


 そう言われれば、そんなことがニュースになっていたな。


「それと、レールの幅は測定する箇所が国によって違うんだ。日本はレール上面から鉛直方向に16ミリ以内の最短内面距離となっているが、アメリカではレール上面から5/8インチ下がった位置での内面距離となっている。どこを測るのかもきちんと定義しないと、誤判定することになるからな」


 そう説明してくれた。

 確かに説明するのは面倒だな。

 しかし、そうなると気温も関わってきそうだな。

 夏と冬じゃレールの寸法も変化する。

 測定は摂氏20度に保たれた測定室でするべきだな。

 鉄道なので無理だけど。


「ちょっと待って。スキルツリーを確認するから」


 俺はスキルツリーを呼び出す。

 目の前に現れたツリーには、軌間ゲージ作成が入っていた。

 ならば、次に解放するスキルは決まりだな。

 俺はオッティにサムズアップで応えた。


「じゃあ、早速車両を呼び出してみるか」


 オッティが腕捲りをして、スキルを使おうとする。

 腕捲りは正直必要ない動作なのだか、ここは雰囲気だろうな。


「設計と職人は呼ばなくていいのか?」


「明日でもいいだろ。先ずは二人で車両をゆっくり見てみよう」


 そんなわけでオッティがスキルを発動する。

 まばゆい光が辺りに広がり、それが暫くして収まる。

 レールの上に一台の車両が現れた。


「Z33?」


 目の前に現れたのはフェアレディZの通称「Z33」だった。

 俺はゆっくりと首を横に回転させ、オッティの顔を見る。

 擬音が出ていたら、ギギギとなっていたろうな。


「呼び出し予定はこれじゃなかったんだ。貴婦人と呼ばれる蒸気機関車のC57の予定だったのだけど、これも貴婦人だしな」


 フェアレディとは貴婦人という意味だ。

 確かに同じと言えば同じなんだが、何故にC57とZ33を間違えるのだろうか?


「それはだな、Z33の車両開発コードが……」


「ワー!ワー!」


 俺は危険な事を口走りそうになったオッティの発言を無理やり止めた。


「それは口にしてはいけない」


 人差し指を自分の口の前に持っていき、しーっというポーズをする。


「まあ、そう言うなって。既に車両開発コードは車雑誌に掲載されていたぞ。それに、俺は開発や量産に関わっていないから、それが本当かどうかもわからない。まあ、スキルを使うときにほんの少しだけ、それが頭の片隅にあったから間違えただけなのだろう」


 車両開発コードとは、車両メーカーの機密事項であり、サプライヤーも当然それを外に漏らしてはいけないものだ。

 しかし、何故かそれが車雑誌には普通に載っている。

 記事の内容からして、車両メーカーの社員が漏らしているのは間違いないのだが、車両メーカーも犯人を突き止めたり、雑誌出版社にクレームを入れたりしないのかね?

 転生前に開発に関わっていた某車両なんかは、試乗インプレッション記事に車両開発コードがバッチリ載っていたぞ。

 因みに、試乗車両の弊社の部品は未だに正規工程が実現しておらず、量産時にはどうなっているかわからない。

 まあ、それについてはティア4だから、車両メーカーも試作作りだと気がつかないだろうけど。

 死亡して転生したから、今はどうなったか知りません。

 生きていれば今年発売ですね。



品質管理レベル42

スキル

 作業標準書

 作業標準書(改)

 温度測定

 荷重測定

 硬度測定

 コンタミ測定

 三次元測定

 重量測定

 照度測定

 投影機測定

 ノギス測定

 pH測定

 輪郭測定

 クロスカット試験

 塩水噴霧試験

 振動試験

 引張試験

 電子顕微鏡

 マクロ試験

 温度管理

 照度管理

 レントゲン検査

 蛍光X線分析

 粗さ標準片作成

 ガバリ作成

 軌間ゲージ作成 new!

 C面ゲージ作成

 シックネスゲージ作成

 定盤作成

 姿ゲージ作成

 テーパーゲージ作成

 ネジゲージ作成

 ピンゲージ作成

 ブロックゲージ作成

 マグネットブロック作成

 溶接ゲージ作成

 リングゲージ作成

 ラディアスゲージ作成

 ゲージR&R

 品質偽装

 リコール


※作者の独り言

車両開発コードは外にばらしてはいけないと、取り交わした契約書にも書いてあるのですが、どうしてばれているのでしょうかね?

とある車両メーカーの生産技術スタッフが、酒に酔った勢いでばらした話は聞きましたが。

日産はフェアレディZの車両開発コードが、蒸気機関車の貴婦人と同じC57にするつもりはありますかね?

関係者にしかわからない渾身のギャグですけど。

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