第156話 熱交

 場所はまだティーノの店である。

 イグニスの就職が決まり、グレイスが食事に集中しているので、俺とオッティは熱交の話を続けていた。


「コンプレッサーは出来たのか?」


「いや、コンプレッサーの仕組みが詳しく理解できていないので、スキル解放を待つしかないんだ」


 オッティは首を横に振った。


「そうか」


 コンプレッサーが出来きているとおもったが、どうやらそうではないらしい。

 コンプレッサーが出来たなら、エアコンに限らず、エアシリンダーを使った機械の制御もできると思ったのだけどな。

 コンプレッサーというのは空気の圧縮機のことである。

 カーエアコンの性能はコンプレッサーで決まるとかなんとか言われている。

 実際のところは知らないけど。

 まあ、噂ではあの会社のコンプレッサーは性能が酷くて、徐々に採用が減っているときいているので、そう言う事なのだろう。

 エアコンの仕組みは冷媒を使った熱交換であり、コンプレッサーは冷媒の循環に使用する。

 冷媒に圧力をかけて液化させれば高温高圧、逆に気化させれば低温低圧になる。

 原理は中学生でも理解できるが、作るとなると大変だ。


 工場においてのコンプレッサーは、圧縮した空気を送るために使われている。

 工場内のエアシリンダーを動作させたり、エアブローをするためそのまま使ったりしているぞ。

 製品の寸法がばらつくのはこのコンプレッサーが大きく関係してくる。

 コンプレッサーの圧力は一定ではなく、閾値を下回ると稼働して圧を高めるという動作をしているのだ。

 つまり、始業時に0.6メガパスカルで寸法だしをした製品も、0.5メガパスカルで設備が動作した時には寸法が変わってしまうのだ。

 工場が大きくなれば、エアー配管が長くなり、均一の圧力を維持するのは難しくなる。

 じゃあどうするかというと、設備の横にサージタンクを設置することになる。

 とまあ、ここまでは判っているのだが、全ての設備にサージタンクを設置する予算がなかったりするので、公差の緩い製品については、ばらつきの大きな設備で生産することになるのだ。

 そういうのが面倒なので、電気制御式のシリンダーを使ってもらいたい。

 電気は電気で問題があるんだけどね。

 じゃあ油圧?

 そこまでの力はいらない。

 設備DR(デザインレビュー)の時にそんなのをやったりもしたけど、予算の関係で希望が通らない事が多かったな。

 因みに、接触式の三次元測定機もエアーで動作するのだが、工場の設備の稼働が重なると、圧力不足で緊急停止してしまうので、割と切実な問題だったりしてます。

 夏場はコンプレッサーが熱暴走して仕事にならなかったりするしね。

 前世の話ですが……


「まあ、コンプレッサーが出来たら出来たで品質管理の仕事が増えて大変になるしな」


 俺は椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見上げた。


「それは作る方か?それとも使う方か?」


 そんな俺にオッティが質問を投げた。

 言われてみれば、どちらでも苦労をしたな。

 俺以外でもコンプレッサーにかかわった人達は漏れなく苦労している。

 とあるコンプレッサー製造企業に勤めていた人は、関連事業を子会社化されて、そちらに出向した挙句、資本関係を切られて完全な別会社となった。

 元々不採算事業だったらしい。

 その後別会社とはいえ、元々コンプレッサー製造企業の工場内で操業していたので、別会社となった後も家賃を払いながら同じ場所で操業していた。

 ただし、コンプレッサーはその企業のライバル企業から購入して製品を作り続けた。

 元同僚からのバッシングがすごかったらしいが、


「別会社ですので」


 で乗り切ったらしい。

 まあ、それだけ性能の低いコンプレッサーを作っているほうが悪いんだけどね。

 ※カーエアコンの話じゃないです。

 カーエアコンもコンプレッサーの性能が低いメーカーだと冷えないらしいので、車のエアコンはあそこのはやめた方がいい。

 逆にあそのこメーカーのはいいね。

 転生するときに具体的なメーカー名は忘れましたが……


 カーエアコンは欲しいが、コンプレッサーの品質管理はしたくない。

 いや、車がないからコーチエアコンと言うべきか。

 馬車って英語で沢山あるから、よくわかりませんけど。


「馬車にエアコンが付いたら便利よね」


 デザートを食べ終えて、口を拭いていたグレイスも話に乗ってきた。

 現代人としてはエアコンのない生活は考えられないようだ。

 ネルフの司令みたいに、テーブルに肘をついて、顔の前で手を組む。


「言っとくけど、室内用のエアコンと、カーエアコンのノウハウは別物だからな」


「そうなの?」


「揺れに対しての扱いがカーエアコンには必要だから。コンプレッサーの振動を車体に伝える訳にはいかないだろそれにドアベントだって必要になるから」


「何、ドアベントって」


「ほら、自動車のエアコンの風向きを調整したことあるだろ。足元とか窓ガラスとか。あの向きを変える仕組みだよ。昔はレバーで操作していたけど、今は電子制御だから。別に昔に戻ってレバーで制御してもいいんだけどな」


 因みにHVACをばらすとドアベントを見ることが出来るが、二色成形されているのでここで再現するのは難しい。

 二色成形っていうのは二種類の樹脂を使った成形のことであり、ドアベントだとプラスチックの回りをエラストマーでコーティングしている。

 頭の中で考えて、簡単にできそうなのはオリフィスチューブくらいかな。

 あれはメッシュを使って圧力をコントロールするローテクで、電気制御とかいらないから。

 ただ、冷媒が無いことにはどうにもならないぞ。

 それをグレイスに伝える。


「そう、簡単には出来ないのね」


 グレイスはテーブルにつっぷした。

 そのまま、こちらを見ずに質問してくる。


「アルトはよくこの温度変化に耐えられるわね」


「あ、スキルで温度調整できるからな」


 その言葉を聞いて、グレイスがばっと飛び起きこちらを見る。


「何それ、ずるいわよ」


「いや、ずるいと言われても、測定室の温度管理なんて品質管理の基本だぞ。スキルとして備わっていても何ら不思議はない」


「じゃあ、私のところで雇ってあげるわ」


「今の仕事はどうするんだよ」


「倍のお金を出すから」


「オッティのスキルレベル上げればいいだろ」


 とそこまで言って気が付いた。


「なあ、オッティ。お前が作り出した設備のオイルクーラーとオイルヒーターってどうしているんだ?」


「標準でついているから気にしなかったな」


 オイルクーラーとオイルヒーターは油温を一定に保つ仕組みである。

 油温が変わると設備の動作が変わるので、これも製品の寸法が変わる原因になる。

 最初からついている訳ではない。

 有名メーカーは家庭向けエアコンも、産業機械用のエアコンもシェアが凄いよね。

 「代金?売る?さらに?」

 いや、なんでもないです。


「兎に角エアコンが欲しいわ。冷媒を何とかすればいいなら冷媒師を募集すればいいんでしょ」


 それはちょっと……


「アンモニアを冷媒として使っていたこともあるみたいだな。アンモニア水なら自然界に存在するから、それでエアコンを作ってみようか」


 オッティが目をキラキラさせながら提案する。

 グレイスが乗り気なら、予算を潤沢に使えるからだろうな。

 室内エアコンなのかカーエアコンなのかはわからないが、この世界にエアコンが誕生しそうな予感がした。

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