第129話 引退後の生活をズビッと解決

「引退した冒険者のその後の生活の改善ですか」


 俺はギルド長に呼ばれて、引退した冒険者の生活の改善をできるか訊かれていた。

 元々その日暮らしの冒険者が、蓄えもないまま引退すると、社会不安の要因になるというのだ。

 まずは引退する理由と、引退後の生活がどうなのかを実際に確認することからだな。

 本当に社会不安の要因になっているのかも確認しないとね。

 不良の原因を想像で決めて対策をすすめると、見当違いで意味のない対策をしてしまうことって多いので確認は重要だ。

 さて、こういう事は元冒険者に聞くのがいいだろう。

 ということで、シルビアとプリオラに話を聞く。


「引退には二種類あるわね。十分にお金がたまって、または冒険以外でお金を稼ぐめどがついて危険な事をしなくて済むようになったか、冒険をできない体になったかよ」


 シルビアの言う事は尤もだな。

 例えばドラゴンに攫われたお姫様を助けて結婚したなら、その後は危険な冒険に出る必要はないだろう。

 どっかの桃じゃないんだから、何度も攫われるって事もないだろうしな。

 何回攫われたら気が済むんだ。

 世界的ゲーム企業だからってやりすぎだろう。


「お金がたまって引退した人たちが社会不安の要因になっていることってある?」

「冒険者時代に裏社会とのつながりが出来る場合はあるわね。だいたいは組織の用心棒をしているわよ」


 プリオラがそう言う。


「それって冒険者よりも安全なのか?」

「相手にもよるわね。でも、迷宮よりは安全だと思うわ。暗部になるとちょっとわからないけど」

「まあ、今回の目的はそうなる前の教育だろうな。裏社会に行くといいことないよって」

「そんなに人数も多くないし、用心棒なんて社会不安になりようがないわ。だったらそういう組織を潰す方がよっぽどいいわよ」

「今回の目的とはちょっと外れるのか」

「そうね」


 だとすると、対策するべきは冒険が出来ない体になった場合だな。


「冒険が出来なくなるってどういうのがあるのかな」

「怪我や病気、それと年齢でしょうね」


 そうだな。

 セイフティーネットなんて概念のない社会だ。

 冒険者に限らず、けが人、病人、老人でも働かなくてはならない。

 じゃあ、働けなくなった人はどうしているのだろうか?

 まさか、餓死するまで放置っていうわけでもないだろうけど。


「物乞いか盗賊か、神殿の施しを受けるかよ」


 とプリオラが教えてくれた。

 片腕や片足が無くても盗賊は出来るってことか。

 それと、この世界でも神殿が弱者の受け皿になっているのね。

 どこの世界でも最後は神様の慈悲か。


「アルト、ところでその白いのは何?」

「ああ、これは琵琶だね」

「琵琶?」


 ヨーロッパ風に言えばリュートだろうか。

 洋ナシを半分に切ったような形をした木製の本体に、植物で作った弦をつけてある。

 地球では中央アジアの「バルバット」という楽器が祖先らしく、それがルネサンス期にヨーロッパに伝わったというのが定説だ。

 アジアにはもっと早い段階で伝わっており、中国では紀元前に琵琶が存在したという記録もある。

 ステラにもそんな楽器は存在しなかったので、試しに作ってみたわけだ。

 作ったのはデボネアに紹介してもらった木工職人だけどね。

 外観は木の模様そのままでも良かったのだが、なんとなく白く塗ってみた。

 これを担いで歩くと日本一の探偵みたいでしょ。


「さて、じゃあ神殿がどんな施しをしてくれているのか見てみようか。可能なら支援枠を増やしてもらうお願いもありかな」

「いってみよう」

「やってみよう」


 という訳で、神殿を訊ねたのだが、ステラでは引退した冒険者の数が多く、神殿が資金提供をしている施設があるので、そちらにと言われた。

 教えてもらった施設は街の端にあった。

 そこの管理者の男と話をする。

 男の名前はアスカ。

 外見は中年の普通のおじさんだな。


「正直くるしいですね。神殿から提供される資金で運営していますが、これ以上受け入れるのは無理です」


 そう言われる。

 やはり援助だけでは厳しいか。

 現在18人受け入れているとのことだが、元冒険者で生活に困っているのはかなりいるだろう。

 ここの事を知らない冒険者もいるだろうから、もっと宣伝しようかと思ったけど、施設がパンクするな。

 一通り話を聞いて、帰ろうかというときに人相の悪い連中がやって来た。


「立ち退く気になったか?」


 その中の一人がアスカに言う。


「いえ、代わりの場所もありませんし」


 困った顔のアスカ。

 立ち退き?

 初耳だな。

 って、今日ここに来たばかりだが、アスカはそんなこと一言も言ってなかったぞ。


「いつまでも待ってられねぇからな。何かあってからじゃおせーぞ」


 どこの地上げ屋だよ。

 ダンプでも突っ込ませるのか?

 それとも放火か?

 男たちは直ぐに帰ったので、アスカに事情を聞く。


「やつらは街の犯罪組織『インフェルノ』の構成員です。この場所に新しく店を出したい人がいるとかで、土地の買収を持ち掛けて来たのですが、他にいく宛もなく、断っていたらああやって威圧してくるようになったんですよ」

「インフェルノか。厄介な連中に目をつけられたわね」

「知っているのかシルビア」

「ええ。犯罪組織なんだけど、明確な証拠を残さないから、中々摘発出来ないみたいね。衛兵の中には賄賂を貰っているのもいるみたいで、あちこちの揉め事に首を突っ込んでは荒稼ぎしているけど、未だに捕まらないのよ」


 どこにでもそういう類いはいるもんだな。


「いまはまだ、あの程度ですんでますけど、何をされるかわからなくて」

「あの程度じゃあ衛兵も動いてくれないだろうなー」


 今日のところは聞きたいこともこれ以上ないので、俺達はアスカと別れる。

 冒険者のセイフティネットをどうするかだよね。

 社会保険って考えはまだ早いだろうし、いや、そもそもギルドって地球では保険の組合みたいなことやってたよねとか考えながら夜更かしをしていると、火事を知らせる鐘が鳴り響いた。

 空が赤く染まっているのは、昼間アスカがいた施設の方だ。

 俺は気になってそちらに走っていく。


「消火の邪魔だ。近寄らないで!」


 街の火消しが野次馬を整理している。

 夜中だと謂うのに、野次馬多すぎだ。

 俺は自分に支援魔法をかけて、野次馬たちの上を一気に飛び越える。

 燃えていたのはやはり施設だ。


「あ、入らないで!!」


 火消しに注意される。


「水魔法が使えます。消火は任せてください」


 そう言って、魔法で作り出した水で鎮火させた。

 助け出された人達の中にアスカが見えない。


「アスカは?」


 助け出された人に訊いた。


「まだ中に残っている人を助けるために、火の中に飛び込んだところまでは見たのですが……」

「そうですか」


 焼け跡からは黒焦げになった焼死体が見つかってはいない。

 鎮火したら暗くなったので、明日にならないとわからないか。

 帰っても眠れそうにないので、俺もここにとどまり、行方不明者の捜索を手伝う。


「人がいたぞ!」


 空が明るくなって来た途端に人が見つかった。

 俺も声のした方に駆け寄り確認する。

 見つかったのは突っ込んでは二人だ。

 アスカだろうかと思って、のぞきこんだが、真っ黒でよくわからない。


「息はあるか?」

「まだある」

「よし、任せてくれ」


 チートヒールを使って、怪我人を全快させる。

 煤はヒールでは落ちないので、呼び掛けてみた。


「アスカ?」

「はい」


 良かった。

 どうやら助かったな。


「無事だったか」

「死んだかと思いましたが、気がついたらなんともなかったです。神の思し召しでしょうか?」

「そうだな」


 そういうことにしておこう。

 神の思し召しに感謝して、今後も施設の運営に励んでほしい。

 燃えちゃったけど。


「そうだ、これは放火か?」

「寝る前に火の確認はしましたから、放火でしょうか」

「売られた喧嘩は俺に転売してくれ」

「いいんですか?」

「元々冒険者を引退した連中の生活をなんとかしようとしていたんだ。それを邪魔されたんだから俺も関係がある」


 まったく、人の仕事を増やしやがって。

 俺はそのまま冒険者ギルドに出勤する。

 自分の席ではなく、ギルド長の執務室に向かった。

 ドアを勢いよく開けたので、中にいたギルド長が少し驚いたようだった。


「犯罪組織インフェルノの情報を知りたいのですが」

「どうしてだい?」


 俺の剣幕にギルド長がやや引き気味だ。


「実は怪我で引退した冒険者の面倒を見てくれていた施設がインフェルノの連中に放火されました。証拠はないので自分で裁くしかありません」

「そういうことなら」


 ギルド長に少し待つように言われた。

 その後ギルド長は何処かへと行ってしまう。

 待つこと十数分、ギルド長が情報をもって帰ってきた。


「ここが奴らのアジトですか」

「実は将軍も困っていてね。踏み込もうにも内通している奴がいて、情報が筒抜けだって言っていたんだ。壊滅することができれば報奨金がでるよ」

「わかりました」


 よし、これで相手の所に乗り込むことができる。

 一人だと怖いので、シルビアにもついてきてもらうことにした。

 俺は白い琵琶を担いでアジトへと乗り込む。


 入口の見張りをあっという間にぶっ飛ばして室内に突入だ。


「ニッポンじゃー二番目の人たち、こんにちは!」


 俺の挨拶を聞いて構成員が集まってくる。


「貴様何者だ?!」


 怒声が飛んできた。


「ズビッと参上、ズビッと解決。人呼んでさすらいのヒーロー」

「いいからちゃっちゃと片付けなさい」

「はい……」


 折角の名乗りをあげるシーンをシルビアが台無しにしてくれる。

 仕方がないので、片っ端から構成員を動けないようにしていく。

 気絶させたり、骨を折ったりとね。

 命までは奪わないようにはしている。

 彼らは後々犯罪奴隷として売りさばくからだ。

 俺達が暴れていると、奥からボスっぽいのが出てきた。


「何事だ」

「ボス、変な奴らが乗り込んできて暴れていやす」


 手下がボスって呼んでいるので、どうやらボスで確定だな。

 構成員たちで動けるのはいなくなったので、今度はボスに襲い掛かる。

 ボスも大して強くはなく、俺に簡単に組み伏せられる。


「2月2日にアスカゴローという男を殺したのは貴様か!?」

「し、知らない。俺はその日王都で麻薬の仕入れを行っていたんだ」

「アスカはゴローでもないし、死んでもいないわ。それに放火されたのは2月2日ではなくて昨夜よ」


 シルビアはロマンがわかってないなー。


「どうして街はずれの施設を放火したんだ」

「あそこにカジノと娼館を作る計画があったんだ。それであの施設が邪魔だったから立ち退かせようと思って」

「ふざけるな」


 バキッ


 俺はボスを殴って気絶させた。

 後は書置きを残して立ち去り、衛兵に通報して終わりだな。


「え、なにこれ。『この者麻薬密売の犯人!』ってなんでこんな書置き残していくのよ」

「衛兵の取り調べが楽になるだろ」

「直接いいなさいよ」


 シルビアはロマンがわかってないなー。

 こうして俺達によってインフェルノは壊滅させられ、ボスをはじめとした構成員は駆けつけた衛兵に逮捕されて連行された。

 将軍の計らいで、インフェルノがアジトにしていた建物を、アスカに譲ってくれて、怪我や病気で引退して働けなくなった冒険者の面倒をみる施設になった。

 俺が受け取ったインフェルノ壊滅の報奨金も、運営費としてアスカに寄付した。

 それでもセイフティーネットとしては弱いので、保険組合みたいな組織をつくらないとだめだろうな。

 そんなものができるまで自活できるようにと、施設で琵琶を分担して作れるように、アスカにお願いしてみた。

 社会復帰の一環として取り組めたらいいな。


「アルト」

「何だい、シルビア」

「品質管理関係なかったわね」

「そうですね……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る