第124話 比重3
「そんなわけで、もう隠れてびくびくする必要はなくなった」
「ありがとう。助かったわ。これで枕を高くして眠ることができるわね」
俺はステラに帰ってきていた。
そしてエッセの工房でグレイスにフォルテ公爵の関係者の捜索が打ち切られたことを告げる。
当然見つかったところで罰せられることもない。
「アルキメデスがこの世界にいなかったのが良かったようね」
「別にアルキメデスがいなくとも、誰かがアルキメデスの原理を発見していると思うよ。ここに伝わっていないだけで」
「そうかしら?」
グレイスはそういうが、社会の発展が似たようなものであれば、同じような物理法則の発見はされているとおもう。
現に、この世界にもロウ付けやメッキは存在していた。
真鍮という合金の作り方だって、俺が来る前からちゃんと発見されていたんだ。
異世界人が物理法則とか技術を知らないって謂うのは偏見だぞ。
他の異世界に転生したらどうだかしらないけど。
「これでいよいよ転生悪役令嬢として内政チートができるわね」
「なんだよそれ」
「現代の知識を持ち込んで、世界を一気に発展させるのよ」
なんかグレイスがやる気をだしている。
とても不安だ。
「一応聞いておくが、どんな内政チートを考えているんだ?」
「手っ取り早いのは金融ね。よくある銀行の設立なんてのは当り前よ。それに証券、保険、先物も導入するわ」
「まあ、数百年のうちには出てきそうな職業だよな」
「そう。だからそれを少しだけ早めるの。ゲーム理論とブラックショールズモデルも普及させるわ」
「それ、1000年時計の針が進むやつじゃ……」
「どうせ誰かが見つけるのよ。フェルマーの最終定理だって、ひも理論だって私が最初に見つけたことにするわ」
それって、かなりの劇薬じゃないのかな?
オプション取引については紀元前6世紀のギリシャのタレスだし、先物取引については江戸時代には存在した。
株式にしてもニュートンが株取引を行っているのだ。
バブルという言葉は1720年の南海泡沫事件から来ている。
だけど、ゲーム理論やブラックショールズモデルはノーベル経済学賞だぞ。
まあ、現代の品質管理手法を持ち込んでいる俺が言うのもおかしいか。
「大体、株取引なんか導入してメリットあるのか?経済活動は活発になるだろうけど」
「こう見えて、私前世では相場でかなり稼いでいたのよ」
胸を張るグレイス。
「どんな銘柄で稼いだんだよ」
「株券が電子化される前の100分割バブルとかね。あれが分割発表して高値になったところで売り抜けたのよ」
「あれか!」
心当たりが多すぎて困る。
「リリーマルレーンに乗っていたシー「あーあーあー」
俺はグレイスの言葉を遮った。
危ない。
「ガラって、ハウってなったのよ。あんまり詳しく言うと、突然行方不明になっちゃうかもしれないから、これ以上は詳しくいえないけどね」
「その銘柄の話はやめておこう」
「そうね。まあこの世界でも電子化されるまでは分割バブルで稼げると思うわ。あとは最後の相場師って言われたあの人の金山とかね。金山がどこにあるかわかれば大儲けできるわ」
それについては俺が自分で金を地中に発生させればいいのかな。
息子さんが癌で亡くなったせいで、晩年は癌研究をしている会社に投資してたな。
詳しくは別紙参照。
別紙はないけど。
ついでに、銘柄が別紙なだけで、金山は菱刈だ。
「まあなんだ、後ろ盾もないのにそんなに金融関連で内政チートもできないだろう」
「言われてみればそうかもね。取引所の設立とかは権力がないと無理か」
グレイスは前世で証取に捕まってないだろうな?
何となくだけど、あれやこれという犯罪紛いの銘柄に関わってそうな気がする。
っていうか、金山の相場なんて1982年だぞ。
それが令和元年、つまり2019年に死亡してって何歳だったんだよ。
「なにか失礼なことを考えている顔ね」
「別に……」
意外と鋭い。
今日はグレイスに捜索打ち切りを知らせに来ただけなので、今後の内政チートについてはまた後で話そうということになった。
俺は金融の知識なんてないから、手助けは出来ないけどね。
数日後、王都から帰ってきた将軍とカイロン伯爵に呼び出される。
俺が退室した後の話を聞かせてもらおうか。
「あの後国王からどうやって御使いと出会ったのか根掘り葉掘り聞かれてね。なんとか国内に留まってもらうよう説得してほしいと言われたよ。失敗しても死ぬのは私だけだからね」
カイロン伯爵はその場面を思い出して語ってくれる。
「わしも国家に神罰が落ちないように御使いを拘束してこいと命令があってな」
将軍は苦笑いだ。
軍が動いた時点で国家の関与確定だろうが。
俺が神様なら間違いなく神罰を落とすな。
「でも、お二人とも実利も取ったんでしょ?」
「ああ、私はもうすぐ侯爵に陞爵だよ。王冠云々よりもオリハルコンが大きかった。御使い様に褒美を出そうにも、どこかに消えてしまったからね。私の手柄となったわけだよ。フォルテ公爵の領地の大部分が転がり込んでくる」
カイロン伯爵が侯爵になるのか。
「おめでとうございます。それで将軍はどうなりましたか」
「わしは王都の軍を指揮することになる」
「それって……」
俺が戸惑っていると、将軍が説明してくれる。
「栄転だな。国王のおひざ元を守るのが一番に決まっておるわ」
「おめでとうございます」
そうか、二人ともステラからいなくなるのか。
ちょっと寂しいけど、栄転だしな。
「あ、オーリスは残るからよろしく頼むよ」
「え!」
カイロン伯爵はオーリスを置いていくのか。
「だって冒険者ギルドの運営を任せられるのがいないからな。娘もこの街を気に入っておる。アルトさえよければどこかの貴族に養子になってもらい、それからオーリスと結婚してもよいぞ。御使いとして表舞台に立つなら養子縁組などいらんがな」
「それは御遠慮致します」
「なんで!!」
カイロン伯爵としては、娘婿が御使いだと都合がよいだろう。
どんな金属でも作り出せる能力者が身内なら、財力で負けることはない。
しかし、他の貴族や王族がそんなカードを持たせたままにしてくれるとは思えない。
刺客が常に送られてくるだろう。
そんな生活はしたくない。
「そうだ、将軍はいつ頃王都に赴任されるのですか?」
俺は将軍に確認するべき事を思い出した。
「次の異動が発表されるときだな。直ぐにだと、今王都にいる将軍が何かやらかしたのではないかと噂が出るから、流石にそれは出来んよ」
「それでは、それまでに迷宮盗賊の闇オークション対策を完結させないとですね」
これである。
元犯罪者を使って、闇オークション会場を特定し、その主催者を捕縛する。
盗品の流通ルートを潰すことで、盗んでも換金できないと知らしめるのだ。
そうすれば、少しは盗賊被害を減らせるだろう。
ゼロには出来ないと思っている。
それは、換金目的でない盗賊行為が残るからだ。
例えば自分の武器、防具として使うものを他人から奪う目的とかね。
慢性不良のFTAなんて、対策すべきところは無数に出てくる。
FMEAだってRPNが高い。
だからこその慢性不良である。
今回はその中でも効果の高そうな対策をするのだ。
被害が少なくなってくれたら、目的は達成である。
「仕込みは上々だ。次の闇オークション開催日に、会場に突入する予定になっている」
「腕がなりますね」
「まったくだ」
将軍が豪快に笑う。
これはシルビアとレオーネにも伝えないとな。
※作者の独り言
異世界で株式市場作って、明治から昭和迄の仕手戦っぽいのをやりたかったのですが、あまりにもあれなのでボツにした奴の再利用なので、品質管理とは全く関係ない前半になってます。
リアルに人が死んでいるので、品質管理以上に異世界という設定にしておかないとね。
鉄砲って、証券用語でもあるけど、どっちの意味だよって言いたくなるときありましたよね?
無いですか。
そうですか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます