第99話 抜き取り検査の死角
「他の子たちの仕事も無いかって?」
「うん。みんな仕事がしたいんだって」
その日相談窓口にはミゼットが来ていた。
貧民街では安定した仕事が無く、日雇いの仕事ばかりなので、何か安定した仕事が無いかというのだ。
ジョブが判明する前の子供の出来る仕事なんて簡単なものしかなく、それを安定してと言われると難しい。
それは品質管理の範囲を超えていると断るのも可哀想なので、何かないかと考えることにした。
直ぐにアイデアは出ないので、ミゼットには少し待ってもらう事になった。
「さて、どうしたものかな」
前世で読んだ異世界転生小説だと、主人公が学校を作って孤児を教育するなんてのがあったが、俺にそんな財力はない。
ついでにいうと、教育するノウハウもない。
学習指導要領みたいな指針でもあれば違うのだろうが、自分自身もこの世界で教育を受けたことがないので、学校でどんな事を教えたらよいのかわからないのだ。
なので、単純な労働を作ればいいかと思っている。
人類の発展は転生してきた勇者に任せる。
転生してくるか知らんけど。
俺は座っていてもよい考えが浮かばないので、冒険者ギルドの中を歩いて仕事になりそうな事を探す。
受付は無理なのはわかる。
買取部門も子供にはむりだろうな。
他の部門も人出は足りているので、ここで雇うってのは無理だろうな。
そう考えて食堂に来た時、どら焼きに目が留まった。
これを作って売ればいいのかな?
早速ミゼットとシルビアを呼んで、俺の思いついた案を話す。
「自動どら焼き装置を作ろうと思うんだ」
「どら焼きなんてスキルも無しに作れないでしょ」
シルビアがそういうが、俺は自動でと言ったはずだぞ。
「自動だよ。材料の補充と販売を子供たちで行うんだ。調理はゴーレムがやればいい」
前世で自動たこ焼きマシーンを見たのを思い出したのだ。
どうしても自動化できない部分だけ人でやればいい。
「計算できる子がいないよ」
とミゼットが心配する。
その点もちゃんと考えてある。
「客は一皿だけしか買えないようにする」
「それだといっぱい売れないよ」
「一皿を何度も注文してもらうんだ。あと、お釣りは無し。ぴったりでの支払いだけにしてもらおう。それなら計算しなくてすむ。計算が出来る子が出来たらやり方を変えてもいいけどね」
計算できないのがネックなので、その部分を無しにする。
「場所はどうするのよ。子供たちだけの店なんて、ゴロツキにつきまとわれたらどうにも出来ないわよ」
シルビアが心配する。
用心棒を雇うとその分利益も減る。
その点も考えてある。
「場所は冒険者ギルドの前だ。誰に断ってここで商売されているんだって言われたら、中から俺達を呼んでもらえばいい。流石に冒険者ギルドに喧嘩を売る度胸はないだろうからな」
「それいいかも!」
ミゼットは賛成してくれた。
ギルド長にも許可を取って、正式に冒険者ギルドの前で商売ができることになった。
それからは、新しい店舗一式と金型をデボネアにお願いして、準備が整うまで子供たちを教育した。
教育といっても、手を綺麗に洗う、身なりを綺麗にする、材料の補充のやり方、足し算、引き算くらいだけど。
食い物を売るのに、汚い恰好だと客が寄り付かないだろうから、仕事前に体を洗って、身なりを整えるのは基本中の基本である。
部品工場ですら、汚い作業着の作業者は着替えさせられる時代だぞ。
前世の話だけど。
監査の時に「あんな汚い服を着た検査員が、綺麗と汚いを判別できるとは思えない」って指摘されてからは、作業着についても汚いものは厳禁となった。
いい思い出だ。
いや、どちらかというと悪い方かな?
「注文されていたものができたぞ」
そう言ってデボネアが金型と屋台を持ってきてくれたのは一週間後であった。
支払いは俺だ。
なので、店の売り上げから初期投資分を回収させてもらう事になっている。
材料の仕入れなんかも俺がやっているから、その分も当然もらうが。
「じゃあ、組み立てますか」
デボネアと二人で屋台の準備をして、金型の出来を確認する。
金型の合いを見て問題が無かったので、ポカヨケを作った要領でゴーレムを作って命令を与える。
材料を取って金型に流し込む。
焼け具合を確認して、具を入れる。
金型を合わせて焼き上がりを待つ。
完璧だな。
材料の仕込みについては厨房を借りることで話はついている。
外で調理したらコンタミが心配じゃないですか。
品質管理のバーベキューはクリーンルームでやるのが常識ですよ。
嘘です……
まあ、外で仕込むのはやはり俺が嫌なので、室内で出来るようにしておいた。
これで後は実際に販売するばかりだな。
明日からは俺も手伝うが、子供たちに実際にやってもらう。
OJTでビシビシしごく。
児童相談所に通報されない程度に。
というか、児童相談所がないので、子供の就労とか摘発されないのよね。
翌日、働きに来た五人の子供たちに品質チェックを教える。
時刻は朝7時、かなり早いが準備を考えたらこれでも遅いくらいだ。
「じゃあ、こうして焼き上がったら全部食べてみて、具が入っているか、生焼けは無いかを確認してー」
金型で一度に作れる数は六個である。
なぜそれを全部食べるのかというと、ランダム抜き取りでは、異常のある型番を選ばない可能性があるからだ。
前世のダイカスト品で、それで不具合を見逃して流出させてしまった。
一番から八番迄の同時ダイカストで、ランダム抜き取りをしていたら、五番型の寸法不良を見逃して、流出させてしまったのだ。
対策として、品質チェックは全ての型番にたいして実施することとなったのだ。
多数個取りは絶対にランダム抜き取りはやめておけ!
因みに、単純な確率論だけではなく、ダイカスト製品のピアス工程にも関係があった。
ゲートをカットするのにピアスで抜くのだが、抜いた後の製品の並びが決まっており、品質チェックを行っていたのは一番取りやすいところの製品だったわけだ。
いつも同じ型番がそこに来るので、ランダム抜き取りといいながらも、全然ランダムじゃなかったわけですね。
さて、子供たちはそれぞれ1個ずつ食べて、出来栄えを確認する。
今日は俺もいるので、俺も6番型のどら焼きを食べてみた。
うん、これなら問題ないな。
「食べて美味しければ売ってよし」
我ながらいい加減な品質チェックだな。
でも、何かの影響である型番だけ具が入ってないとか、紅ショウガが多くて酸っぱいとかあったら大変なので、美味しいかどうかのチェックは大切だ。
官能的なので、美味しいという表現も難しいけどね。
それと、売り物の出来を確認するのも大切だが、身だしなみの確認も大切だ。
念入りに体を洗い、爪も短く切ってあることを確認する。
全員問題はなしだ。
とある国の作業者のように、手を洗って欲しいなら金を払えとか言わないところが尚よい。
準備万端、早速営業開始だ。
冒険者ギルドに顔を出す冒険者が付き合いで買ってくれるので、売れ行きは上々だ。
早く俺の先行投資分を回収したい。
「俺達の戦い(どら焼き販売)はこれからだー」
アルト先生の次回作にご期待ください……
……
…………
子供たちの仕事が見つかって良かったです。
どうせ俺はそんなに忙しくないから、ここで子供たちを観察しながら、相談を待つくらいが丁度いい。
お客さんから代金を受け取る子、材料の補充をする子、出来上がったどら焼きを袋に詰める子、冒険者ギルドの厨房で仕込みをする子、火力を管理する子と役割分担のようなものも出来上がった。
折角だから、それぞれの作業について、作業標準書でも作ってみようか。
それと始業点検表かな。
食品系の仕事はやったことないが、基本的な考え方は一緒だろうしな。
この子たちが独立できるように、育ててあげないとという使命感が湧いてきた。
品質管理レベル30
スキル
作業標準書
作業標準書(改)
温度測定
硬度測定
三次元測定
重量測定
照度測定
投影機測定
ノギス測定
pH測定 new!
輪郭測定
マクロ試験
塩水噴霧試験
振動試験
引張試験
電子顕微鏡
温度管理
照度管理
レントゲン検査
蛍光X線分析
シックネスゲージ作成
ネジゲージ作成
ピンゲージ作成
ブロックゲージ作成
溶接ゲージ作成
リングゲージ作成
ゲージR&R
品質偽装
リコール
※作者の独り言
多数個取りの製品の抜き取りは、型番毎に抜き取りしないとね。
FMEAに織り込み済みさ!
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