第90話 選別するときは内緒で

休日出勤して、検査治具のずれをハンマーとやすりで修正して、三次元測定機で確認する作者がおくる、品質管理大河ロマン。

設計不良のため、一般工差で加工されたセクションを手で直す会社に未来はあるのか?

割りと本気で海外で作った方が安くて品質いいよね。

それでは本編いってみましょう。



 俺はその日、相談者も来ないので冒険者ギルドの中をぶらついていた。

 工程パトロールと言えば聞こえばいいが、やることがなくて暇なのである。

 売店の前を通りかかると、ミゼットとエランがポーションの棚のところでごそごそとやっている。

 まあ、どう見ても選別作業だな。


「何をやっているんだい?」


 そうミゼットに問いかけた。


「親方に誰にも言うなって言われてるんだけど、実は割れた瓶を混入させてしまったかもしれないから、内緒で確認しに来たの」

「そうか……」


 言っちゃだめだろう。

 でも、よくあるよな。

 見逃した可能性があるけど、正直に言えないから適当な理由をでっちあげて、客先の在庫を選別することが。

 流出したときに、より対策が面倒な不具合――例えば異品組付け――は、打痕とか錆を理由に選別したもんだ。

 勿論、差し替え用の製品を持っていき、不良品と入れ替えるのだが、このときばれてしまうとまずいので、口の堅い連中で選別しに行った。

 いい思い出である。


「あんまり喋っちゃだめだよ」


 ミゼットにそう言って売店を後にした。

 今度は食堂に顔を出す。

 食事時にはまだ早く、席はガラガラだ。

 厨房のほうを見てみると、どうもいつもよりも人が多い。

 何事だろうか?


「何かあったの?」


 俺はブレイドに訊ねた。


「食材業者が肉の種類を間違ってたんだよ、今選別させている。少し客に提供しちまったが、食えないもんじゃないし、『違う肉だ』って文句を言ってくる奴もいなかったから、そっちはいいだろう。残っているやつだけ見てもらっているんだ」


 つまり提供済みの、言い換えれば出荷済みについては目をつぶると謂うことか。

 流出がわかっていても、それを自己申告することなく、ばれずにいてくれることを神に祈る。

 よくあったな。

 不良はバレた時から不良だって偉い人も言っていた気がする。

 食堂みたいな消えものだと、腹に入ってしまえばばれないが、工業製品だとそうはいかない。

 とある業界など、しらばっくれて回収していると謂う噂もあるくらいだしな。

 修理に出したら、関係ない部品が新しくなっていた、何てことがあれば、それはきっとそういうことだ。

 嫌なことを思い出してしまったな。


「で、何と何の肉を間違ったんだ?」

「ああ、迷宮オークと迷宮黒豚の肉を間違ったんだよ。素人には違いはよくわからんだろうがな」

「成程」


 成程とは言ったが、俺にはその違いがわからない。

 というか、迷宮黒豚ってなんだよ。

 迷宮鮟鱇もどうかと思ったが、今度は黒豚か。

 サラブレッドとかホルスタインもいそうだな。

 本当にどうでもいい知識を手に入れ、食堂を後にした。

 そして相談窓口へと戻ると、そこにはシルビアがいた。


「どこに行ってたのよ」

「相談者が来ないので、冒険者ギルドの中を見回っていたんだよ」

「そう。なにかおもしろいものはあった?」

「いや、い・つ・も・ど・お・り・だ・」


 選別作業なんて工場内で石を投げれば必ず当たるくらいの確率だ。

 本当に石を投げちゃ駄目だぞ。

 選別がない日の方が異常で、不具合を見つけられていないんじゃないかと疑うくらいだ。

 そう、選別こそが日常であり、それをすることで一日が終わる。

 全て世は事もなし。



※作者の独り言

選別する能力が上がった頃には、選別が終わっちゃうんですよね。

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