第87話 怪盗対品質管理2

「ラパンからの予告状?」


 俺はギルド長の執務室に呼ばれていた。

 一緒に居るのはシルビアと衛兵隊長のクイント、それにカイロン伯爵とオーリスだ。

 何故こんなことになっているかというと、ラパンからの予告状がカイロン伯爵宛に届いたというのだ。

 犯行予告は今夜。

 狙われたのは伯爵が所有している指輪だとか。


「懲りないわね」


 シルビアが呆れている。


「アルトのスキルを使えば、変装は見破れるってわかってないのかしら」

「多分今回は対策をしてきたと思うよ」


 向こうも世間をにぎわす怪盗だ。

 この前と同じ失敗をするとは思えない。

 しかも、手の内を明かしてしまったので、対策は立ててくると考えたほうがいいだろう。


「さて、ではまず伯爵の邸宅に伺いましょうか」


 カイロン伯爵は俺達に手を借りるのを嫌がっていたが、オーリスが説得して俺達を警備に加えることになったのだという。

 ライバル企業の助けを借りたくない気持ちはわかるぞ。


 伯爵の邸宅に到着したので、前回同様使用人を含めて全員の顔を確認する。

 人数は多くはないので、記憶するのはできた。

 さて、次はターゲットとなる指輪だな。


「カイロン家に代々伝わる指輪が狙われた。相手も流石に価値がわかっているということだな」


 カイロン伯爵はなんか自慢げにそう話す。

 ひょっとして金と銀の一対の指輪かな?

 合わせると文字が刻印してあるのがわかるやつならビンゴだ。

 そんなわけないだろうが。


「指輪を見せていただけますか?」

「何?お前がラパンじゃない証拠があるのか」


 俺が指輪を見せて欲しいと言ったら、伯爵は俺を疑ってきた。

 まあ当然か。

 仕方がないので顔の皮を引っ張ってもらう。


「いたたたた」

「ふーむ、どうやら本物の肌だな」


 伯爵に引っ張られた頬の部分が赤くなったとシルビアが教えてくれた。

 これでやっと疑いが晴れて指輪を見せてもらえた。

 伯爵は部屋にある金庫から指輪を取り出した。

 金色に輝く指輪だ。

 宝石が付いているわけではない。


「おや?」

「どうかしたの?」


 俺は違和感に気が付いた。

 シルビアがそんな俺の態度を見て質問してきたが、この場では答えられない。


「いや、何でもない」


 俺は指輪を伯爵に返した。

 指輪は伯爵の指にはめられる。


「金庫の中に保管しておくよりも、指にはめていたほうが安心だ。それに今日はクイント衛兵隊長をはじめとして、ステラの猛者達がこの屋敷を守ってくれるのだ。私の指を切り落として盗めるわけもない」


 指にはめられた指輪を見ながら伯爵はそう言った。

 たしかにな。

 ラパンの盗みの技術は凄いが、今まで誰かと戦った話は聞かない。

 この屋敷を守る屈強な衛兵達と戦って勝てるとは思えない。

 どんな手段で盗みに来るかわからないが、無理な正面突破はないだろうな。


 あとは特にすることもないので、俺達はそのまま夜を待った。

 そして夜、伯爵と一緒にいるのは俺とシルビアとクイントだ。

 20メートル四方の部屋に4人しかいないので、とても広く感じる。

 それに室内にあるのはテーブルとイスくらいだ。

 普段は使っていないということで、今回の件で運び込んだとのこと。

 オーリスは万が一があるといけないので、伯爵が別室にいるように命じた。

 伯爵夫人と一緒に衛兵に守られている。

 尚、衛兵は女性だ。


「さて、いい時間ですね」


 俺は腕時計をみてそう言った。

 時刻は23時。

 中々ラパンはやってこない。

 今日は空には月が無く、弱い星明りのみである。

 室内は魔法のライトによって照らされており、明るさは十分ある。

 スキル【照度測定】で確認したら800ルクスあるので、精密作業以外なら問題ない。

 ここは工場じゃないけど。


「皆様、お茶がはいりましたわ」


 オーリスがお茶を持ってきてくれた。

 彼女はまずはカイロン伯爵にお茶を差し出す。

 その時である。


「きゃあ」


 オーリスの短い叫び声が室内に木霊した。

 悲鳴は暗闇に対してである。

 そう、突然ライトが消えたのだ。

 窓が開く音が聞こえ、何かが外に飛び出した。


「明かりよ、つけ」


 カイロン伯爵がコマンドワードを唱えると、室内に明かりが再び灯った。


「伯爵、指輪が!」


 クイントが伯爵の指を指さす。

 先ほどまでついていた指輪が無い。


「ゆ、指輪がない!?」

「お父様」


 驚く伯爵とオーリス。

 やはり先ほどの明かりが消えた瞬間に、指輪が盗まれたのだろうか。

 そして、盗んだ犯人はラパンであるのだろうか。


「この窓から侵入して、盗んだ後に外に逃げたのか?」


 クイントが窓に手をかけ外を眺める。


「ラパンが出たぞ。怪しい奴を見つけたらひっとらえろ!!」


 窓の外に向かってそう叫んだ。

 隊長の号令で部下達が庭を走る足音が聞こえてくる。


「私も今から外に行きます」


 クイントはそう伯爵に告げる。

 俺はそれを止めた。


「ちょっと待って下さい」

「なんだ、早くしないと逃げられてしまうではないか」


 そういうクイントの苦情を俺は無視した。


「まずはこの場にいる人達がラパンによる変装ではないか確認させて下さい」


 最初から一緒にいる四人はいいとしても、後から入ってきたオーリスは怪しい。

 というか、他の人たちだって最初から入れ替わっていたとしたら?

 そんな疑いがあるので俺は全員をスキルで鑑定する。


「それでは鑑定します。【レントゲン検査】」


 俺はスキル【レントゲン検査】で全員を確認する。

 これなら変装が完璧であっても、中の骨格で判別がつく。


「おや?」


 オーリスに異変があった。

 だが、それは骨格ではない。


「オーリス、ここで服を脱げるか?」

「え?」


 俺の言うことに驚くオーリス。


「ちょっと、アルト何を言っているのよ!」


 シルビアが怒鳴る。


「娘になんてことを言うんだ!」


 伯爵もカンカンだ。

 けしていやらしい目的ではない。

 俺のスキルでオーリスの胸の間に金属の輪を見つけたのだ。

 多分指輪だろう。


「いや、男がいるところでは不味いな。シルビア、別室でオーリスの胸の間を確認してくれ。指輪があると思う」

「本当に?」

「ああ、俺のスキルがそう伝えている」

「わかったわよ。オーリスもいいわね」


 シルビアはオーリスの同意を取る。

 二人が隣室に行き、すぐに戻ってきた。


「確かにあったわ。伯爵の指輪ね」


 シルビアが親指と人差し指で指輪を挟んで持つ。


「おお、これだ。なぜラパンはこれをオーリスの服の中に入れたのだ?」

「偽物だと気がついたからでしょう」

「「え?」」


 伯爵の問に俺が答えると、シルビアとクイントは驚いた。

 俺は最初に指輪を見せてもらったときに、指輪が純金ではない事に気がついた。

 指輪が偽物であるにはそれなりの事情があるのだろうから、それを詮索せずに黙っていたが、ラパンが残していったというのであれば、バレてしまっているとみていいだろう。

 俺が黙っている理由もない。


「ラパンも偽物だと気がついて盗むのを止めた。被害が無くてよかったですね」


 俺はそう言ったが、クイントは被害が無かったからよかったという訳にはいかないらしい。


「いや、奴を捕まえなくてはなりません。ここに侵入したのですからな」


 そう言って庭へと走っていった。


「私はお母様にラパンが立ち去ったことを伝えてきますわ」


 そう言ってオーリスもこの部屋から出ていく。

 残ったのは俺とシルビアとカイロン伯爵の三人だ。


「まさか偽物と見抜かれていたとはな」


 伯爵は俺を見た。


「検査が私の仕事ですからね」


 と答えてみたが、検査というよりも不具合対策の仕事の方が多いな。


「実はな、指輪は金に困ってとっくの昔に他の貴族に売ってしまったのだよ」


 伯爵はそう話し始めた。

 元々領地など無いに等しい伯爵は、貴族の行事での出費が嵩んで財政は火の車だったのだ。

 だからこそ冒険者ギルドを経営してみたりしているのだが。

 だた、それも中々安定した収入とはならなくて、ついには家宝を売って金を工面したというのだ。

 今ではオーリスの小説が売れており、冒険者ギルドの経営も軌道に乗ったので、金に困っているということはないが、買い戻そうにも売った相手が手放さないのだという。

 仕方がないので、イミテーションを準備したというのが真相だ。

 運悪く、それがラパンに狙われてしまったというのが今回の一件である。


「そういうことだったのですね」

「あら、アルトこれ何かしら?」


 俺が伯爵の話を聞いていたら、シルビアが俺のポケットから飛び出している何かに気がついた。


「いつの間に?」


 それは紙であった。

 自分でポケットに紙を入れた記憶はない。

 それを取り出してみると何か書いてあったので、それを声に出して読んでみた。


「どうやら変装ではなく変身のスキルは見破れないようですね。本物のオーリスは地下室にいます……だって」

「伯爵、早く地下室に案内して」

「あ、ああ」


 シルビアに指示されて伯爵が俺達を地下室に案内する。

 そこにはオーリスが横たわっていた。

 眠っているようだ。


「薬でも盛られたかしらね。命に別状は無さそうだけど医者に見せたほうがいいわ」

「わかった」


 伯爵は急いで医者の手配をする。

 俺達はこれ以上することも無いので、伯爵に挨拶をして屋敷を後にした。


「どうしたの、アルト?」


 帰り道で考え事をしている俺にシルビアが訊ねた。

 俺は考えていた事をシルビアに伝える。


「本当にラパンは来ていたんだろうか?」

「どういうことよ。あんたのスキルでも変身は見破れないってことでしょ」

「そうなんだけど、なんか引っかかるんだよね」

「貴族の事情に首を突っ込むと命が幾つあっても足りないわよ」

「そうだね」


 色々と引っかかるものがあるのだが、死にたくないのでこれ以上考えるのを止めた。


※作者の独り言

レントゲン検査装置高いよね。

あと、人体に使っていいのかは知りませんが、異世界なので被爆も無いはず!

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