第85話 LRの混入を防ごう

「アルトさん郵便です」


 俺が冒険者ギルドの相談窓口でうたた寝をしていると、郵便屋の声で起こされた。

 勿論郵便屋というのは比喩で、実際は手紙を運んできた冒険者のことだ。


「ここにサインを」

「はいよ」


 受取のサインをして、手紙を受け取る。

 俺に手紙を出してくるなんて、カレンか水島くらいなもんだろう。

 どちらだろうか。

 俺は手紙を開封した。


「工場爆発した……か」


 差出人は水島だな。

 やはり工場は水蒸気爆発させられたらしい。

 手紙を出せたということは、死んではいないようだな。

 これはいちいち将軍に報告することでもないか。

 どうせスパイを送り込んでいるんだろうから、生存確認は出来ているだろう。

 手紙を読見終えると、ちょうど相談者がやってきた。


「なんだ、デボネアか」

「なんだとはなんじゃ。今日はドワーフ仲間のこいつの相談にのってもらいたくてのう」


 そう言って紹介されたのは若いドワーフである。

 名前をスピアーノと言った。

 どうも他人の気がしないのだが、気のせいだろうな。

 ドワーフに親戚はいない。


「それでどんな相談ですか?」

「はい、実は私は鎌を作っているのです。鎌には右利き用と左利き用があるのです。この国の人は殆どが右利きなのですが、極稀に左利きの人がいるので、左利き用の鎌も需要があるのです」

「ああ、知っているよ。鎌は体の内側に刃が来るように握るんだよな。左利きの人間が右利き用の鎌を使うと刃の向きが悪くて草を刈れないんだよな」


 日本では戦前だと左利き用の鎌が無かったので、左利きの人間は石で鎌の刃を叩いて、刃の向きを変えていたんだよな。

 刃こぼれ覚悟で刃の向きを変えたら、研ぎ直して刃を立てるのだけど、かなり面倒だった記憶がある。

 学芸員免許取得の一環で、刃物を研ぐ研修があったのだが、そんなことをさせられたのを覚えている。

 さて、俺に相談ということは刃物の研磨のことではないだろうな。


「それで、何が問題だったというのですか」

「右利き用と左利き用の表示を間違ってしまい、売った相手から苦情が来てしまったのです」

「相手だって見て買うんだろう。表示が間違っていたからと謂って、全てがスピアーノの責任というわけではないだろう」

「それが、冒険者ギルドからの注文だったので、商品を箱に詰めて運搬業者に渡したので、開梱した冒険者ギルドの職員が間違いに気がついたんです」


 なるほど、これはよくあるLRの間違いだな。

 Lはカリワ、Rはカナンである。

 タガログ語で言ってもわかりませんね。

 Lは左で、Rは右です。

 製造業でLRの製品が混入するのはかなりの確率であります。

 なぜなら、金型が左右同時取りになっていることが多いからです。

 車のヘッドライトなんて、LR同時成形にして、後工程でゲートカットするので、非常に混入しやすいですね。

 ただ、誤組は出来ないように設計的に工夫するのが普通なので、車両に組み付いて市場流出することは殆どありません。

 殆どというのは、能力のない設計者を根絶出来ないからですね。

 それと、異品出荷をしやすいのは混入だけではなく、品番が似ている事もあります。

 大抵の場合、LRの製品だと10桁くらいの品番のうち、一つだけが違うっていうはずです。

 ぱっとみで勘違いしやすいので、何度も間違いを繰り返しているのが実情となっています。

 対策はラベルの色を変えたり、バーコード照合をしたりとありますが、異世界でバーコードも無いだろうと。

 今回はどんな理由でLRを間違えたのかまずは確認だな。


「どうして右利き用と左利き用を間違ったのか教えてもらえますか」

「表示を間違えたのです」

「間違えたというのは?」

「作ってすぐに表示できるように、ラベルを金床の近くに置いてます。右利き用も左利き用も同じ台の上に置いてあるので、それを取り間違ったのが原因ですね」

「なるほど。表示ラベル同士は近い所に置いてあるのですか?」

「隣り合わせです」

「それでは取り間違いは起きやすいですね」

「今まで間違ったことが無かったので、取り間違いはしないと油断していました」


 ありがちだな。

 ミスをしないだろうという根拠のない自信が不良を生む。

 ラベルはできれば一品番ずつ出すのが望ましい。

 それが出来ないなら色を変える対策くらいはしておきたいな。


「それと、出荷前に箱に詰めるときに確認はしなかったのですか?」

「表示ラベルを見て問題ないと思ったんだよ。見ればすぐに左右逆だとわかったんだけど、どうしてラベルだけしか見なかったんだろうな」


 人間そんなもんだ。

 人間じゃなくてドワーフでも一緒。

 見ようと思った場所以外は、どんなに近くても目に入らないものである。

 外観検査で大きな傷を見逃す事がよくあるが、見るべき場所でない限りは見逃す。

 むしろ、見るべき場所以外を見ている事が問題ですらある。

 検査箇所以外の異常に気がつくのであれば、異常を保証する工程にフィードバックをかけるべきだ。

 見つけたことを咎める事はしないが、タクトが落ちていればそれは問題である。

 今回は個人事業主の一人作業だから、そこまでの事ではないが。

 自分で作ったものが間違いないか、しっかりと保証するべきだろうな。


「今回の対策ですが、表示ラベルは作成するものしか台の上に置かない。右利き用と左利き用の表示ラベルの色は変える。出荷品の梱包時に表示ラベルと製品が合っているか確認する。これで再発は防げるでしょう」

「はい」


 スピアーノは納得してくれた。


「なるほどのう。つい作業台の上に一緒に置いてしまうが、間違う原因になるのう」

「ポーションと解毒剤の瓶を隣り合わせに置いて、しかも瓶が同じ形なら間違うでしょう」

「確かに」


 デボネアも目から鱗が落ちたらしい。

 基本的なことだが、ついやっちゃうんだよね。


 後日


「あら、随分といい鎌を持っているわね」


 シルビアと迷宮に薬草を採取しに出かけた時に、俺が使っている鎌が気になったらしい。


「この前ドワーフのスピアーノの相談を解決したお礼に、鎌が送られてきたんだ」

「へぇ。これならオークくらいなら倒せそうね」

「武器じゃないから」

「鎌って切れ味がいいと、強力な武器になるのよ。街中に血塗れの鎌を持った奴がいたら逃げたほうがいいわ」

「そういうのやると、鉈とか鎌が放送禁止になっちゃうだろ」


 『妊娠が本当かどうか確かめさせて下さい』って台詞を吐く女はNBナイスボートだ。



品質管理レベル27

スキル

 作業標準書

 作業標準書(改)

 温度測定

 硬度測定

 三次元測定

 重量測定

 照度測定  new!

 ノギス測定

 輪郭測定

 マクロ試験

 塩水噴霧試験

 振動試験

 引張試験

 電子顕微鏡

 温度管理

 レントゲン検査

 蛍光X線分析

 シックネスゲージ作成

 ネジゲージ作成

 ピンゲージ作成

 ブロックゲージ作成

 溶接ゲージ作成

 リングゲージ作成

 ゲージR&R

 品質偽装

 リコール

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