第82話 忙しいときこそ慣れた作業者で乗り切ろう

「猫の手も借りたい?」


 俺はデボネアと一緒にエッセの工房に来ていた。

 相談内容は人手不足だと謂うのだ。

 最近、おでん鍋、中華鍋に加えて、アルミで出来た鍋が人気なのだと謂う。

 アルミ鍋は軽いため、冒険者や行商人に大人気なんだとか。

 そういえば最近エッセからのアルミの注文が多かったな。

 鍋の把手もリベットよりも溶接の方が強度があるので、ホーマーを使って生産しているのだが、スキルの使いすぎでホーマーが魔力切れを起こしている状態だ。


「まあ、ホーマーについてはリベットに代える手段もあるのだが、鍋そのものの加工が追い付かんのでな」


 デボネアがアゴヒゲを撫でながらそう言う。


「デボネアがまたドワーフを紹介すればいいのに」

「それが、ドワーフが全然集まらんのじゃよ」

「どうして?」

「フォルテ公爵がどうもドワーフを集めているらしくてのう。手の空いているドワーフは、みんな公爵の領地へ行っとるよ」

「フォルテ公爵かー」


 大量にドワーフを雇い入れていると謂うことは、大規模なプラントでも建てているのだろうか?

 水島が目指す産業革命であれば、ドワーフのようなベテラン作業者などは大量には必要ない。


「そっちも気になるが、まずはエッセの悩みを解決しないとか」


 前世の記憶から、忙しいときの対処法を引っ張り出す。

 忙しくなると、派遣や間接をラインにぶちこむのだが、そうすることで不良率が上昇し効果が出ないことが多かった。

 不馴れな作業者を入れるくらいなら、ベテランで乗りきったほうがいい。

 とはいえ、残業にも限界があるので、どうするかと云えば作業の分解である。

 21世紀でも定位置管理が出来ていない会社が多かった。

 そのため、忙しくなって人を雇うと、新人をラインに入れて、ベテランは倉庫に部品を取りに行く事をしていたのだ。

 慣れてないと、どこに何が有るのかわからないからだ。

 全くもって逆である。

 生産と謂う付加価値の高い事を、新人と謂う安い労働者に任せて、運搬と謂う付加価値の低い事をベテランが行っているのだ。

 原因は部品を探すことが難しいからである。

 なので、定位置管理または定番地管理をすれば、初日から新人が部品を取りに行けるようになる。

 その時間ベテランは生産を止めずにすむのだ。


「部品を取りに行く人を雇いましょう。それだけでは時間が余るので、検査や梱包をしながら、部品の補充と水や油の補充をさせれば、エッセが加工する時間を増やすことができる。新人を雇って教育する時間も無いだろう?」

「言われてみればそうかも。忙しいのに教えている暇は無いか」


 エッセも納得してくれた。

 彼には自分の作業を出来るだけ細かく分けて、どれが自分でなくともよいのかを切り分けさせた。

 よし、あとはハローワークに人材募集を出せば完了だ。


「ハローワーク?何じゃそれは」


 デボネアは不思議そうな顔をした。


「職業安定所ですね。無い?」

「無いな」


 そんなものがあれば、俺もギルド長に拾われる事もなかったか。


「募集ってどうするんですか?」

「人伝か、工房の前に張り紙かのう。短期なら冒険者ギルドで人を雇ってもいいかもな。奴隷だと高くつく」

「奴隷は高いんですか」

「財産として認められるから、それなりの価値はあるぞ」

「困りましたね」

「貧民街の子どもなら仕事も無いから雇うことは出来るが、読み書きが出来ないから、仕事を覚えさせるのが大変じゃろ」


 そういえばミゼットが貧民街の出身だな。

 覚えは非常によかったぞ。


「それについては心当たりがあるから、俺の方であたってみるよ」

「頼むわい」


 元々俺が経営していた工房だし、困りごとの解決を手伝うのはかまわんよ。

 ドワーフがフォルテ公爵の領地に向かっている話が気になったので、工房を後にして将軍の官邸へと立ち寄り、デボネアから聞いた情報を伝える。

 そして、冒険者ギルドへと戻り、ミゼットにエッセの工房で働けそうな人がいないか聞いてみた。


「お母さん」

「お母さん?」

「うん」


 ミゼットの母親のミラは病気から回復したが、日雇いの仕事くらいしかなく、安定した仕事を探しているというのだ。

 へら絞りや鍋の加工をするわけではないから、未経験でもなんとかなるだろう。

 後は文字が覚えられるかどうかだな。

 一先ず面接でもするか、試用期間を設けてその働きぶりを確認してみるのがいいのかな。

 俺は紹介状を書いてミゼットに渡した。

 コネで雇うわけにはいかないが、面接のきっかけくらいは作ってもいいだろう。


 数日後、俺とオーリスが冒険者ギルドの食堂にいると、ミゼットがやってきた。


「アルト、お母さんがエッセの工房で働くことになった」

「そうか、よかったな」

「うん。ありがとう」


 ミゼットはそれだけ言うと仕事に戻っていった。


「アルト、何かしたの?」


 オーリスが訊いてくる。


「エッセの工房が忙しくて人を雇いたいと言っていたので、ミゼットのお母さんを紹介したんだ」

「へぇー」

「エッセがちゃんと指導できるとも思えないから、今から行ってみようか」

「ついていくわ」


 ということで、二人でエッセの工房にやってきた。

 そこで俺達が見た光景は


「これは……」


 今まで乱雑に置いてあった材料が、材質と大きさ毎にきれいに並べられ、検査前の製品と検査後の製品が混入しないようなレイアウトになっていた。

 どうしたことだ。

 いや、いいことなんだけど。


「あら、アルト」


 出てきたのはナディアだ。

 ナディアはエッセの奥さんで、この工房の販売とか金の出し入れの管理をしている。


「工房内がとてもきれいになっているんだけど」

「この前アルトが来たときに、定位置管理の話をしたじゃない。新人を雇う前に定位置を決めて整理整頓したのよ」


 やれば出来るじゃないか。

 金属は素人が見ると見間違いやすい。

 さらに、把手を止めるリベットも、そのサイズがまちまちなので、サイズや材質毎に並べてあると取りやすい。

 3Sの徹底が品質だけでなく、効率もよくするのだ。

 この分なら大丈夫そうだな。

 俺はミラにへら絞りの製品の外観検査を教えるくらいしかなかった。


「ミラ、ココア?」


 教育用サンプルの製品でキズがあるところを指差した。


「傷が深いので不良です」

「ミラ、いいっす」


 指でオッケーサインをだした。

 これだけわかっていれば十分だな。


「アルト」

「なんだい、オーリス」

「シャレドへたね」

「はい……」



ダイハツはYRVが好きです。

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