第64話 ゲージR&Rの間違った使い方
「アルト、あんたのジョブレベルっていくつなの?」
俺が自分の席でコーヒーを飲んでいると、シルビアがやって来てそう訊いた。
ジョブレベルって他人からは見えないのか。
他人のジョブレベルが幾つなのか気になるな。
「今23だけど」
この数字が高いのか低いのかわからない。
ただ、成人したての俺がこんなもんだから、他の人達はもっと高いのだろうな。
「23!?」
シルビアが変な声を出した。
あれ、普通じゃない?
「低すぎた?」
「逆よ。冒険者の等級でいえば、金等級か白金等級になるわよ」
なんですと?
シルビアの説明によれば、等級とジョブレベルの関係は
木 1
鉄 2~3
青銅 4~6
黄銅 7~9
銅 10~12
銀 13~17
金 18~22
白金 23~
という目安らしい。
ジョブレベルが上がると、その分だけスキルを取得できるのだが、確かに多くのスキルを使っている冒険者を見かけないな。
特に戦うスキルがあるわけではないので、自分が強いという認識もないし、多分戦っても負けるだろう。
「ほら、戦闘には向かないスキルばっかりだから、白金等級の冒険者どころか、鉄等級と戦っても負けるよ」
「ジョブは戦うだけじゃないわ。料理人なら世界最高峰クラスよ」
究極とか至高とか名乗るレベルか。
「そもそも品質管理なんて他にはいないだろうから、今の時点で世界最高峰なんだよな」
「それもそうね」
「シルビアはいくつなの?」
「17ね」
やはり銀等級ともなると、それくらいのレベルなのか。
他の人達はいくつなのだろう?
と考えていたら
「ドラゴンが出たぞー!!」
と冒険者の男がギルドに駆け込んできた。
ドラゴンって、あのドラゴンだろうか?
「不味いわね」
シルビアの顔に緊張が見える。
「ドラゴンって強いの?」
「普通のドラゴンなら、銀等級のパーティーでも編成によっては倒せるわね。エルダードラゴンやエンシェントドラゴンになると、人の力では無理だと言われているわ。戦ったことがないけど」
どうやらここでもドラゴンは最強の一角を担う生物らしかった。
ドラゴンが出たのは迷宮ではなく、街の外であるという。
牧場にいる家畜にでも目をつけたのではないかということだ。
すぐに兵士が動員されたが人手が足りないということで、冒険者ギルドにも協力要請が来た。
「どうやら普通のドラゴンみたいね。ここにドラゴンが現れたなんて聞いたこと無いから、どこかで縄張り争いに負けて、ここまで餌を求めてやって来たのかも知れないわね」
シルビアが集まった情報を教えてくれる。
ドラゴンは縄張り意識が強く、他のドラゴンが同じ縄張りにいると追い出すのだという。
種としての寿命が長いため、新しく子供が生まれると縄張りを確保するために、親と争ったり他人の縄張りに手を出したりするのだという。
今回のドラゴンもその類ではないかということだ。
「縄張り争いに負けるくらいだから弱いのか?」
「そうはいってもドラゴンよ。人が簡単に勝てる訳じゃないわ」
それもそうか。
俺も癒し手として駆り出されることになった。
シルビアと一緒に街の外へと向かう。
ドラゴンが街の外に来襲した情報は既に街の中に出回っており、通りには人が少ない。
ドラゴンの驚異を知らなかったのは俺くらいか。
「それにしても馬が欲しい」
「何贅沢言ってるのよ。馬なんて兵士の分ですら不足しているのよ」
走り続けて疲れたのだが、どうやら馬は足りていないようだ。
ファンタジーの世界なら馬に乗って移動してみたいじゃない。
現実世界でも乗った事あるけどさ。
そうして走ること1時間弱、やっとのことでドラゴンのいる牧場に到着した。
そこで目にしたものは
「なんとも酷い有様だな」
「まるで戦場ね」
将軍の指揮のもと、兵士達が戦っているが、ドラゴン相手には力不足であり、そこかしこに怪我人が転がっている。
ギルド長が先頭にたってヘイトコントロールをしているので、兵士達に死者はいないようなのだが、いつまでもそれが続くとは思えない。
早いところドラゴンには立ち去ってもらわねば。
「森へお帰り。この先は お前の世界ではないのよ。ねえ いい子だから」
俺はドラゴンに話しかけてみたが無視された。
怒りに我を忘れてる?
静めないと。
「何してるの?」
「ドラゴンと会話が出来ないかなと思って……」
シルビアが残念な子を見る目で俺を見るので止めた。
辛い。
「無理に決まっているでしょ。戦って倒すしかないわ」
「何も悪いことしてない」
倒すしか無いというシルビアに、俺は食い下がる。
「竜と人とは同じ世界に住めないのよ」
「お願い、殺さないで」
いや、よくよく考えたらここは風邪の谷でも、痛風の谷でもなかったわ。
無駄な時間を使ったな。
「で、どうやってドラゴンを倒すんだ?」
碧き衣の人の真似はやめて、ドラゴンの倒し方をシルビアに訊いた。
「そうね、普通の剣や武器ではあの鱗に傷を付けることが出来ないものね。目とか口の中を狙うしか無いわね」
「難易度が高いな」
シルビアもドラゴンを倒す方法はその程度しか知らないようだ。
どうせブレスとかも持っているのだろうし、それに高い位置にある顔にどうやって攻撃を当てればよいというのだ。
クロスボウで目を狙撃してくれる世界的スナイパーでもいるのなら、喜んで賛美歌十三番を歌うぞ。
「アルトはスキルが沢山あるでしょ。何か使えそうなのは無いの?」
「スキルねぇ」
ドラゴンスレイヤーでもいれば、作業標準書を作成できるのだが、それは無理だな。
室内であれば【温度管理】で1兆度にして焼き殺す事ができるんだけど。
光の国からやってきたあの人だって、1兆度の炎には勝てなかったんだし。
ただ、今回は屋外だから使えない。
後は何が使えるというのだろうか。
そういえばこの前取得したゲージR&Rがあるな。
あれの再現性って個体が人間とドラゴンでも使えるのかな?
物は試しだ。
「【ゲージR&R】」
俺はスキルを発動させた。
――測定者を三名選定して下さい。
スキルがは測定者の選定を聞いてくる。
俺とドラゴンとそこで怪我して倒れている兵士でいいか。
俺はそう回答した。
――測定対象を設定して下さい。
次に測定する対象を何にするか聞いてくる。
「筋力で」
――了承しました。
――%GRRを設定して下さい。
%GRRも設定できるのか。
それは駄目だろう。
ゲージR&Rっていうのは測定の繰り返し性と再現性を評価する手法だ。
測定結果から計算される%GRRが10%以下なら良好とされ、30%以上であれば改善が求められるというものである。
その結果である%RGGを自分で設定出来たら、どんな工程設定でもOKって事だろう。
その数値から逆算して、繰返し性と再現性を決めるというのか。
まあ、これは思ったとおりなんだけど。
つまり、このスキルによって、俺とドラゴンと怪我をした兵士の筋力がほぼ同一になったというわけだ。
どちら寄りになったのか判らないので、地面に落ちている石を拾って握ってみた。
「石を握りつぶす事はできないか。ならばドラゴンは俺と同等くらいの筋力しかないはずだな」
俺が石を捨てて前を向くと、丁度ドラゴンが地面に倒れた。
「え、何が起こったの?」
シルビアが目を丸くする。
他の兵士達も同様だ。
ドラゴンは俺と同じ筋力になったのである。
当然自分の重たい体を支える事ができないので、地面に倒れてしまったというのが真相だ。
「シルビア、今だ。ドラゴンは人間程度の筋力しかない。しっぽで叩かれても死なないし、そもそも自分の体を支える事が出来ずに、起き上がる事ができない」
「わかったわ」
シルビアがドラゴンに向かって走り出す。
他の兵士達はドラゴンが倒れた理由がわからずに、ただ遠巻きに見ているだけで動けていない。
「はあああ」
裂帛の気合でドラゴンの目に剣を突き立てるシルビア。
苦しそうな叫び声を上げるドラゴン。
本来であれば、ここでドラゴンが首を振って、シルビアは放り投げられるのであろうが、今のドラゴンにはそんな力はない。
シルビアは更に剣を深く突き立てた。
おそらく脳にまで達したであろう。
暫くはもがいていたドラゴンも、ついには動かなくなった。
「やったか?」
将軍がフラグを立てにくる。
が、残念ながらドラゴンが再び動き出すことはなかった。
「随分とあっけなかったけど、アルトは何をしたの?」
戻ってきたシルビアに訊かれる。
シルビアは兵士達に囲まれて、その功績を讃えられていたので、かなり時間がかかってしまった。
周囲の雰囲気とは違い、シルビアだけは腑に落ちないという感じである。
まあ、自分の実力ではないとわかっているからだろう。
「ドラゴンの能力を人間程度まで落としたって言えばいいのかな」
ゲージR&Rを説明するのも面倒なので、そう言い換えて説明した。
でも、結局は人間程度までしか落とせないので、俺が戦えば負けていたかもしれないな。
勝ったのはシルビアの手柄でいいと思う。
シルビアはやはり納得がいかないようだが。
「それなら、エンシェントドラゴンでも倒せそうね」
「いや、俺では倒せないよ。人間同士の戦いでも、適正ジョブがある方が有利だろうからね」
「なら、二人で挑みましょうか」
それは勘弁だな。
やる気を見せるシルビアには悪いが、流石にエンシェントドラゴンに挑むつもりはないぞ。
※作者の独り言
ゲージR&Rは本来は様々なばらつきを確認するためのものなので、ここでの使い方はイレギュラーですが、時々%GRRの数値ありきでエビデンス出してくるメーカーがあるんですよね
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