第62話 マーキングって薄い本で使われる言葉じゃないの?
「アルト、何をしているの?」
仕事中だが暇な時間を使って俺が自分の席で小説を書いていると、同じく暇そうなシルビアがやってきた。
「小説を書いているんだよ」
「どんなの?」
「『私、工程能力は平均値ではなくて±1σでって言ったよね』っていうタイトルなんだ」
「どんな内容なのよ」
「異世界に転生した女の子が目立ちたくないから、普通の能力にしてほしいって神様にお願いするんだけど、平均値と標準偏差は違うから、標準偏差で中央付近にしてほしいって条件を出すんだ」
「出オチよね」
「まあ、物語はそれ以上膨らまないよな」
まあ、小説の話はいい。
シルビアは暇だからやってきた訳ではなかった。
「賢者の学院のカレンがあんたに相談したい事があるから来て欲しいって言ってたわ」
「仕事かな?」
「そうね、製造工程を見てもらいたいって連絡があったわ」
どうやら、メッセンジャーが冒険者ギルドに伝言を持ってきたようだ。
仕事であれば断る理由もない。
直ぐにシルビアと一緒に賢者の学院に向かう。
「よく来てくれたわね」
カレンがやってきた。
賢者の学院の入り口で用事を伝えると、門番が連絡を取ってくれた。
今日はカレンは自分の研究室ではなく、入り口まで出てきたのだ。
「相談があるとお聞きしましたが」
「そうなのよ。うちの学院で販売しているマジックアイテムなんだけどね」
カレンの相談内容は魔法を付与したマジックアイテムの事だった。
例えばライトの魔法を付与したアイテムだが、魔法を付与をしないまま販売してしまう事が偶にあるらしい。
返品されれば魔法の付与の有無がわかるので、無償での交換には応じるのだが、それでも評判が落ちることには変わりない。
しかも、冒険者向けの使い捨てライトなので、迷宮内で発動しないと命にも関わることもある。
なんとかそれを無くしたいのだが、見た目には魔力付与がされたかどうだかわからないので、困って俺に相談してきたというのだ。
「動作確認すればいいんじゃないの?」
とシルビアが言う。
「それもそうなんだけど、確認したかどうかが見てもわからなければ結局は一緒だよ。ライトをつけたまま販売すれば間違いないんだろうけど、それだと使い捨てだから意味が無いわね」
まあ、客の目の前で動作確認をするのも手ではあるな、使い捨てでなければ。
しかし、結論を出すにはまだはやいし、できればその工程で保証させたい。
まずは製造工程を見てからだな。
俺はカレンに案内をお願いした。
「こっちよ」
カレンに連れていかれたのは、賢者の学院の地下工房である。
学院の地下というと、どうしてもいけない研究をしている気がするのだが、それは先入観だろうな。
工房はいたって普通であった。
「ドワーフの工房で作られたこの筒に、ライトの魔法を付与しているの」
見れば木箱に入った手のひらより少し大きい円筒の筒に、付与魔術師が魔力を付与している。
「ここで時々、付与していない物が完成品に混じっちゃうのよね」
「成程」
見れば付与前の筒と、付与後の筒は左右に分かれて置いてあり、混入させる可能性があるのは、付与魔術師が付与をしないものを、そのまま付与後の箱に入れてしまう事だな。
「サイノス!」
カレンが作業をしている付与魔術師を呼んだ。
年齢はカレンと同じくらいの男だ。
実際の作業をしているサイノスに話を聞いてみると、やはり、魔法の付与がされてないものをついうっかり勘違いしてしまう事があるのだという。
まあ、こうなるとカウンターと連動したポカヨケが必要だな。
カウンターはインテリアではなく、数字をカウントするためのものである。
構想としては、作業開始時に完成品の入った箱をロックして、一定数完成品がたまったら箱のロックを解除する仕組みだ。
ここにはゴーレムのノウハウもあることだし、前世と同じようなポカヨケを作成できると思う。
俺は早速構想をカレンに伝えた。
「まったく、サイノスがミスをするから、私の仕事が増えたじゃない」
「ごめんよ」
カレンはポカヨケの為のゴーレムについては承諾してくれたが、サイノスには怒っていた。
サイノスはしゅんとしている。
ゴーレムの用意が出来たら呼んで欲しいとお願いをして、俺たちは賢者の学院を出た。
尚、カレンの怒鳴り声は、地下工房と地上を繋ぐ階段にこだましていた。
「サイノスはカレンの事が好きなのね」
「ええっ!」
賢者の学院からの帰り道に、シルビアがそういうのでビックリした。
まったくそんな素振りは無かったように思ったが。
シルビアと賢者の学院に戻り、カレンがいないのを確認して、サイノスに話を聞いた。
「カレンとは幼なじみなんですよ。彼女、あの性格でしょ。誰とでもぶつかってしまうんですよね。だから、僕が見てないと」
「それで結婚していないの?」
「いくつかお見合いの話もありましたが、結婚したのに奥さん以外の女性を見るわけにもいかないですしね」
サイノスは恥ずかしそうにそう言う。
「それは違うわね」
「え?」
シルビアはサイノスの意見を強く否定した。
その口調にサイノスが驚く。
「あなたはカレンと結婚したいんでしょ」
続けてそう言うと、サイノスは黙ってしまった。
「男ならここではっきりさせなさい」
「――はい」
シルビアの勢いに押されてサイノスが返事をする。
なんか話が不良品の話から変わってきたな。
さて、ポカヨケが出来たらどうなるかな。
サイノスと別れ、再び賢者の学院を出る。
「私の言ったとおりだったでしょ」
「そうだね」
シルビアが得意満面である。
そういう嗅覚は凄いよね。
数日後、ゴーレムの準備が出来たとカレンから連絡があり、俺とシルビアは賢者の学院を訪ねた。
今はあの地下工房に全員が揃っている。
「ではポカヨケの動きを説明します」
俺がポカヨケのプログラムを説明する。
木箱から付与前の筒を取り出し、作業机の上に設置された台の上に置く。
そうすると、ゴーレムの手が筒を押さえる。
これがインターロックだな。
次にサイノスが魔力を付与する。
この時魔力を感知したゴーレムが、筒を押さえているのとは別の手で、筒にマーキングをする。
手とはいうが尖った針であり、それで筒を刺して小さな凹み傷をつけるのだ。
これでマーキング終了となる。
今度はマーキングが終了した筒を、押さえていた手で掴んで、付与後の筒を入れる箱に入れる。
付与後の筒を入れる箱も、ゴーレムの手が押さえており、完成品を20本入れたら箱を押さえている手が離される仕組みだ。
20本入れるのもゴーレムの目で監視しており、筒を押さえているゴーレムの手以外が箱に筒を入れた場合は、箱を押さえている手は動かない仕組みになっている。
つまり、完成品を入れることが出来るのはゴーレムだけであり、付与していない筒を人間が混入させた場合には、箱を室外に運べないようになっている。
更にそれでも選別の必要が発生した際には、マーキングとして付けた凹み傷で判断が出来るというわけだ。
「以上がこのゴーレムの動作です。なお、異常時にアンクランプする場合は、カレンの声が鍵になっているので、ここの作業者が勝手にアンクランプすることはできません」
アンクランプを作業者が出来るようにすると、異常時の復旧で未処理品が混入するんだよね。
前世では、アンクランプのスイッチを勝手にイジられるので、コントロールボックスの中に入れて、コントロールボックスの鍵を班長の机に入れて管理していたのだが、最終的には班長の机に鍵を取りに来ることで、不良を再発させてくれたんだよね。
対策書を書くのが大変でした。
俺の前世のことはいいか。
さて、これを使うことになるサイノスはどうかな?
「これなら付与をしていない筒を出荷することは無いと思います」
と言ってくれた。
「本当よ、これでも流出するようなら馘よ」
相変わらず酷い言い草のカレンであるが、そんな彼女にサイノスが迫る。
「何よ」
「カレン、聞いてくれ。俺がこの設備を使って一ヶ月不良を出さなかったら結婚してくれ。もし、俺が不良を出したらこの学院を去る」
「……っ!」
突然のサイノスの告白に、カレンは言葉が出ない。
「どうだ?」
サイノスは更に迫る。
「もし不良が出たら、私が更に改良してあげるわ。そんな中途半端な人間を、学院の外に出すわけにはいかないもの」
「それって……」
「別に一ヶ月も必要ないわ。今すぐ結婚してあげるわよ」
カレンの顔は真っ赤だった。
そして目を固く瞑っている。
「ほら、さっさとカレンの唇にあんたがマーキングしてあげなさいよ」
シルビアがサイノスに口づけを促した。
「邪魔しちゃ悪いから、私達はここで退散ね」
「あ、ああ」
俺はシルビアに手を引かれて地下工房を出る。
その後カレンとサイノスの結婚式に呼ばれることになったので、まああの後は上手くいったんだろうなという結論になりました。
「あーあー、私も誰かマーキングしてくれないかしらね」
とシルビアが言うので
「シルビアはどちらかというと、あちこちにマーキングして、縄張りを広げていくイメージだね」
と教えてあげたら
「私は犬じゃないわよ」
と怒って、思いっきり殴られました。
暴力反対。
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