第59話 昼間の出来事

「フォルテ公爵の使いが来たの」

「はい」


 俺はエッセに呼ばれて工房にいる。

 フォルテ公爵やオッティの動きに注意が必要だと思い、エッセにも二人の名前を伝えておいたのである。

 そして本日フォルテ公爵の使いと名乗る男が工房にやって来て、最近話題というへら絞りで作ったグラスを買いに来たのだという。


「何か聞かれた?」

「へら絞りの機械はどうやって入手したのかということと、材質について聞かれました」

「へら絞りについてはなんて答えた?」

「ここのオーナーが買ってきたと伝えました。まずかったですか?」

「いや、いいさ。嘘を言うようにはお願いしていなかったからね。材質の方は」

「ステンレスですと答えました」

「成程」


 ステンレスという言葉はこの世界にはない。

 俺が異世界から持ち込んだのだ。

 異世界が地球で、持ち込んだ異世界がこちらなので紛らわしいな。


「そうしたら、ステンレスについては鋼種を教えて欲しいと。私は判らないのでそう答えました」

「それ以外に何か言っていた?」

「ステンレスの入手はどうしているのかと聞かれたので、オーナーがやっているので知らないと答えておきました」

「ありがとう、それでいいよ。俺のスキルで作っているのは秘密にしておきたいからね」

「はい」


 ステンレスの鋼種を訊いてきたとなると、相手も転生者だろうな。

 電気めっきの設備を作った奴と同一人物なのか、それとも別の人物なのかは判らないが。

 まあ、俺がこうして存在するので、他に転生者がいないとは言い切れない。

 同じ時代からやって来たのか、それとも過去か未来か。


「直接この工房を荒らすようなことは無いと思うけど、警戒はしておいてほしい」


 俺はエッセにそう指示して工房を出た。

 外に出るとどこからどう見ても日本人の中年男性がそこに立っている。

 というか、アジア人と言わずに日本人といえるのは、俺がその人物を知っているからだ。


「あなたがここのオーナーですか?」


 向こうから話しかけてきた。


「何故そうだと思いました?」

「商人のようではないし、客として来たにしては、商品も見ずに主と話だけしていましたので」


 外から中を窺っていたのか。

 気が付かなかったな。


「私がオーナーだとしたらどうだというのですか」

「何故へら絞りの技術を知っているのか。何故ステンレスを入手できるのかに興味がありましてね。あれはSUS304でしょう。だとしたら、この時代には些か不釣り合いな代物じゃないですか」

「ならば、電気メッキの工場は釣り合うとでも?」


 俺はこいつがメッキ工場を作ったと確信したので、そのことをぶつけてみた。


「あれを理解できるとは、あなたも私と同じ転移者ですかね」

「転移?」


 俺はここで生まれたから転生であって、転移してきた訳ではないぞ。


「――水島」


 思わず俺は目の前の男の名前を呼んでしまった。

 そう、こいつは元同僚の水島だ。

 同じ会社で生産技術の仕事をしていた男である。

 水島はこの世界に転移してきて、生産技術のジョブになったのか。

 10歳でジョブが判明するというけど、転移してきたらそこはどうなのだろうか?

 まあ、本人がジョブがあると言っているし、メッキ工場を作ったのは間違いなくスキルだろうから、転移してもジョブは何らかの方法で決められるのだろうな。

 それにしても、まさかの知り合いか。


「おや、私の名前をご存知でしたか」

「ああ、オッティという名前は水島からとって付けたのが今わかったよ」


 水島で作られた車が、別の会社に供給されてオッティとなったのだ。

 それをヒントにしたのだろうが、なんて面倒な名前の付け方をする。


「私を水島と知っているあなたは何者なんですかね?」

「俺が誰だっていいだろう。それで、水島はこの世界で何がしたいんだ」

「こちらの質問には答えてくれないのですか。まあいいです。私はこの世界に産業革命を起こしたい。ただそれだけですよ。その目的のためにスポンサーの望む物を作らなきゃならないってのはありますがね」

「それが贋金ってわけか」

「それだけじゃありませんけどね」


 贋金だけじゃないってことは、どうせ違法薬物か兵器の類だろう。

 水島のジョブが生産技術なら、兵器で間違いないと思うが。


「今日のところは、このへら絞りで作ったグラスの入手で我慢しましょう。出来れば私がやろうとしていることに、品質管理のジョブを持ったあなたを迎え入れたいと思っていますが」

「冗談じゃない。またあの大量生産の管理をしろっていうのか。何度お前と一緒に徹夜したと思っているんだ」

「その言葉であなたが誰だかわかっちゃいましたよ。それではまたいずれお目にかかりましょう」


 そういうと水島は踵を返す。

 そんな水島の背中に俺は叫ぶ。


「おーい水島、一緒に日本へ帰ろう」

「いや、ここはビルマでもないですし、私は竪琴は演奏出来ませんよ」


 そうですね。

 ついでに、俺は日本へ帰る方法を知らない。

 教えてください井上隊長。

 イングランド民謡歌っている場合じゃないですよ。

 フォルテ公爵の使いというので、この場で拘束する訳にもいかず、俺はただ水島の背中を見送るだけしか出来なかった。


※作者の独り言

ビルマの竪琴は三国派ですか?石坂派ですか?

僕は断然石坂派。

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