第48話 へら絞りをやってみよう

 旋盤というか、回転する工作機械ができたので、へら絞りを導入してみようか。

 俺はそんなことを考えていた。

 へら絞りは中世ヨーロッパにもあった技術なので、この世界に持ち込んでも問題ないだろう。

 へら絞りっていうのを知っている前提で話しているが、簡単に説明すると、金属の板を回転させながら、型にへらで押し当てて成形する加工方法だ。

 詳しくはググレカス。

 前世では鍋、やかん、新幹線の先端、ティンパニ、擬宝珠、電気の笠、パラボラアンテナなどがへら絞りで作られていた。

 これらをどこかの工房に作らせてみたい。

 こういうのはデボネアに相談だな。


「へら絞りねぇ。お前さんはよくそういう事を考え付くもんじゃ」

「まあ、そういうジョブですからね」


 デボネアは早速相談に乗ってくれた。

 成形のイメージは粘土を使って説明したら、理解してくれたようだ。

 この加工方法を試してくれる職人が欲しい。

 既に職を持っているドワーフだと、全く新しいことに挑戦するのは難しいので、成人してから間もないドワーフの紹介をお願いした。

 それと、旋盤にへら絞り機の注文だ。

 旋盤はマンドレル(金型)製作用に使う。


「アルト、そのやかんって何よ。矢が当たってカーンって音がするの?」


 一緒についてきたシルビアが俺に訊いてきた。

 お前は何代目の何とか亭の落語家だ。

 この世界にやかんが無いから仕方がないか。

 やかんを簡単に説明したが、現物を見せたほうが早いな。

 数日後には見せられるかもしれない。


「こんなもんかの」


 三日後にはへら絞り機とマンドレルが完成した。

 銅製のグラスをつくるための金型だ。

 加工者として選ばれたのは、16歳のドワーフのエッセだ。

 16歳なのにおっさん顔である。

 まあ、それはいいか。

 彼は既存の製品では満足せず、何か新しいものを作りたいと思っていたが、そんな彼を生意気だと思う師と意見が合わずに工房を転々としていたのだ。

 上田君みたいですね。

 プレーンオムレツを作らせてみようか。

 ポークソテーを作った後に、同じフライパンでプレーンオムレツ作ってきたら


「これはオムレツとしては失格だ」


 って、生意気な鼻っ柱をへし折ってやる。

 ついでに、味方だと思っていたゆう子は敵に回ります。

 何故かたまごの鮮度や焼き方についても大批判をするので要注意だぞ。

 詳しくは「卵とフライパン」で。


 いかんいかん、つい話が逸れた。

 デボネアも丁度いい人材を紹介してくれたものである。

 デボネアの工房の一角を借りて、俺はへら絞り機とへらの使い方を説明する。

 原理は知っているが、自分でやるのは初めてなので、自分で言うのもなんだが、動きがぎこちないな。

 材料をセットし主軸を回転をさせ、ヘラでマンドレルに押し当てて行く。

 徐々に成形されて、銅板がグラスっぽくなった。

 回転数の条件や、加工油が決まっていないため、条件を見極めればもう少し見栄えが良くなるかな?


「まあ、俺の技術だとここまでだが、極めていけばもっと綺麗になるだろう」

「やってみるよ」


 エッセは俺からへらを受け取る。

 そうして用意した材料を使って、さっそく加工を始めていく。

 因みに、へら絞り機は二人一組で、加工する人と、主軸を回転させる人が必要なので、今は俺とデボネアが交代で主軸を回転させている。

 そのうち水車とかを動力にしようかな。

 できれば電気が欲しいですが。


 因みに、やかんはもう少し先になる。

 マンドレルが間に合わなかったのだ。

 シルビア、ごめん。

 素材の銅や鉄は自己調達してもらうことにして、アルミとステンレスは俺が用意した。

 エッセの加工技術があがってくれば、自分で加工できる製品を考えることが出来るようになって、へら絞り製品も増えていくだろうな。

 グラス程度なら寸法など気にしないが、やかんになると、蓋との合わせも重要になるから、管理方法を考えないといけないな。

 後は大きなマンドレルをセットできるようにすれば中華鍋も作れそうだ。

 取り敢えずは、この設備でエッセに頑張ってもらって、資金が貯まったところで、大物設備に取り掛かろうか。


 そうして始まったへら絞り工房(仮)であったが、ステンレスのグラスが大当たり。

 ステンレスが存在しない世界なので、珍しいというのもあったのだろうか。

 前世でお墓にある花たてまんまのデザインなので、俺はそれを使う気になれないが。

 それと、俺が将軍とオーリスに献上して、広告塔になってもらったというのも大きい。

 ある程度資金が貯まったので、家を買って工房とした。

 それと、人を雇ったので、やっと俺が動力係を引退できる。

 売上が伸びるとともに、俺の労働条件も酷くなった。

 労働監督署があれば駆け込んでいたところだ。

 経営者が俺なので、相手にされないけど。

 そうそう、俺経営者なんだよね。

 エッセから毎日売上金が上がってくる。

 いや違うな、エッセに給料を払っているというのが正確だな。

 土地、建物、設備、材料が全部俺持ちだ。

 これで売上が入ってこないと辛いぞ。

 工房兼社宅の机で、ここ最近の自分の頑張りを思い出していたら


「アルト、他にどんなものが製作可能なのか教えて欲しい。グラスの作成も飽きてきたのでね」


 工房からエッセが出てきた。


「大物は中華鍋とティンパニーという楽器だな。小物は照明の笠や鍋、食器だろうね。グラスの応用でいけるはずだ。できればやかんも挑戦して欲しい」


 俺はスケッチをエッセに渡す。

 最近では完成品のスケッチから、マンドレルやへらを自分で考えるようになった。

 材質に合わせた回転速度や油も見つけてくれたので、俺の仕事は非常に楽だ。

 出荷検査くらいしかしていない。

 お、品質管理っぽいな。

 ステンレスの外観検査は、その光沢が命なので、かなり気を使う。

 検査工程で弾かれた製品は、後でヘアライン加工を施して、安売りする。

 極力売ってお金にするのだ。

 そうやってお金を貯めて、大型のへら絞り機が出来たら、次は汎用彫刻機か昇降盤あたりを作ってみたいな。

 何に使うかは考えてないが、少しずつ工作機械を増やしていこう。


※作者の独り言

人力で回転させるへら絞り機と、鉱物油や化学合成油がない世界で、ステンレスのへら絞りが可能なのか検証していませんが、雰囲気でお楽しみ下さい。

加工条件を知っている方は是非ご連絡を。

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