第37話 怪盗対品質管理

「ラパンからの予告状?」


 俺はギルド長の執務室に呼ばれていた。

 一緒に居るのはシルビアと衛兵隊長のクイントだ。

 何故こんなことになっているかというと、ラパンからの予告状が将軍宛に届いたというのだ。

 犯行予告は今夜。

 将軍の官邸にある、迷宮から産出されたサファイアで作った指輪が狙いだという。


「俺とシルビアが呼ばれている意味がわかりません。官邸ともなれば衛兵隊の仕事でしょう」

「それがだな、ラパンは変装の名人だという。そこで将軍が品質管理のジョブであるアルトに白羽の矢を立てたのだよ」


 クイントがそう説明をしてくれた。

 とても大柄な男なので、彼が忌々し気に俺を見ると怖い。


「不満があるならアルトは貸さないわよ」


 シルビアが気配を察知して、俺とクイントの間に入る。

 こう云う時は頼りになる。

 俺が女だったら惚れてる。


「まあまあ、クイントだって仕事をこちらにお願いするのは辛いのだろうから」


 と、ギルド長が仲裁した。

 クイントの気持ちもわからなくもない。

 上司である将軍から、お前たちでは能力が足りないと言われたも同然だからな。


「私は冒険者ギルドの職員ですから、ギルド長が行けというなら行きますが」

「そうだね。よろしく頼むよ。シルビアはアルトの護衛でついていって欲しい」

「わかったわ」


 こうして俺とシルビアは将軍官邸へと向かった。


「しかし、どうしてラパンは将軍官邸の指輪なんて狙ったんだろうね」

「自己顕示欲の塊だからな。一般の商家などは既に簡単に忍び込んでいるから、難易度の高い目標に挑戦したいんだろうな」

「わかるわー」


 クイントの説明に、シルビアが納得している。

 ラパンと相通じるものがあるのか。

 そんな会話をしていたら、将軍官邸に到着した。


「まずは、今夜までこの官邸にいる人達を確認させてください」

「わかった。君達がいるのを不審がられてもいけないから、挨拶するついでに紹介しよう」


 紹介されたのは将軍の妻と娘、それからメイド達だ。

 夜の警備にあたる兵士達は、この時間だとまだ出勤していないので、出勤後に顔合わせとなった。

 時間があるので、将軍にお願いして今回予告のあった指輪を見せてもらう。


「――綺麗」


 シルビアがうっとりとその指輪を眺めた。

 確かにその輝きは美しく、ちょいと拝借したくなる気持ちはわかる。

 普段は金庫の中にしまってあるので、番号を知っている将軍しか見ることはできないのだ。

 式典などに将軍の妻が着けて出席しているので、その存在は一般に広く知れ渡っている。

 念のためこっそり鑑定を行ったが、指輪は本物の材質で作られていた。


「さて、後は夜になるのを待つばかりか」


 そして、時刻は夜の23時。

 俺たちは金庫の部屋で、ラパンの登場を待っていた。

 この部屋には、俺、将軍、シルビア、クイントの四人がいる。

 流石にこの時間ともなると、全員が少し眠くなってきた。


「お茶をお持ちいたしました」

「おお、丁度よかった。少し眠くなってきたところでな」


 メイドのメルファが金庫の部屋にお茶を持ってきた。

 将軍はメルファを室内に入れる。

 メルファがテーブルにお茶を置いたところで俺は気がついた。


「このお茶を飲んではいけません」


 俺はお茶を飲まないよう指示をする。


「何故だ?」


 クイントがカップに伸ばした手を止めて俺に質問してくる。


「メルファが偽者だからですよ」

「どうしてよ?」


 今度はシルビアが俺に質問してくる。


「この官邸にいる人たちを測定させてもらいました。メルファは俺の測定時と数値が違います」


 そうみんなに聞こえるように言う。


「人間は朝と夜で身長が変わると言われております。排泄や食事で体重も変わると思いますが」


 偽者と指摘されたメルファは落ち着いて反論する。

 将軍もその通りと頷いている。


「勿論俺もその知識はあります。だから、測定したのは別の事です。右目を原点として、左目で軸を決める。そうしたときに測定された鼻やほくろと謂った要素の座標です。1/1000単位で測定できるので、見た目にはわからない変装も見破れるのですよ。メルファは鼻の高さが2ミリ低いですし、顎のほくろの位置がX座標で0.5ミリプラス方向に、Y座標でマイナス方向に1.3ミリずれています。それが証拠ですよ」


 ドヤ。

 俺が説明するとシルビアとクイントが剣を抜いて、メルファに向かって構える。


「まさか、私の変装が見破られるなんてね」


 メルファの声色が変わる。

 もはや変装であると隠すつもりはないらしい。


「賊が!」


 クイントがメルファに変装した何者かに斬りかかる。

 が、その剣は空を斬った。

 メルファの偽者は剣をかわし、窓から外に飛び降りた。

 ここは二階ですよ。

 窓から飛び降りた先を見ると、メルファが着ていたメイド服が脱ぎ捨てられていた。


「今回は完敗だ。次は勝たせてもらう」


 暗闇に男の声が響いた。


「やはりラパンか」

「そうだな」


 クイントと将軍は未だにラパンが消えた暗闇に視線を向けていた。

 シルビアは窓辺には来ないで、部屋の中央付近に立ったままだった。


「シルビアがラパンを追わないなんて珍しいね」

「私はあんたの護衛だから捕まえるのは仕事じゃないし、みんなが外に気をとられてたら、誰かの侵入に気がつかないでしょ。変装が見破られるところまで計算していたなら、外に気を向かせて、その隙に室内の指輪を盗むわ」


 その回答に感心した。

 シルビアは自分の仕事を完璧に理解している。

 やばい、惚れそうだ。


「本物のメルファを探した方がいいわね。殺されていないといいけど」

「そうだな」


 クイントが官邸にいる兵士を呼び、邸内を捜索させた。

 メルファは倉庫で下着姿で眠らされていた。

 後でわかったことだが、偽者が持ってきたお茶には睡眠薬が入れられており、メルファにも同じ薬が使われたようだ。

 将軍の娘に薬を嗅がされたところで記憶がなくなり、気がついたら倉庫で寝ていたところを起こされたと。

 乱暴された痕跡はないのは、ラパンが紳士なのか、或いは別の理由か。

 ラパンが戻ってくるかも知れないので、夜が明けるまで警戒していたが、その後は何もなく朝となった。

 ここで俺達の仕事も終わりである。

 無事に指輪をラパンから守り抜いたのだ。


「アルトの活躍見たかったですわ」


 時刻は夕方、徹夜明けで部屋にかえってそのまま眠ってしまった俺は、少し前に目が覚めて冒険者ギルドに出勤したところだ。

 シルビアも同じようなもので、二人でギルド長に報告をして今は食堂にいる。

 それともう一人、先程の発言をしたオーリスだ。

 既に街では将軍がラパンの予告から指輪を守った話が広まっている。

 人の話とはいい加減なもので、将軍がラパンの変装を見破ったことになっていた。

 いちいち否定するのも面倒なので、そういうことにしておくが、オーリスは俺が変装を見破ったとわかってくれている。


「オーリスにも見せて上げたかったわ」

「アルトはどこまで変装を見破れますの?」

「魔法での変身は見たことが無いからわからないけど、変装ならほぼ見破ることができるよ。人の手で全く同じ顔を再現なんてできないからね。今回手の内をラパンに明かしちゃったけど、この時代のレベルだと、完璧な再現は無理だろうから問題はないね」

「この時代のって、未来を見てきたような物言いですわね」


 おっと、失言だったな。

 顔を3Dスキャンして、そのデータを元に変装されたらと思って、うっかり口を滑らせた。


「将来的にはできるかなと思っただけだよ」


 そこで注文した料理が運ばれてきたので、会話を打ち切って食事をした。

 慌てない、慌てない。

 ひと休み、ひと休み。


※作者の独り言

三次元測定機で顔を測れるのかと言われると辛い。

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