第35話 検査規格をつくろう

「あの相談に乗ってもらいたいのですけど」


 俺が食後の眠気と格闘していると、相談者がやってきた。

 好青年なのだろうが、その表情は暗く、それが印象を台無しにしている。


「名前とジョブ、相談内容をお願いします」

「クラフト、罠師です。相談内容は佛跳牆ファッチューチョンを捕まえたいんです」

「佛跳牆?」


 なんだその稲森社長に食べさせようとした料理みたいな名前は。


「迷宮ウサギの突然変異種よ。鳴き声が美しい女性の様で『あまりの美声に修行僧ですらお寺の塀を飛び越えて来る』と言われていますわ」

「オーリス、何故ここに?」

「お父様のライバルを視察してますの」


 産業スパイを堂々と宣言されてもな。

 それにしても、坊さんが寺の塀を飛び越えるの程の美声なのか、さぞかし高値が付くだろうな。

 ああ、だから罠師の彼なのか。

 殺してしまっては意味が無いから、生け捕りにしなければならないと。


「捕まえたいといっても、俺は罠についてのアドバイスはできないよ」

「相談したいのは罠についてではないのです」

「じゃあ、どんなこと?」

「佛跳牆と迷宮ウサギの区別がつかないんです」

「そういうことか」


 俺も迷宮ウサギは見たことがある。

 普通のウサギよりも大きくて狂暴なやつだ。

 だけど佛跳牆は見たことが無いので、区別の仕方がわからないな。


「オーリスは違いを知っているのかい?」

「鳴き声で判断するしかないと聞いてます」

「そうかー。これはちょっと時間が掛かるな」


 そういうと、クラフトは焦りだす。


「そ、それは困ります」

「どうして?」

「実は彼女が病気なんです。治療には莫大なお金がかかるので、一刻も早く佛跳牆を捕まえてお金にしたいんです」


 そういう事情か。

 だが、焦ってタクトを縮めてもろくなことが無い。

 不良の原因なんて、焦らされたからっていうのがかなりの頻度であるぞ。

 今回の相談の内容からして、まずは検査規格の作成だな。

 佛跳牆がどんなものであるかを知る必要がある。

 検査規格か……


「そういえば、冒険者ギルドの買取部門は、佛跳牆をどうやって判定しているのかな」


 そうだ、買取部門なら特別な見分け方を知っているだろう。

 俺は買取部門の責任者のギャランに聞いてみた。


「迷宮ウサギと佛跳牆の見分け方だぁ?」


 ギャランは大柄な男である。

 昔は冒険者であったらしく、その時のキズが頬に大きく残っている。

 知らずに紹介されたら裏稼業の人かと思うな。

 そんな彼が怪訝そうに俺を見る。


「どうしてそんなことを聞いてくるんだ」

「冒険者が見分けがつかなくて困っているんですよ」

「ああ、そういうことか。実はな俺のところでも、佛跳牆だと思って持ち込んだら迷宮ウサギで、佛跳牆だろって食い下がる奴が偶にいるんだよ」

「どうして食い下がるんですかね」

「自分には鳴き声が美女に聞こえるって言っているな」

「主観が強いんですね」

「ああそうだ。特に佛跳牆の買値はいいからな」

「声以外に見分けをつける方法はありますか?」

「あるよ。佛跳牆は喉から腹にかけて、一本の白い筋があるんだ。迷宮ウサギはただの黒い毛に覆われているだけだがな」

「それを見ればいいわけですね」

「ああ」

「どうしてそれを公表しなかったんですか」

「ノウハウだからな」


 出た、ノウハウを秘匿しちゃう人。

 自分独自のノウハウは教えたら損だと思っているんだよな。

 ライバル企業に教えてしまっては問題だが、社内的には共有したほうが仕事がスムーズにいくだろう。

 あんた、後輩の指導はどうしているんだと言ってやりたい。


「わかりました、これからはそのことを検査規格にして、冒険者にも知らせます」

「おいおい、俺の」


 ギャランが何か言いたそうだが、俺はそれを遮った。


「お互いの時間を節約するためにも、検査規格は作成します。ギャランだってここで揉める事がなくなる方がいいでしょ」

「そうだな」


 これは納得してもらわないと困る。

 あとは、鳴き声と外観で見分ける方法を紙に書いて表示すれば完了だ。

 鳴き声の特徴に加えて、ギャランから聞いた佛跳牆と迷宮ウサギの比較の絵を俺が描いた。

 まあ、頑張ればウサギに見えなくもないな。

 後で誰かに直してもらおう……

 絵は兎も角、これならいいだろうとギャランに納得してもらえた。

 これで売り手と買い手双方に規格の共通認識ができた。

 思えば前世でも検査規格作るのが面倒だったな。

 客先から貰えると楽なのだが、こちらが作るとなると、抜けている項目があったり、誤記があったりと何度も直させられたものだ。


「というわけで、そこで見分けてください」

「ありがとうございます」

「彼女が助かるといいな」

「ええ、もう時間がありませんから」

「時間が無い?」


 思わず聞き返してしまった。


「病気の進行が早くて、もってあと三日と言われています」

「間に合うのか?佛跳牆ってレアなんだろ」

「ええ。でも自分のレベルでなんとかなるというとそれしかないので」


 クラフトの顔は悲壮感が漂う。

 そんな時、オーリスが俺の腕をつついた。


「アルト、あそこ」



 オーリスの指さす先に、手紙と金貨が置いてある。

 どこかで見たシチュエーションだな。

 俺は手紙を読んでみた。


「なんて書いてあったの?」

「『このお金でクラフトの彼女を治療してください、ラパン』だってさ」

「金貨1枚で治るの?」

「いや、薬はもっと高額です。だから佛跳牆が必要なんです」


 クラフトが首を振るが、これは薬を買うための金じゃないな。

 俺への依頼料だろう。

 元々俺の金だが。

 しかし、なんでラパンは俺が癒し手の作業ができることを知っているのだろうか。

 まあ、それはいい。

 金の出どころはどうであれ、依頼が来たのであれば受けるか。


「クラフト、彼女のところへ案内して欲しい」

「いいですけど、どうするんですか?」

「俺が治す」

「え!?」


 クラフトが驚く。

 そうだろうな、俺のジョブは医者でも癒し手でもない。

 そういえば、オーリスは驚かないな。

 実は驚いているけど、あまり表情に出ないのかな?


「【ヒール】なら使えるからね。それで治せる病気なら」

「わかりました。お願いします」


 クラフトの彼女の病気は俺のヒールで完治。

 体にいいスープを飲まなくても病気が治りましたね。

 無理に佛跳牆を捕まえる必要も無くなった。

 折角検査規格を用意したのに。

 まあ、他の冒険者も佛跳牆を狙っているのだから、全く無駄というわけではないか。


 後日、外観で判断できるようになった佛跳牆は今までよりも多く捕獲されるようになった。

 今まで知識のない冒険者が、迷宮ウサギだと思って倒してしまっていたので、捕獲数が少なかったのだ。

 カイロン伯爵の冒険者ギルドの方が買取価格が高いので、そちらに持ち込む冒険者が多く、向こうの冒険者ギルドの経営が改善したとか。

 俺の成果なのにね。



アルトのステータス


品質管理レベル18

スキル

 作業標準書

 作業標準書(改)

 ノギス測定

 三次元測定

 マクロ試験

 振動試験

 電子顕微鏡

 塩水噴霧試験

 引張試験

 硬度測定

 重量測定

 蛍光X線分析

 シックネスゲージ作成

 ブロックゲージ作成

 ピンゲージ作成

 品質偽装

 リコール

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