第16話 当日の生産指示を間違ってますよ

「まいったなー」


 冒険者ギルドの売店でジュークが頭を抱えている。

 中年のおっさんの悩んでいる姿は、絵にならないうえに、サラリーマン時代を思い出すのでやめて欲しい。

 そうはいっても、彼も悩んでいるのでやめてはくれないだろうが。

 俺は自分の席でコーヒーを飲みながら、ジュークの様子を見ていた。

 すまんな、他人事だ。


「どうしました」


 そこにギルド長が通りかかる。

 彼は俺と違ってジュークに声を掛けた。

 何やら二人で話しているのだが、暫くすると俺がギルド長に呼ばれる。

 また品質管理の話かな?

 そう言う事なら相談にのりましょうと、俺は席を立って二人の方へと歩いていった。


「なんでしょうか」

「実はジュークのポーションの生産指示を、生産部門が勘違いして、高級ポーションが品切れになってしまったんだ。急いで作らせているのだが、今回のような間違いを起こさないように対策を立てて欲しい」


 そうギルド長から言われた。

 それって品質管理ではなくて、生産管理じゃないのかと思ったが、ここでそんな区分を言ったところで始まらないので、俺の知識でなんとかしてみようと、ギルド長の依頼を承諾した。

 さて、まずはいつもどおり現状把握だな。


「ではジューク、あなたはどうやって生産部門に指示を出したのですか?」

「高級ポーションを50個、中級ポーションを100個、低級ポーションを100個作るように指示したんだ」

「それは紙に書きましたか?」

「いや、生産部門の連中は文字が読めないから、口で指示を出した」

「なるほど。それで出来てきた結果は?」

「中級ポーションが100個と低級ポーションが100個だ」

「彼らは高級ポーションについて、生産しなかった理由を何と言ってますか?」

「俺からの指示は無かったと言っている」

「あなたは指示を間違いなく出しましたか?」

「ああ、間違いなく出した」


 ふむ、指示は口頭なのか。

 文字が読めないということであればそれも仕方ないだろう。

 次は生産部門の人達に聞き取りだな。

 俺は冒険者ギルドの地下室にある、ポーション調合室を訪ねた。


「おら、もたもたすんな。ジュークの野郎のミスの尻ぬぐいとはいえ、客が待っているんだからな」


 親方っぽい人が檄を飛ばしている。

 それを受けて、作業者達が慌ただしく動いていた。

 いつもと違う作業をすると、ミスに繋がるからやめて欲しいなと思いつつも、それについては今回の件とは別なので、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


「ちょっといいですか」

「お、噂の相談員じゃねーか、忙しいんだけどなんだ。用がないならさっさと出ていってくれ」


 親方は面倒な奴が来たなと、その表情を隠そうともしない。

 そういえば、前世でも面倒臭い性格の班長がいたが、そいつに顔も声も似ているな、最悪だ。

 そんな連中ともやりあってきた俺なので、こいつ如きにビビったりはしない。


「今回の高級ポーションの発注ミスについての確認です」

「ああその事か、それでこっちもてんてこ舞いだぜ。ジュークの野郎が高級ポーションの生産指示を出さなかったのに、俺達が忘れたと抜かしやがってよ」

「ほうほう」


 こちらの部署ではジュークの指示が無かったことになっているのか。


「3種類の品質のポーションを毎日作っているわけじゃないんですか?」

「ああ、中級と低級はほぼ毎日だが、高級ポーションは買うやつが少ないから、毎日ってわけじゃないな。毎日作っているなら、俺達だって今回の指示がおかしいって気がつくぜ」


 親方の話を聞いて、今回の背景が判った。

 毎日作るわけではない高級ポーション。

 その生産指示は口頭で行っている。

 言い間違いか聞き間違いがあれば、いつでも生産数間違いは発生する可能性があったわけだ。

 こんな時はどうしていたかな。

 俺は前世を思い出そうとした。

 生産ラインを組んでいると、上流工程から流れてくる製品にたいして、自分の工程をこなせばいいので、生産数の間違いは上流工程でしか起こらない。

 生産品も掲示板に表示されているので、作業者が間違うことなどないのだ。

 それでは今回の事例には当てはめられないな。

 となると、ダンプ生産をしていた工程だな。

 ダンプ生産とは工事車両を作っているわけではなく、次工程に流す製品を一度にまとめてどかっと作る生産方法を謂う。

 ここでは生産指示が間違うと、後工程で必要ないものを生産してしまうのだ。

 そういえば、出荷数が足りなくて大騒ぎしたのも、そんな生産工程だった。

 専用ラインではなく、汎用ラインの場合、段取り替えでどの製品を何個生産するのか、その指示を正確に受け取る必要がある。

 自分の居た会社では、班長が毎朝もしくは一勤と二勤の交代時に、製品番号とSNPが書かれたラベルを、当日生産する分だけ渡していたな。

 作業者はそのラベルを全て箱に貼り付けたら作業終了となるのだ。

 これを応用すればいけそうだなと思ったが、ここで識字率の問題が出てくる。

 この職場では文字が読めない人しかいないのだ。

 どうやって生産指示を伝えたらいい?


「言葉の壁にここでも悩まされるとはな……」


 思わず苦笑いしてしまった。

 前世でも、外国人労働者が多数工場内で働いており、文字が読めないということが色々と問題になった。

 作業標準書が読めないのから始まり、生産する品番がわからないわ、品質チェックシートが読めないわ、雇う時にせめて日本語能力を確認しておけよと思ったものだ。

 そうなると映像が有効なのだが、残念なことにここにはビデオがない。

 俺の大好きなモザイク入りの映像も見られないのだ。


――話がそれましたね


「さて、どうしたものか」


 俺は困って作業現場を見つめた。

 こういう時はやはり現場を見るに限る。

 作業者達は完成したポーションを木製のトレーに乗せている。

 使うとしたらこれか。

 カンバン生産に近いものを思いつく。


「親方、作業が一段落したらちょっと付き合って下さい」

「どこへだ?」

「ジュークと話し合いをします」

「今更あいつと話すことなどない」

「それがあるんですよ」


 もう面倒なので、親方をそのまま引っ張っていった。

 ジュークと直接話すと、拗れてしまう可能性があったので、ギルド長にも話し合いに参加してもらう。


「今回の高級ポーション品切れについての対策を話し合います」

「ジュークが悪いんだろ」

「何を!貴様のほうが忘れたんだろうが!」


 二人が早速やり合う素振りを見せたので、ギルド長にとめてもらった。

 話し合いができないとは、蛮族かなにかだな。


「今後は完成品を置くトレーを発注の証拠とします」

「どういう事だい?」


 ギルド長が俺に訊いた。


「トレーを3色に塗り分けます。高級ポーション、中級ポーション、低級ポーションでそれぞれ色を決めて、ジュークがそのトレーを生産部門に渡すのです。トレーにはポーションが10個乗りますので、50個欲しければ、トレーを5個渡せばいいのです。生産部門はそのトレーにポーションを乗せて、売店に納品すれば仕事が終了というわけです」

「なるほど、それなら文字が読めなくても、注文を受けた数が判るわけだね」

「はい」


 俺の対策をギルド長は納得してくれたようだ。

 他の二人もつられて首を縦に振っていた。


「では、まずは生産部門にあるトレーを回収しましょう。そして、それに色を塗って、どの色がどのポーションを指すのかを決めて下さい」


 こうして生産数の指示間違いは、どちらが悪いというのを有耶無耶にしつつも、再発を防止することが出来た。


――品質管理の経験値+550

――品質管理のレベルが14に上がりました


 おお、今回の対策でついにレベルが14か。

 そろそろ悩んでいるスキルも決めないといけないな。

 今回の事で、文章系のスキルは識字率の壁にぶち当たることが判ったので、計測関係のスキルを取得してみようと思う。

 マクロ試験スキルを取得することができれば、ピクリン酸、硝酸、フッ化水素を生成することができるかも知れない。

 それができればついに俺にも攻撃手段ができるぞ。

 異世界のモンスターにフッ化水素をぶっかけたらどうなるのか興味があるな。

 いや、地球でそれをやっていたら洒落にならないので、興味を持つのもどうかと思うな。

 いい大人として、良識を持った行動をせねば。

 「フッ化水素 事故」で検索して鬱な気分になったのを思い出した。

 硝酸やピクリン酸は火薬として使えるな。

 転生者が前世の記憶を使って、異世界でのし上がる奴がいよいよできるぞ。

 フッ化水素も半導体がこの世界に生まれてくれれば、きっと凄い利益を俺にもたらしてくれる筈だ。

 ついに俺にも転換期が訪れたか?




※作者の独り言

ネタに困らないほど不具合対策の経験があるのが困るという辛さ。

職場には危険な試薬があるので、厳重に管理されておりますが、異世界での薬品の管理ってどうなっているのでしょうかね。

大学ではシアン化ナトリウムと砂糖が近い場所に置かれていたのをみて、こいつらやべぇと思ったものです。




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