第12話 迷宮組曲アルトの大冒険

「なんであたしがお前の護衛なんだよ」



 バナナが足りなかったのか、メスゴリラが不機嫌である。

 いや、不機嫌な理由が違うことなど判っているのだ。

 今日はいよいよ俺が初めて迷宮に潜る日である。

 迷宮は150年前に突如として現れた。

 その最深部に到達した冒険者は未だに居ない。

 10階層下がる毎にフロアボスと呼ばれる強敵が出現し、その行く手を阻んできたのだ。

 それでもこの150年の間に、フロアボスは次々と撃破されて、今では地下50階層まで到達した記録がある。

 ただし、一般的なモンスターはどういう訳か、次々と湧いてくるので、そこに行くまでに危険が無いと云うわけでない。

 危険なのでギルド長に護衛の手配をお願いしたのだが、どういう訳かシルビアが任命された。

 彼女だけではない。

 斥候のコルベットと、魔法使いのカビーネという二人の女性冒険者も一緒だ。

 二人とも銅等級の冒険者で、実力的には申し分ない。

 コルベットの外見はアレですよ、とある90年代のOVAの同名キャラまんま。

 声も永遠の17歳、おいおいさんそっくりなので、ググレカス。

 カビーネは長身のコルベットと対象的に、身長は150センチにも満たない。

 髪もコルベットの赤髪とは対象的な青髪である。

 この三人と俺を併せた四人で迷宮の探索をすることになった。

 今は待ち合わせ場所である、冒険者ギルドのロビーで挨拶をしているところだ。

 全員の準備は完了しており、これから迷宮へと向かう。

 因みに、俺は皮鎧にショートソードの装備だ。

 斥候、前衛、後衛と揃っているので、俺は運搬位しかすることがない。

 戦う能力もないしな。

 目的も、迷宮内の危険な罠やモンスターの確認であり、戦いは護衛に任せることにする。

 溶接現場に入るときに、長袖の作業着は着ているが、作業をするわけではない品質管理部員みたいなもんだ。

 街を抜けて迷宮の前に到着する。

 迷宮の前には門があり、そこを門番が守っている。

 迷宮からモンスターが溢れ出てきた場合は、ここが最後の砦となるのだ。

 残念なことに、過去に数度スタンピードでモンスターが街に雪崩込んだことがあったそうだ。

 その門を潜り、いよいよ迷宮へと入る。

 先頭はコルベット、それにシルビアが続き、カビーネ、俺という順番になる。

 迷宮に入ってすぐの場所には土嚢が積み上げられており、ステラの街の警備兵達が訓練をしている。

 時々トレインというモンスターを引き連れた状態の冒険者が逃げてくるので、ここでモンスターを迎撃するのが彼らの役目だ。

 トレインには罰則が有り、高額な罰金を請求される。

 罰金が払えない冒険者は奴隷に落とされてしまうので、わざとトレインを作ることは無いのだが、やはり実力以上の冒険をしてしまう連中が後を絶たず、しばしばこの場でモンスターが外に出るのが食い止められているのが実情だ。



「そういえば、クエストの失敗理由にトレインに巻き込まれたっていうのがありましたね」

「他のパーティーが倒しきれなかったモンスターが、こちらに向かってきたりすると、戦線が崩壊してトレインになっちゃうんですよね」


 カビーネが教えてくれた。

 トレインの発生条件を後で調べる必要がありそうだな。

 土嚢を越えると薄暗い通路が奥へと続いていた。

 迷宮内はほんのりとした明かりがあり、トーチやランタンが無くても周囲は見える。

 だが、全てのフロアがこうなっているわけではない。

 スターレットがトーチを持っていくのもそう云う理由だ。

 この明るさだと検査工程には不向きだななどと、こんな所に工場を作るわけでもないのに変な心配をしてしまった。


「そろそろモンスターが出没するエリアに入るから気をつけな」


 シルビアが全員に注意を促す。

 その言葉の通り、少し進むと迷宮蟻と戦っているパーティーがあった。

 彼らは初心者のようで、一匹の迷宮蟻に手こずっているのだが、死にそうなわけでもないので、そのまま横を通り過ぎた。

 他人の戦っているモンスターを横取りする行為はマナー違反であり、揉め事の元になる。


「ところで、コルベットは罠とか見つけながら歩いている感じがしないけど、大丈夫なの?」


 俺はカビーネに訊いてみた。

 カビーネは笑って答える。


「斥候のスキルに罠感知と危険感知がありますから、彼女が罠を見落とすことなんて滅多にないんですよ。それにあんなふうでも、違和感には気を配っていますからね」

「やっぱり冒険に適正のジョブだと便利だな」

「そうですね。だから斥候のジョブを持った人は失業しないんですよね」


 俺の品質管理のジョブとは大違いだ。

 品質管理のジョブにも200角のマスブロックを楽々と振り回せるスキルとかあればいいのに。

 或いはマクロ試験用の硝酸やらピクリン酸から爆薬を生成するスキルも欲しい。

 と、そんなスキルを想像してみたが、ストレスでおかしくなった品質管理部員が、工場内で暴れている姿を見てしまい、心の奥にそっと仕舞っておいた。


 この階層では戦闘も罠も無く、下の階層へと降りた。

 下の階層も迷宮蟻の数が多くなっただけで、危険度は変わっていないかな。

 知能の低いモンスターばかりで、罠を仕掛けることも出来ないようだ。

 この階層からは複数の部屋があって、それを回廊が繋いでいる構造になっている。

 一つの部屋に一つのパーティーがいて戦うのが通常のようで、俺達は戦っている脇を邪魔しないようにすり抜けて進んだ。


「この階層での死亡事例ってあるんですかね」


 再び俺はカビーネに訊いてみた。


「初心者が囲まれて死ぬことが稀にありますね。でもモンスターの足が遅いから、大体は逃げ切る事ができるので死ぬことはありません」

「そうですか」


 成程、初心者のうちはこういった階層で経験を積むのが良さそうだ。

 クエストには等級制限があるのだが、階層については等級制限が無い。

 鉄等級でも地下50階層まで進んでもよいのだ。

 そのへんも制限すれば、死亡事故は減るかも知れないな。

 なんとなくヒントが掴めた気がする。


「この分だと、地下10階層くらいまで降りないと目的は果たせそうにないわね」


 シルビアが状況を分析した。

 元銀等級の冒険者だけあって、迷宮の内部には詳しい。

 性格を除けば今回の護衛に最適だといえる。

 実際彼女の言うように、俺達は地下10階層まで戦闘も無く進めた。


「ここいらで一度休憩を取るわ」

「はい」


 シルビアの指示に従い、ここで小休止となった。

 疲れは判断を誤らせる。

 ブラック企業よりも、こちらのほうが余程人間を理解している。

 銀等級は伊達じゃないなとシルビアを眺めていたら


「何ジロジロ見ているんだよ」


 と怒られてしまった。

 いかんいかん、目線には気をつけないとな。

 セクハラとでも思われたか。

 小休止も終わり、再び進むことにした。


「そこは駄目でーす」


 コルベットから注意が飛ぶ。

 ここに来てやっと罠が出てきた。

 よく見ると地面の色が変わっている。

 落とし穴だな。

 試しに石をそこに投げてみたら、見事に落とし穴が姿を表した。

 この階層には知性のあるモンスターがいるということだな。

 地下10階層ともなれば、青銅等級の冒険者でも厳しい。

 油断をすれば黄銅等級ですら命を落とす可能性があるのだ。


 俺は落とし穴の深さを確認しようと、穴に近づいてみた。

 その時である


「敵でーす」


 コルベットが叫んだ。

 ひゅっという音がして、矢が彼女目掛けて飛んでくる。

 だが、それが彼女を射抜くことは無かった。

 流石、銅等級の冒険者である。

 その矢を華麗に躱して、シルビアの後ろまで後退した。

 逆にシルビアは矢が放たれた地点を確認し、すぐに飛び出していた。

 彼我の距離は20メートルくらいか。

 メートルという単位が気になるところだが、ミリで表現すると数字が大きくなるので我慢しよう。


「ゴブリンだったな」


 シルビアがゴブリンの耳を切り取って俺達に見せた。

 討伐の証なのだが、今回は迷宮内のモンスターの駆除というクエストも受けているので、持って帰れば報酬をもらうことができる。

 ゴブリンはこの世界でも一般的なモンスターだ。

 人間の子供程度の知能を持っており、メスが存在しないため、他の生物に子種を埋め込むという設定も一緒だ。

 おそらく先程の落とし穴も奴が設置したのだろう。

 崩落の音が聞こえたので様子を見に来たというところか。


「ゴブリンは群れを作るという。外ならばはぐれもいるだろうが、ここでは群れだと考えるのが妥当だな」


 そういうシルビアの顔は笑っていた。

 どうしてこの状況が楽しいというのだ。

 俺は早くも冒険者ギルドに帰りたかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る