第11話 異世界初のパレート図

「えー、当ギルドの収入アップの為にも、冒険者のクエストの成功率を上げたいのですが、具体的にどのようにすればよいか各自考えて下さい」



 冒険者ギルド職員の朝のミーティングで、ギルド長から出された議題が結構面倒であった。

 冒険者ギルドの収入源は、冒険者から買い取った素材の転売や、成功報酬からのピンはねがメインである。

 売店や食堂、宿も経営しているが、その利益は先の物と比較すると桁が違う。

 なので、冒険者にクエストを達成してもらう事が、冒険者ギルドにとっても重要なのだ。



「冒険者を鍛えて、死ななくすればいいだろ」



 と答えたのはシルビアことメスゴリラさんだ。

 今日も鍛え上げられた腹筋が眩しい。

 発言に知性の欠片もないのが残念だ。


「それも一つだね」


 ギルド長はそう答えた。

 シルビアがどや顔するが、それではギルドが冒険者を育成するのに手間と時間がかかる。

 どうすればいいのだろうと考えていると、なんか前世でも同じ様な経験をした気がした。

 どこでだったろうか?

 しばらく考えていると、思い出すことができた。

 そうだ、QCサークルだ。

 成功率を上げたいというのではなく、失敗率を下げたいと言い換えれば、不良の低減活動と同じじゃないのかな。

 だとすれば、まずは現状の把握だ。


「ギルド長、まずは現状把握を行いたいと思います」


 俺はそう発言した。

 いわゆる三現主義って奴だな。

 現場・現物・現実を見てそこで実際に起こっている問題を把握するのだ。

 大抵は、現場と現物を見て現実逃避をするのだけどな。

 中小企業の現場など、硫黄島の日本軍のようなもので、物資も人員も足りていない状況で、気合だけで乗り切ることを要求されるのだ。

 上司や経営者に相談しても、「知恵を出せ」の一言で終わってしまう。

 2メートルの材料しかセットできない加工機械しかないのに、5メートルの材料を加工する仕事を受注した時、新しく加工機械を導入するように提言したのに、そう言われた時は竹槍でB29と戦う気分だったな。

 おっと、ついついいつものように話が逸れた。


「アルト、現状把握というのはどういうことだい?」

「はい。まずは冒険者が失敗した理由を集めます。その理由を集計して、一番多い失敗をしないようにすることで、全体の失敗数を減らすことができると思います」


 QC7つ道具のパレート図だな。

 パレート図とは不良内容をグラフ化し、不良内容を多い順に並べた図だ。

 もっとも多い不良を可視化して改善することで、高い効果が得られるというわけだ。

 誰かさんみたいに、兎に角冒険者を鍛えればいいと云うわけではない。

 数値に基づいた分析を行うことで、合理的な対策が打てるのだ。


「成程、確かにそうだね。ではこれから1週間失敗した理由を確認して、データを集めてみようか」


 流石にギルド長は頭の回転が速い。

 俺の意図するところを判ってくれて、データ集めを了承してくれた。

 メスゴリラさんがこちらを睨んでいるが気にしない。

 こうして受付嬢に協力してもらいながら、失敗した冒険者からその理由を聞き取り、それを俺が層別していった。

 失敗した理由も様々で、笑ってしまうものもあった。

 集まった失敗理由の内訳は下記の通りだ。


・罠で仲間が戦闘不能 5件

・自分のランクでは勝てない敵に遭遇 8件

・依頼内容を勘違いしていた 2件

・痴話喧嘩が始まり、パーティー崩壊 1件

・迷宮盗賊にクエスト達成のアイテムを奪われた 1件

・途中でお腹を壊して引き返した 1件

・目的の薬草が見つからなかった 1件

・前衛が死んでしまった 6件

・後衛が死んでしまった 2件

・トレインに巻き込まれ戦線崩壊 2件

・他の希少アイテムのドロップが多く、クエスト達成アイテムを持てなかった 1件


 こうしてみると死亡を含めて、パーティーの人員が欠けてしまったことでの失敗が多いな。

 痴話喧嘩とか、問題解決すべきテーマから外れるので除外するけど。

 集まった失敗理由が30件あって、そのうち戦闘継続出来ないのが24件か。

 死亡理由が罠によるものなのか、強敵と遭遇したのかで対策が分かれるところだな。

 これはやはり現場を見てみないとなんとも謂えないな。

 まあ、まずは集まったデータでパレート図を作成し、それをギルド長に報告だ。

 俺は手書きのパレート図を持ってギルド長に報告するため、執務室へと向かった。


「成程、これが失敗の理由の内訳というわけか」


 ギルド長は俺のグラフに目を通した。

 注釈として、先程の死亡理由によって、対策内容が判るので、現場を確認したいとお願いした。

 死亡するのを俺が体験する訳にはいかないので、それなりの腕を持った護衛をつける必要があるのだが、それでも現場を見ておかないと本質的な対策は出来ないのだと思う。


「アルトは現場を見ておきたいわけだね」

「はい。どの様な危険があるのかを見ないことには、対策の立てようが無いと思います」

「他の冒険者から危険を聞くのじゃ駄目なのかい?」


 これは品質管理の担当者がついつい陥りがちになることだ。

 業務に追われて対策を机上だけで作り上げてしまう。

 それを現場にもっていくと、リアルに机上の空論となってしまうのだ。

 例えばだけど、罠で死んだパーティーから聞き取った情報だけで、10フィートの棒を持って迷宮に潜ればいいという対策を立てても、狭い場所では持ち運びができなくなる。

 何事も現場を見なくては駄目なのだ。


――品質管理の経験値+250

――品質管理のレベルが3に上がりました


 また頭の中に声が聞こえた。

 更ににレベルが上がったぞ。


――品質管理固有スキル【作業標準書(改)】が開放されました



 作業標準書(改)?

 どうやらギルド長にパレート図を報告したことで経験値が獲得でき、レベルが上がったのだが、新規に取得したスキルがよくわからない。


「では一週間後にベテランの冒険者を護衛に付けるので、是非とも迷宮の中を確認してきてくれるかな」

「はい」


 こうして俺は人生初の冒険に出ることになった。

 冒険の準備のため、他のジョブの作業標準書も作りたいので、ギルド長に斥候と癒し手のジョブを持った人を紹介してもらい、彼らのスキルを見せてもらった。

 それにしても、作業標準書(改)の効果は未だに判らない。

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