第8話 力量評価のILU
「冒険者の等級テストですか」
「そうだ、どうせお前暇だろう」
その日俺は脳筋女ことシルビアに引きずられながら、冒険者ギルドの訓練場に連れて行かれた。
シルビアなどという美の女神と同じ名前をしているが、中身は全くの別物だ。
年齢は20代後半、赤い髪に青い瞳、女性ながらも180センチはあろうかという長身に、ビキニアーマー故溢れ出るシックスパックと云えばなんとなく素敵なイメージがしてくるが、俺から言わせれば日焼けしたメスゴリラの一言で形容できる。
それに、多分ゴリラのほうが知能が高い。
一度天井から吊るしたバナナを、箱と棒を使ってどちらが早く取ることができるのか競争させてみたい。
その時は、ゴリラが勝つ方に全財産ベットするぞ。
冒険者の等級テストとは、ある程度経験を積んだ冒険者が、冒険者ギルドの指導教官との模擬戦を行い等級が上がることが妥当であるかどうかをテストすることだ。
冒険者の等級は
・白金
・金
・銀
・銅
・黄銅
・青銅
・鉄
・木
となっている。
メスゴリラ、じゃなかった、シルビアの現役時代の等級は銀だったそうだ。
彼女の前はギルド長が指導教官をしていたのだが、ギルド長になるにあたり、兼務が出来ないためメスゴリラが冒険者を引退して指導教官となったのだ。
そう云う経緯で、彼女がこれから冒険者の等級テストを行うというのだ。
俺はその記録係として拉致されているわけである。
まあ、前世で云うならこれは冒険者の力量評価だ。
冒険者ギルドが正当な評価をすることで、自分達の力量に応じたクエストを安全にこなせるので、これ自体が悪いとは思わない。
寧ろ必要だと思う。
問題なのはメスゴリラのテスト方法だ。
「ではこれより等級テストを始める。順番にかかってこい」
メスゴリラが開始の宣言をする。
これが問題なのだ。
木等級であろうが、鉄等級であろうが、全てテスト内容は同じ。
模擬戦で戦った感じで等級を決めている。
評価が一定になるような仕組みがまったくない。
指導教官の主観で打ち込みが良かったとか、腰が引けていたとか判断しているのだ。
お前そんなんで、車両メーカーの監査乗り切れると思ってるの?と言ってやりたい。
この世界に車両メーカーは無いが。
こうして目の前でどういう基準だかわからないままテストが続いていき、俺はメスゴリラから言われるがまま、冒険者の等級を記録していった。
「次!」
最後の冒険者が呼ばれる。
20人もの冒険者を相手に、一人でずっと戦い続けるのは流石だな。
その体力は知性を筋力に変換して手に入れたんじゃないかと思うくらいにタフだ。
最後の冒険者は鉄等級だ。
ここで認められれば青銅等級となる。
ジョブは剣士だな。
手にしたロングソードが動いたと思ったら、次の瞬間ロングソードが宙に舞っていた。
メスゴリラのカウンターでロングソードを弾き飛ばされたのだ。
「等級そのまま」
メスゴリラの判定を記録する。
今の一撃は正当な評価なのか?
銀等級の冒険者が、鉄等級の冒険者の一撃を躱す事なんて当然だし、何が出来たら青銅等級に上がることができたのだろうか。
評価の妥当性が見いだせず、思わずシルビアに言ってしまった。
「シルビアさん、今の評価はどういうことなんでしょうか」
「は?」
「彼は何ができれば青銅等級になれたのかなと思いまして」
「あんた、あたしの評価に文句があるの」
しまった、シルビアが凄く不機嫌になってしまった。
こうなると街のチンピラか自由業の指がない人のようであって、どんな言い訳も通用しない。
「そうだ。俺だって何が出来たら等級が上がったのか知りたい」
火に油を注ぐとはこのことで、今テストが終わった冒険者もシルビアに迫った。
気持ちはよく分かるが、空気を読もうね。
「文句があるならかかってきな」
シルビアの猛禽類のような目がじろりと俺達を睨んだ。
冒険者は足がすくむ。
さっきまでの威勢はどこにいった?
仕方がない、ここは俺に任せておけ。
「シルビアさんの評価方法は客観的に見てわかりません。彼のどこが悪くて等級が上がらないのかが明確ではないのです。元銀等級のシルビアさんに鉄等級の彼が勝てなくて当たり前じゃないですか」
前世の環境に当てはめて説明するなら、現場作業者の力量評価方法は具体的に決まっている。
ライン投入直後は新人作業者として扱われ、作業観察を行い、一人で作業を任せられるレベルになるまではベテランによるダブルチェックを行う。
一人で作業ができるようになった後は、設定タクトに対して何パーセントで作業を行っているかや、後輩を指導できるレベルかどうかなどを数字で評価して力量を決めているのだ。
一部企業では「ILU評価」と言っているな。
冒険者の力量の数値化など難しいが、それでもわかりやすい評価基準を開示してあげるべきだと思う。
というのを説明すると、ミドリムシ以下の知能しか持たない人は、脳の処理がオーバーフローして殴りかかってくるんだろうな。
というか
「うるさい。男だったら実力を見せろ」
と言われて殴られた。
殴ったね!親父にもぶたれた事ないのに。
いや、考えようによっては、1時間2万円の料金を払って殴られる人もいるのだ。
それが無料だと考えれば腹も立たない。
うん、それは嘘だ。
痛いし、殴られる意味がわからない。
男だったらとかジェンダーについて話し合いたいところだが、今の文明レベルにセックスとジェンダーの違いを持ち込んでも意味がない。
異端にもほどがあって、教会やら王国やらから狙われる可能性もある。
ここは我慢だ。
――品質管理の経験値取得に失敗しました
あの声が頭の中に響く。
これはクエスト失敗か。
成功条件は冒険者ギルドに妥当性のある力量評価を設ける事なんだろうな。
まあいいさ、後でギルド長に相談して、ここいらの仕組みを変えていこう。
俺は殴られて赤くなった頬を手でさすりながら、すっかりと委縮した冒険者の方を向く。
「まあ、今回の事は残念だったけど、経験を積んでまた挑戦してください」
「――はい」
蛇に睨まれた蛙のように動かなかった彼も、俺のかけた一言で呪縛が解けたようになり、這う這うの体で訓練場を後にした。
後日ギルド長に力量評価の事について相談した。
「昇進試験の事か。本来はそれぞれのジョブレベルがあるから、それを基準にしたいところなんだけど、冒険者っていうのはレベルだけでは推し量れないんだよね。色々な事態に対応できないといけないから」
「それでベテランの冒険者が指導教官になって、後進を評価する仕組みになっているわけですね」
「そうなんだよ。確かにアルトの言うように、それが客観的ではないという問題はあるが、今以上の仕組みを考え付かないんだ。ただ剣をうまく扱えるだけの冒険者の等級を上げて、実力以上の階層に挑んで死なれても困るしね」
成程、工場の生産ラインと違って、異常処置の連続のような冒険者に、統一規格の力量評価は向かないって事か。
まあ、それでも何かしら標準化することはしておきたいな。
これは俺の課題だ。
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