第4話 異世界初のポカヨケ装置
「アアアア」
唸り声のような、悲鳴のようななんとも云えない声が、ギルドの職員休憩所に響く。
声の主はギルドの美人受付嬢のレオーネだ。
長髪の美しい栗毛を後ろでまとめ上げ、バランス良く配置された瞳と鼻、真っ赤な唇を持つ彼女は冒険野郎共も垂涎の的だ。
そんな彼女がテーブルに突っ伏している。
その理由と云うのが
「依頼書受付のサインを忘れてしまうなんてー」
そういうことだ。
ギルドで受付をしたサインが無いため、依頼主からの報酬の支払いで、冒険者が手続きミスを疑われたのだ。
冒険者は烈火の如く怒り、ギルド長が頭を下げてその怒りを鎮めてもらったというわけである。
「ねえ、アルト。この前のスターレットみたいに、何かいい対策はないのかしら」
レオーネに対策を訊かれる。
スターレットの始業点検表については、冒険者ギルドの職員の間では多少の話題になっており、初心者には義務付けしようかという話も持ち上がっているのだ。
そんな話があったので、サイン忘れについても対策を訊いてきたのだろう。
「所謂『工程飛び』ですね。ありがちといえばありがち」
「工程飛び?」
「はい。この場合はサインするという工程が飛んでしまったわけです」
「どうしたらいいの?」
「よくあるのがダブルチェックですね。自分若しくは第三者がサインの有無をチェックします」
「それなら直ぐにでもできそうね」
「ところがそうもいかないんですよ」
「どうしてよ」
ダブルチェックと聞いて、解決方法が見つかったと喜んだのに、俺がそれを否定したことで、レオーネの機嫌が悪くなった。
でもしかたがない。
ダブルチェックは暫定対策としては有効だが、恒久対策には不向きなのだ。
人の目ではどうしても完璧とはいかない。
自分の作業を見直す場合は特にだ。
他人の作業を見直すとなると、それなりに工数がかかるので、どうしても、増員が必要となる。
そして、増員したところで、結局は人の目で確認するので完璧とは云えない。
今回の工程飛びの真因は、サインをしてない依頼書を冒険者に渡せてしまう作業環境に問題があるのだ。
発生要因として、サインがなくても手渡せる状況にあったので、それを改善すれば不具合の再発は防止できるはずだ。
「では、今日の仕事が終わった後で、再現トライをしてみましょう」
「再現トライって何?」
「依頼書にサインのない状態で冒険者に手渡しするのを再現して、どこで対策をすべきかを検証するんですよ」
レオーネを納得させて、彼女の仕事が終わるのを待った。
「今日の営業は終わりね」
「それでは再現トライを実施しましょう」
俺は依頼書に見立てた紙をレオーネの座る受付に提出した。
彼女はそれを受け取ると、内容を確認してペンを取りサインをする。
それを見て俺はひらめいた。
「ペンを取る動作にポカヨケを設置しましょう」
「ポカヨケ?」
「はい。ポカミスを防ぐ機械です」
そうだ、この世界にはポカヨケやQA機という言葉がないんだった。
それと、俺には鍛冶屋の適正がないので、機械を作ることが出来ない。
出来ないと言うと語弊があるな。
酷く時間が掛かって、しかも出来が悪いのだ。
「レオーネ、誰か鍛冶屋を知りませんか?」
「鍛冶屋ですか。それならドワーフのデボネアさんですね。でも既に夜なのでお酒を呑んでいると思いますよ」
「うーん、それじゃあ明日デボネアさんに思いついたアイデアを話して、実現できるかどうか聞いてきますね」
「よろしくね」
その日はそこまでで検証を終えて、冒険者ギルドを出て自分の部屋に戻った。
ベッドに横になってからも、自分の考えたポカヨケで対策が十分に出来ているかどうかを脳内で検証する。
「転生しても結局やっていることは一緒じゃないか。この後FTA展開とかFMEAの修正作業とかが無いだけで、不具合対策そのものをこっちの世界でもやることになるとはね」
俺をこの世界に転生させた神に文句を言っておいた。
冒険者ギルドの受付業務のFTAを考えていると、いつの間にか眠っており、起きたのは翌日だった。
この日俺は非番だったため、鍛冶屋のデボネアさんの店に向かった。
「なんじゃ小僧」
店に入ると機嫌の悪そうなドワーフの叔父さんが俺を睨んだ。
この世界のドワーフはやはり前世のドワーフと同じで、老け顔にがっしりとした体型で、立派な髭をたくわえた姿をしている。
女性のドワーフが幼女なのも一緒だ。
男女ともに手先が器用で、ジョブは鍛冶屋となることが多い。
デボネアさんも例にもれず、ドワーフのテンプレの様な人物であった。
「冒険者ギルドの相談係のアルトです。実はデボネアさんにお願いがあって伺いました」
俺は自己紹介をした。
「ほう、噂のレアジョブだが役立たずというのはお前か」
「随分とはっきりいいますね」
「気を使ったところで、世間の評判が変わるわけでなし。お前に作ってやる武器など無いぞ」
「いえ、今日は武器ではなく別のものを作っていただきたくやって来ました」
そこで俺は昨日考えたポカヨケの構想をデボネアさんに伝える。
最初は馬鹿にしていたデボネアさんも、俺が話を続けると次第に真剣に聞いてくれるようになった。
「なるほど、実に面白いな。そんな事を考えるのは、迷宮で罠を張っている奴くらいだぞ」
「そう云うのを考える事ができるなら、もっと人の役立つことに頭を使えばいいんですよ」
「ああ、まったくだな」
俺は細かい部分はデボネアさんに任せて、完成品は冒険者ギルドに持ってくるようにお願いした。
最終調整を現地で行うためだ。
お願いしたポカヨケは翌日には完成した。
得意げな表情をしたデボネアさんが、嬉々として冒険者ギルドにそれを持ってきた。
俺はそれをレオーネの受付カウンターにセットする。
それを見ていた冒険者が何事が始まるのかと集まってきた。
更にはギルド長までやってくる始末。
衆人環視の中で、世界初のポカヨケ設置が終わり、動作確認が行われる。
ポカヨケは説明してしまえば天秤だ。
片側にペンが乗っており、ペンの重さでそちらに皿が傾いている。
反対側には皿の代わりに棒が下向きについている。
「ここにこうして依頼書を起きます」
俺は受付に依頼書を置いた。
そして、天秤に指してあるペンを抜く。
ペンの重量が無くなったことで、天秤の傾きが逆になり、棒が依頼書をクランプした。
依頼書にサインをして、ペンを天秤に戻すと、ペンの重量で再び天秤が傾き、依頼書をクランプした棒が退く。
これで依頼書を受付カウンターから外して冒険者に手渡せるというわけだ。
今回の工程飛びに関しては、サインをしていない依頼書を冒険者に渡せてしまう環境に問題があると判断し、サインが終わるまでは依頼書をクランプしてしまおうと考えたのだ。
前世であれば、センサーを使用して、サインがあればインターロックを解除するようにできるのだが、センサーがない世界ではこれが限界だろう。
ペンを抜いて、サインする前に戻してしまえば、結局工程飛びをさせてしまうのだが、そこは異常処置教育の徹底をするしかない。
「どうですか、これでサインをしない依頼書を、冒険者に渡すことを防げると思いますが」
おおーというどよめきが起こった。
天秤を作ったデボネアさんも満更でもない表情だ。
今のどよめきが自分への称賛だと受け取ったのだろう。
「アルト君、これは実に素晴らしい物だ。是非とも全ての受付カウンターに設置しよう」
ギルド長がそう言った。
その場でデボネアさんに追加発注をして、後日全てのカウンターにポカヨケが設置される事となった。
――品質管理の経験値+250
またあの声が聞こえた。
今回の経験値は250か、あと200で次のレベルだな。
今回が前回の5倍なのはどういう基準だろうか?
それにしても、レベルが上がるとどうなるのだろう。
良い機会だしギルド長に聞いてみるか。
俺はポカヨケの出来栄えに感心し、自ら受付に座って動作を何度も確認しているギルド長に聞こうとしたが、あまりにも無邪気にしているので諦めて、レオーネに聞いてみることにした。
「レオーネ、聞きたいことがあるんだけど」
「何かしら?」
「今経験値が入ったっていう声が聞こえたんだけど、みんなもこういうのが聞こえるの?」
「そうよ。今まで聞こえたことが無かったの?」
「うん。これで2回目だね。前回はスターレットの相談に乗った時だよ」
「そうか、品質管理なんてジョブの使いみちが無かったものね。自分のジョブに沿った事をすると経験値が貰えるの。それが貯まるとレベルが上がるのよ」
「レベルが上がるとどうなるの?」
「ジョブ固有のスキルが使えるようになるわ」
「固有スキルか」
「そう。魔法使いならファイヤーボールとかウォーターボールみたいに属性もあって、どちらを取って伸ばすかも重要になってくるわ。その後の派生スキルにも影響するしね」
成程、この世界の仕組みはそうなっているのか。
品質管理なんてジョブの使いみちが無かったから、今まで知らずに過ごしてしまったぜ。
それにしても、品質管理の固有スキルってなんだろう?
ノギス測定があって、派生スキルで三次元測定とかになるのかな?
全く使いみちがないぞ。
この世界で核兵器を作る奴が出てきたなら、俺のスキルが超重要になってくるが、そんな未来はないだろうな。
食う者と食われる者、そのおこぼれを狙う者。
牙を持たぬ者は生きてゆかれぬダンジョンの街。
あらゆる冒険者が武装するステラの街。
ここは百年戦争が産み落とした惑星メルキアのステラの市。
アルトの躰に染みついた硝煙の臭いに惹かれて、
危険な奴らが集まってくる。
次回「出会い」。
アルトが飲むステラのコーヒーは苦い。
そんな感じの世界がくれば、俺のスキル大活躍するかも知れないと思いながら、レオーネに淹れてもらったブラックコーヒーを呑んだ。
※作者の独り言
ポカヨケ使っていても工程飛びさせるやつなんなん。
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