6
一ヶ月後。
相変わらず、俺は岐阜基地のエプロンに駐機しているF-2のキャビンに収まっていた。
瞬間的に10Gを超える加速度がかかる
あの後、"ユキ"は四つのASM-1を全て発射し、ブースターのラムジェットを作動させて一気にマック5にまで加速し目標に向かっていった。予想通りミサイルは一つも当たらなかったが、"ユキ"はそれで目標の逃げ道をふさいだのだ。そして自らは見事に目標の重心を射貫いた。まさに俺が自分でやろうとしていた戦法だった。やはり"ユキ"は間違いなく俺の弟子だった。
目標とF-2は完全に破壊され、その破片は一部が八丈島に降り注ぐかと思われたが、衝突のベクトルからほとんどが島と反対方向に飛ばされ沖合に落ちていった。放射能汚染も想定より小規模だったが、漁業関係はそれなりに打撃を受けた。今後その補償の交渉が例の大国と行われるそうだ。
なぜ"ユキ"は俺を射出したのか。無論「彼女」が俺に同情したから、などということでは全くない。あくまで「彼女」は、冷徹な論理に従うコンピュータだ。
"ユキ"が最後に言った"First principle"(第一原則)とは、「彼女」が最優先すべきルールとしてプログラムされた条項だ。それは……
いついかなる場合でもパイロットの生命を守ること。
"ユキ"は単にそれに従ったに過ぎない。まあ、マック3の対気速度の中に俺を放り出しても大丈夫、とまで考えたかどうかはわからないが、俺が乗ったまま体当たりしたら確実に俺は死ぬ。「彼女」はそれを避けるようにプログラミングされているので、俺が乗ったままでは体当たりができず、ミッションを遂行できない。だから邪魔な俺を「彼女」が排除した、というわけだ。「彼女」を捨てるはずが、捨てられたのは俺の方だった、ということなのかもしれない。
しかし。
そのおかげで俺は命を捨てずにすんだ。死んでもいい、なんて思っていたが、"ユキ"が俺のやり方をそれなりに受け継いでいるのを知った俺は、素直に嬉しかった。もっと「彼女」を育ててやりたい。だから、まだ死ぬわけにはいかない。
そして。
"ユキ"自身は、最後の出撃の前に残したバックアップと、海から引き揚げられたブラックボックスに記録されていた差分履歴データをマージすることで、完全に復活していた。今日はその二代目"ユキ"の初飛行だった。
『シリウス11、クリアランス。レディ トゥ コピー(離陸指示の受領準備をせよ)』
「ゴー アヘッド(どうぞ)」
タワーの指示を復唱した俺は、ハンドシグナルでグラウンドクルーに発進の意思を伝える。
「ユキ、行くぞ」
「了解デス、カーシー」
スロットルを80%に上げ、ブレーキをリリース。
俺と"ユキ"を乗せたF-2は、ゆっくりと動き出す。
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