捨てられたものたちの哀歌《エレジー》

Phantom Cat

1

 今日、俺は捨てられた。


 三年付き合っていた彼女に、だ。


 "もうあなたのことを待つのに疲れました。さようなら"


 同棲までしていたのに、最後はあっけないものだった。


 確かに俺は彼女を待たせ続けた。しかもただ待たせていただけじゃない。彼女は俺が死ぬかもしれない、もう帰ってこないかもしれないという気持ちと共に毎日毎日俺の帰りを待ち続けていた。そのストレスに彼女は耐えられなくなったのだ。


「だけどなぁ……三年も付き合ったんだぜ……はぁ……」


 岐阜県、各務原市。航空自衛隊岐阜基地の駐機場エプロンで、俺は大きくため息をついた。フライトの間はそれでもまだ気は紛れる。しかし、いざ地上に降りてしまうと、どうしても悲しい現実に直面しなくてはならないのだった。


「お前の責任でもあるんだからな、"ユキ"……いや、やっぱ違うか……」


 俺は今降りたばかりのF-2を、恨めしそうに見上げた。


 この機体は飛行開発実験団(飛実団)所属の特別仕様で、他のF-2には存在しないAIとそれに付随する機体各部の各種センサー、カメラが搭載されている。その理由は機密なのだが、ぶっちゃけて言ってしまえば、要するに無人機の開発のためだ。パイロットがいなくても戦える無人戦闘機を開発するプロジェクトの、その第一段階と言える。機種としてF-2が選ばれたのは、操縦系統がコンピュータにも扱いやすい、デジタル・フライ・バイ・ワイヤだからだ。


 しかし、今のAIの根本技術である深層学習ディープラーニングという奴は、いわゆる「教師あり学習」で、AIに正しい判断を下させるために、予め「正しいものとは何か」を(人間の)教師が教えてやらなければならない。それも、とてつもなく膨大な量の「正しい」データが必要になる。というわけで、その「教師スーパーバイザー」の役割を果たしているのが、この俺、飛実団所属のテストパイロット、加藤 ショウイチ一等空尉(TACネーム:「カーシー」)というわけだ。


 俺も深層学習を身近にして初めて分かったことだが、意外にそれにできることは少ないのだ。実際、今のAIが出来るのは識別クラシフィケーション予測プレディクションだけ、と言っていい。もちろん深層学習のおかげでそれらの精度が飛躍的に高まり、人間の能力を遥かに上回る場合も往々にしてあるくらいである。


 だが、まだまだ人間にしかできないこともたくさんある。例えば、人間は文章を読んでその意味を把握することができるが、少なくとも単純な深層学習ではその「意味」というものを扱うことすらできない。


 かつてNII(National Institute of Informatics:国立情報学研究所)のプロジェクトで、ロボットを東大入試に合格させるのを目標としたものがあったが、結局それは頓挫した。試験の問題文の意味がAIには把握できなかったのだ。だからこのプロジェクトは2016年に凍結されている。これも捨てられてしまったようなものだ。


 そうなると、巷で言われる「技術的特異点シンギュラリティ」なんて、本当に起こるんだろうか、などと思ってしまう。おそらく人間が全てAIに置き替わるような時代は、そんなに簡単にはやってこないに違いない。


 それでも。


「識別」と「予測」が精度良く行えるのであれば、少なくとも兵器の操縦や戦闘はできるだろう。そうすれば、人間が戦争という野蛮な行為に従事して大切な命を失う必要もなくなる。むしろ、兵士には戦う「意味」など考えず、ただただ命令に従うことが要求される。だったらなおのことAIで十分ではないか。


 その可能性を立証するため、今日も俺はAIと共に空を飛んでいるのだった。


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