第8話 湯殿
陽光の差し込む昼下がり、セシルは花びらを浮かべた湯殿にいた。
「あたたかいか?」
陶器で出来た湯船に頬杖をついて、セルヴィウスが傍らからのぞき込んでいる。
蒸らした布で頬をぬぐってやると、セシルは気持ちよさそうに目を細める。吐息が湯を揺らして、波紋を作った。
セルヴィウスは上気したセシルの頬をなでる。ひととき何かを思案するように、湯殿の波紋を眺めていた。
ふいにセルヴィウスは目を上げて、セシルの呼吸を掠めるように口づける。湯をすくって肩にかけていた手は、セシルの小さな二つのふくらみに触れた。
湯であたためられて、それは普段にも増して柔らかかった。はじめは輪郭をなぞるようだったが、次第にそれが形を変えるのを楽しむように弄ぶ。
「ん……」
セシルは、嫌とも良いともわからない吐息をこぼした。ふくらみの中心は、かすかに固くなっていた。
セルヴィウスは目を細めて、反応を返したふくらみから手を離す。セシルの体を自分の方に向かせて顎を自らの肩に乗せると、湯の下に沈んでいた別のふくらみに手を伸ばす。
丸い果実のようなそれの肌触りを確かめると、中心の切れ込みから指を差し入れる。体内に湯が入り込んでくる感覚に、セシルの体はびくりと震えた。
セルヴィウスはゆったりとセシルの体内に湯を満たしてはかき出す。まるで湯が生き物のようにセシルの中を動き回る。
早くなったセシルの呼吸が、セルヴィウスの首筋をくすぐった。すぐにでもセシルの体を溶かしてしまうすべを知りながら、セルヴィウスは問いかける。
「言ってみよ、セシル。どこに触れてほしい?」
熟れたように赤く張り詰めた胸の突起には触れず、セルヴィウスはその周りの薄い輪を爪先でかすめる。
「言わなければわからない。要らないのだな?」
湯の中でほころびかけた花も、入り口の辺りをくるりとなぞって指を抜いてしまう。
「兄上……」
セシルは行き場をなくした熱に震え、助けを求めるようにセルヴィウスの首に頬を寄せた。湯で濡れた髪がしっとりとセルヴィウスの肩にからむ。
ざらついたセルヴィウスの長衣にこすりつけるように、胸の突起を寄せる。からっぽにされた花が恨み事を告げるように、こぽこぽと小さな泡を吐き出していた。
「そなたの体は誰よりみだらに、私を誘うのだがな」
セルヴィウスは体内を走った熱を無視できなくなって、湯の中に腕を入れてセシルの片足を持ち上げる。
セシルの中は溶ける寸前の氷のようだった。待ちわびていたようにセルヴィウスの指を飲み込むと、ほんの二、三度かきまぜただけできつくそれを締めあげた。
湯とは違う、あたたかい流れがセルヴィウスの指をつたった。
「……「兄上がほしい」と、一言。ねだってくれぬか」
脱力して全身を預けてくるセシルの背をなでながら、セルヴィウスはぽつりと告げる。
「決して痛くなどせぬ。誰よりも優しく抱こう。セシル」
そう言いながら、セルヴィウスは残酷な楽しみも持っていた。セシルの体内を破る感触、痛みに泣く声、それらに近いものを求めて年若い処女の愛妾を抱くことがあった。
けれどじきに、楽しみではなく飢えになった。血が臭気に感じられて、悲鳴は雑音のようにわずらわしかった。たまらなくセシルの肌が恋しくなった。
「私も懲りぬな」
セルヴィウスはセシルの首筋に唇を寄せて苦笑すると、からんでいたセシルの横髪を耳にかけてやる。
「セシルの体をよく拭いて、着替えを」
控えていた女官にセシルを託して、セルヴィウスは立ち上がる。
「私は宴に戻る。セシルはこのまま休ませてやるよう」
「かしこまりました。あの、陛下」
何かというようにセルヴィウスが目を向けると、女官は「御髪が……」とためらいがちに伝える。
セルヴィウスの黒髪はセシルの肌にからんだために、つやめかしく濡れていた。セルヴィウスは、このままで、と事もなげに言う。
セシルの部屋を出て、薔薇の花咲く小道を歩む。途中で、片膝をついて頭を下げていた娘に会う。
「立ってよい。隣を歩くことを許す」
人払いがされていた。セルヴィウスが声をかけると、彼女はうやうやしく一礼して立ち上がる。
「そなたにした仕打ちを詫びよう。よく戻った」
それは正妃のメティスだった。彼女が後宮を去る日にセシルの病状が急変したために、セルヴィウスはそれを里下がりという形にすり替えていた。
メティスは首を横に振る。
「陛下のお声がかりがあるのなら、どんな場所からでも戻って参ります」
むせ返る薔薇の香りの中、セルヴィウスとメティスは並んで歩く。
迷路のような庭で、セルヴィウスはメティスを振り向いた。
「聞かせてくれぬか。そなたの従兄、アレン公子のことだ」
メティスは幼い頃から皇帝の側に仕え、また元より沈着冷静な性格であったから、並みのことでは驚かない自信があった。
「……彼の公子は、セシルを守り抜くことのできる男であろうか」
その言葉にメティスは息を呑み、信じられないものを見るように皇帝を仰いだ。
「アレンに、月の姫宮を降嫁されようとお考えなのですか」
「セシルが気に入るのであればな」
「セヴィー様!」
メティスは思わず乳母の子であった頃のようにセルヴィウスを呼び、その腕をつかんだ。
「御心の平穏をお守りくださいませ。姫宮を誰より愛していらっしゃるのはセヴィー様でございます。姫宮をお側から離すなど」
その後のことなど、メティスは恐ろしくて口にできなかった。
メティスにとっては、セルヴィウスは夫というより弟に近かった。たとえ彼に抱かれ皇太子を産んでいようと、彼に痛むほどの庇護欲をかきたてられるのだった。
「私は兄なのだ」
セルヴィウスはゆっくりとメティスの手を外し、哀しい笑みを口元に刻む。
「セシルにもう一度返してやりたいのだ。私が奪ってしまった、愛する兄を」
自らの濡れた髪をつかんで、惜しむように握ると、セルヴィウスはそれを風の中に離した。
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