婚約者も従者も転生者でよかった!

葉山藤野

第1話



わあ、すごい。


ほぼ無関係な私でさえ目の前に広がる景色に思わず表情が崩れそうになったが、なんとか持ち直す。まあ、やっぱりと言うか。サールナート様、口元が引きつっていらっしゃるわ。お気持ちはわからなくもないけれどここは抑えてほしい。まあ無理だろうけれど。怒髪天を衝く、なんて言った言葉があるけれどその言葉すら生易しいのではないだろうか。恋する乙女はキレイであり、美しく、そして何よりも、恐ろしい。あの影で猿って呼ばれてますよって知ったときの、第三次サールナート様の変の怒りの比ではない。あのときも怖かったけれどストッパーがいるのと居ないのでは全く違う。怒りというのは総じて恐ろしいものだ。


相手か、それともサールナート様にか、どちらが負けるのか。わからんがそっと心の中で合掌。どっちに転んでもいいようにしなきゃなあ。三十六計逃げるに如かず。一緒に居たら巻き添いを食らってしまうだろうし、それにいつ私にサールナート様の怒りが向くかわからない、サールナート様の取り巻きたちもあまりの光景に動けなくなっている。今のうちに、その場から離れた。





「やあ、君も逃げてきたのかい?」

「いやですわ、戦略的撤退って言ってくださる?」

「どっちも同じ意味じゃん。」



同じ意味でも尻尾を巻いておめおめ逃げてきたのか!と思われるよりもここは賢く次の作戦を熟考すべく戦場から手を引いたと言われたい。要するに私の評価の見え方の問題である。



「よくもまあそんなんで令嬢やってられるよな。」

「これもひとえに皆様のご尽力のおかげですわ。」

「そういうところだろうねえ。」



のんびりと喧騒から離れたこの場所で紅茶を嗜む我が婚約者様はたいそう格好良かった。思わず見惚れているとエルボーが脇腹にクリティカルヒット。おのれ下僕の癖に…!


「大丈夫かい?」

「そういいつつブライアン様笑ってません?」

「ふふ、ごめん。相変わらず仲が良いなと思って嬉しくて。」

「相変わらずいい性格してるよなブライアン。」

「褒めてくれてありがとうジェディディア。」



突然だが、私たち三人は転生者である。

グレイシーこと改め私、グレイシー・マルティネスはマルティネス男爵家の娘として生まれた。家族構成は父、母、兄、そして私の四人家族で、21世紀で言えば核家族。私が生きている今ではまあ、どうなんだろうか。コネクションが不安な家系と言えばいいのか、ぶっちゃけて言うと生まれたてホヤホヤの成り上がり貴族である。祖父がやり手の商人だったらしく一代で築き上げたと聞いたときは驚いた。そんな祖父の血を受け継いだのか父もメキメキと手腕を発揮し、すごい経営者!だったらどんなによかったのだろうか。悲しきかな、否祖父が凄腕すぎたのか父は良くも悪くも普通の人であった。一悶着もふた悶着もあって、紆余曲折の末母の尻に敷かれなんとか切り盛りしている。らしい。らしいと言うのはあの父が言ってることだからただ母の尻に敷かれているのが恥ずかしくて言っているのでは?と言う邪推と、だとしたらあの周りの意味深な反応はなんなんだろうな、とううむ、兎にも角にもいつかは絶対に聞き出したいところである。


長男である兄はそんなマルティネス家を継ぐため日々精を出している。幸いにして兄は父よりは経営者としての才を持ち合わせているらしく、両親や周りの期待を一身に受けながら育てられている。そんな風に育てていたらきっと兄はいつか壊れるんじゃないかな〜とか私は思うのだが残念なことに母に逆らえるものがこの家にはいないのである。祖父母が御存命であれば、少しはこの状況が違ったのだろうか。独裁者母の独裁者っぷりには舌を巻く。つまりまあ、妹にできることといえばお兄様頑張って!と心の中で応援することくらいしかなく、いやもう本当に不甲斐ない妹ですまない。ここで俺つえ〜系、つまりチート系主人公だったり、悪役になったから死なないように回避!とか明確な目標があって容姿端麗で才能と人脈と行動力のある主役級の人たちであれば家族改革そして家発展そして殿下のハートを射止める!なんて展開なんだろうが、残念なことに、その第一関門の狭き門が狭過ぎだ。極薄である。だってあの母である。我が家のアドルフ・ヒトラーを懐柔することなど赤子同然の私にできるはずもないのである。

母のことはあまり語れることは多くはない。我が家の独裁者ということと、そう。この婚約のことくらい。母がどうやってウィリアムス公の一人息子に婚約をとりつけたのか、恐ろしくて聞けない。いやまああの母のことだからウィリアムス伯の派閥でウィリアムス伯の領地で商いをしているからウィリアムス伯の目に留まりそこから婚約に漕ぎ着けたのだろうが文章にするのは簡単だがそれをやってのせたというところに凄まじさを感じる。だって爵位が…位がね…いくら元21世紀に生きた日本人でものすごい爵位に馴染みがないとは言えど、貴族の中でもほぼ平民と貴族の中の貴族くらい地位の差があることくらいはわかる。今なんか悲しきかな令嬢として、というよりは知識がある分もっとわかってしまう。


まあでも本当にこの婚約に関してはすごく感謝している。だって、ブライアンは同じ21世紀を生きてこの世界に生まれた転生者だったのだから。



ブライアン・ウィリアムス。ウィリアムス伯の一人息子。ウィリアムス伯爵。そして私の婚約者である。


前世では喪女だったので、今世では恋愛とかしたいな〜と思っていたけどまあ成り上がりでも腐っても一応貴族だし、きっと政略結婚だろうなと腹を括ろうとしてたら、ある日突然絶対政権母からのあなたには勿体無いくらいの婚約者なんだから絶対にものにしなさいと言われ、死を覚悟したけども。いや聞いたときはマジでそんな良縁どうやって掴んだの?ウィリアムス伯の周りのご家族のご令嬢暗殺してきた?私どこかに養子に出される?貴賤結婚とかじゃないこれ大丈夫?とかたくさん考えてしまったけど、多分何かしらはしてるんだろうけどこの縁を離したくはないくらいブライアンがめっちゃ好きです、ありがとうございます。



「うわ、顔気持ち悪」

「バストホルム子爵令息?」

「鏡見た方がいいですよ、マルティネス男爵令嬢。」



ジェディディア・バストホルム。バストホルム卿の三男坊。バストホルム子爵。ざっくり言うとブライアンの従者である。バストホルム家は軍関係者が多く、ブライアンの護衛役兼遊び相手といったところを狙ったのだろう。子爵だからね。それに三男だから早い所立ち位置を確立できたのはよかったんじゃないだろうか。同い年ということもあって私たちは幼馴染のような関係でもある。余談だがジェディディアはディアと呼ぶとそれはそれはたいそう怒る。



「潮時かな…」

「そうですね、でもサールナート様にしては我慢した方だと思いますよ。」

「同感、私だったら絶対に三行半突きつけてますよ。」

「まだ結婚してないから三行半じゃなくて婚約破棄だろ。」

「ごめん、ちょっと言ってみたかった。」


「関係ないって言えればいいんだけど、そうもいかないからなあ。あ〜あ、貴族って本当に面倒くさいね。」

「ブライアンとジェフとずっとだらだらしてるのが一番好き〜」

「僕もグレイシーとジェフとこうやってゆっくりしてるときが一番好きだよ。」

「嘘つけブライアンとイチャついてるときが一番好きなんだろ、バカでもわかるわこのリア充め!」

「そんなことないよ、僕は三人でいるときが一番好きだよ。」

「ブライアン…!」

「ジェフは第二夫人だからね仕方がないな」

「おいコラ誰が女顔だって?!」



「ふふふ、楽しいね。」



うんうん、ブライアンが楽しそうで何よりです。





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