3.懐かしい場所。








「一年ちょっとじゃ、変わるわけないよね」


 僕は寂れた風景を見て悲しくなる半面、どこか嬉しく感じていた。

 ほかの建物にはない、少しばかり広めな庭があり、そこでは数人の子供たちが楽しげに遊んでいる。ここが僕の育った孤児院だ。

 足を踏み入れると、子供の一人がこちらを見て叫ぶ。


「あ! シオン兄ちゃんだ!」


 すると他の子にも、波紋のように広がっていった。

 みんなは満面の笑みでこちらに駆け寄ってきて、中には抱きついてくる子もいる。なかなかに手荒な出迎えを受けて、僕は苦笑いを浮かべてしまった。

 そんな時だ。


「……シオンくん!?」


 驚いたように、僕の名前を口にする女の子がいたのは。

 声のした方を見ると、そこに立っていたのは眼鏡をかけた、純朴そうな女の子。長い黒髪をお下げにした、とても落ち着いた雰囲気。

 エプロン姿の彼女に、僕は笑いかけた。


「久しぶり、ミーシャ」


 少女――ミーシャは、手に持っていた洗濯物を投げ捨てて駆け寄ってくる。

 そして、有無を言わさず抱きついてきた。


「おかえ、り……! シオンくん!」


 涙声でそう言うミーシャの頭を、優しくなでる。

 それが僕の里帰り、その光景だった。



◆◇◆



「最近、無理してない?」

「どうしたの。藪から棒に」

「だって、この間の仕送りの額……いつもの倍はあったから……」

「ははぁ。それで無理してるんじゃないか、って心配してくれたんだ」

「……! し、心配なんてしてないもん! ただ、その――むぅ!」


 居間に入って、味の薄いお茶を啜っているとミーシャが訊いてきた。それというのも、先日の実入りがよかったから逆に心配だ、というもの。

 なにか、危ない仕事に手を出したのではないか。

 彼女はそう思ったのだろう。


「大丈夫だよ。酒場の手伝いをやめて、冒険者になっただけだから」

「ぼ、冒険者……!?」


 だから、僕はそんな妹分を安心させるためにそう話した。

 でもミーシャは冒険者という単語を聞いた途端、声を裏返らせて立ち上がる。そしてこちらに詰め寄って、腕や足、肌の見えるところ触ってきた。

 困惑する僕に、ミーシャは怒ったようにこう言う。


「あの非力なシオンくんが、冒険者なんてできるわけないもん! 絶対に、なにか無理なことしてるでしょ!!」――と。


 あまりの剣幕に、少しばかり気圧されてしまった。

 だけど、決して危険な橋を渡っているわけではないし、シーナさんもいる。僕はそのことを自信に変えて、少女をまっすぐに見つめ返した。


「あはは、大丈夫だよ。とても心強い仲間がいるんだ」


 最大限に優しく微笑んで。


「……! そ、そうなんだ……」


 するとミーシャは、途端に勢いを失ってぺたん。

 その場にへたり込むのだった。


「でも、わたしは心配だよ。シオンくんがケガするんじゃないか、って」

「気を付けるよ。絶対に、無理なんてしないから」

「本当に……?」

「約束する」


 僕はしょんぼりとしてしまった少女を、そっと抱きしめる。

 すると彼女は肩を少しだけ弾ませた。だが、やがて緊張も解けてきたのか、そっとその身を預けてきてくれる。背中をポンポンと、あやすように叩いた。

 ミーシャは人一倍責任感の強い子だった。

 それでも、幼い女の子であることに、変わりはなかった。

 だから、出稼ぎに出てから孤児院を任せることになってしまったけれど、僕は彼女のそんな弱い部分が心配だったのだ。


 無理をしていないか、と。

 だけど、それもお互い様のようだった。


「あぁ、そうだ。ミーシャに訊きたいことがあったんだ」

「訊きたいこと?」


 でも、いつまでもこうしていられない。

 僕はこの辺りの変化に詳しいミーシャに、こう訊ねた。


「最近、近所で怪しいことは起きてない? 些細なことでもいいんだけど」

「怪しいこと、かぁ」


 すると少女は首を傾げて、ゆっくりと左右に振る。


「怪しいことは、ないかなぁ」

「そっか」

「あ、でも! 不思議なことは、いくつかあったよ」

「不思議なこと?」


 今度は僕が首を傾げた。

 すると、ミーシャはおもむろに口を開くのだった。


「うん。シオンくんが出稼ぎに出て、すぐだったんだけど……」





「食料を恵んでくれる、不思議な誰か――か」


 僕は孤児院をあとにして、しかしそこで聞いた話について考えていた。

 なんでもミーシャ曰く、ここ一年ほどの間、定期的に食料を届けてくれる者が現れたらしい。姿は見えないので、どんな人物なのかは分からないらしいが。

 とくに害があるわけでもないので、放置でいいのだろうけど……。


「なんだろう。少しだけ、気になるな……」


 僕の直感が、何かを告げていた。

 それでもいまの窃盗事件の捜査とは、無関係にも思われる。


「とりあえず、情報収集に戻るとするか」


 なのでひとまず保留として、シーナさんとの合流を考えた。

 そして、前を向いた時。


「……あれ? キミは」

「あ、あの時の……?」


 一人の見覚えある少女が、目の前に現れた。


「あなたも、あの孤児院の人、だったですか?」

「ん、そうだけど。あぁ、そういえば自己紹介がまだだったね」


 僕はその子に、そっと手を差し出す。


「僕の名前は、シオン――」


 自然と、笑いながら。



「よろしくね、ミミ」



 

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