天賦の才などないと思え。

 陽翼よはねの話が本当なら、なんて非効率なやり方を身につけたのだと蓮理れんりは先人たちに文句を言いたくなる。

 転生前の記憶の引き継ぎができれば、学問や武芸の御業を失わずに、より洗練されたものへと磨き上げるのも容易だし、覚えている知識で遺跡を大発見して考古学者として名を馳せることもできるかもしれない。


「忘れる技なんて身につけるから、テストや試験、人生の選択に悩まされるんだ。これじゃあ、賽の河原の石積みじゃないか」

「越えなばと思いし嶺に来てみれば、なお行く先は山路なりけり。苦しみはすべからく自分自身が生み出しているものだし、世界を楽しむためには、なにもかも知っていると楽しめないばかりか、同じ過ちをくり返しかねない」

「そんなことないよ。一度目の人生を憶えていれば、二度目、三度目と、同じ過ちをくり返さずに済むじゃないか。みんな憶えていないから、争いだってくり返してしまうんだ」


 陽翼の目が一瞬、大きく見開くのを蓮理は見逃さなかった。彼女は瞬きをしてから、遠く車窓の向こうへ視線を向けた。


「そうかもしれない。でも残念ながら、記憶は引き継がれず、世界に可逆性は起こらない。そんな世界で輪廻転生するからこそ、憶えていれば毒となり、世界に一目惚れできなくなる。生まれてきた世界を楽しむために忘却する技を身につけたと、天上界の人は教えてくれた」


 蓮理は彼女の言葉に納得した。

 生まれたときから知っていたら、過去の記憶にとらわれて、今を楽しめない。しかも記憶していることと目の前にあるものが必ずしも同じとは限らないのだ。

 転生したのが前回から百年後かもしれないし、まったく違う世界の住人になっている可能性もある。人間以外の生物になっていることだってありえる。虫に転生して過去の記憶を持っていたら、と想像するだけで気が滅入ってくる。


「だけど、記憶もチート能力もない転生なんて……楽しくない」


 蓮理は息を吐いた。

 異世界転生なんて、他人の妄想が生み出した作り話だ。


「心配も苦しみも楽しみのうちだ」


 嬉しそうに彼女が囁いた。


「世界と自身を浄化していくのが、この世界に生まれた意味。それすら忘れて誰もが輪廻転生している。蓮理も浄化しながら、人生を大いに楽しめばいい」

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