愛は美しく、新たな魂を与える。
「どうした
「……ちょっとね」
年長者ならいざ知らず、若者である自分が軽々しく「情熱がない」と思ってはならない、蓮理は自身に言い聞かせた。
そもそも人間は、変化を恐れる本能をもっている。
プロスペクト理論における損失回避性が働き、変化によって得られる可能性が、期待よりも不安が上回る現状維持バイアスのせいで、ついつい出来ない理由を探してしまうのだ。
「可能性という言葉は便利だけれど、決め手にかけるね」
「わたしがはぐらかしているとでも言うつもりか」
「言わないよ。一般論さ」
一般論、便利な言葉だ。
互いに言葉で説明すればするほど、真実から遠ざかっている気がする。なにか物的証拠はないものだろうか。
「ところで蓮理は、前世を覚えているのか」
小さく息を吐く彼に、
「覚えてないよ。だから転生があるかわからないんだ」
「そうか。それが一般論というものだな」
彼女が小さく笑うのを、蓮理は見逃さなかった。
真似をしているみたいで悪い気はしなかった。むしろ嬉しくて、彼はこそばゆくなってくる。
「それより、異世界転生作品だと、前世の記憶を引き継いで別の世界へ転生するんだけど、きみはどんな前世の記憶をもってるんだい」
「わたしの話か」
つまらない、という顔をして彼女は視線を落とす。小さく息を吐いた後、顔を上げて窓の向こうをまっすぐ見つめた。
「異世界転生に憧れを抱いている蓮理には申し訳ないのだが、結論を言えば、前世の記憶をまるまる引き継いで転生するなどというのは、創作物の出来事に過ぎない」
「まったく?」
「うむ」
彼女は真顔でうなずく。
「なにも覚えてないの?」
「そうだ」
またしても、彼女はきっぱり言い切った。
「転生前のスキルを異世界で活用し、神が与えたチートの力で可愛い女の子とハーレムを築く甘味料たっぷり甘々な冒険するところにこそ、異世界転生作品の醍醐味といえるのに」
「漫画やアニメの見過ぎだ。現実は妄想と違って糖質ゼロのビターなのだ」
「ま、まじか……」
前世の記憶がないのなら、転生する楽しみはどこにあるのだろう。混み合う電車内でなければ、買ってもらえない玩具に駄々をこねる幼子のようにその場に崩れて泣きわめきたい衝動に蓮理は駆られた。
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