人は優秀ではなく小利口に過ぎない。
「
一瞬、
笑ってごまかすしかない。
「えっ……と、降りる駅まではあとどれくらいかなって」
立ち並ぶ建物が日差しに輝き、夏の気配を感じさせている。気候学上では春だが、暦の上ではすでに夏。今年もやり切れない暑さに野良猫は、皮と肉を脱いで、骨だけで涼みたいものだと鳴きながら、僅かな木陰を求めて彷徨うのだろうか。
年々、超大型台風の連続襲来による河川の氾濫や浸水、土砂災害が酷くなっている。農作被害が増えるだけでなく、断水や電話不通などのライフライン被害、鉄道や航空など交通被害も多発する。物流が途絶えて都市機能が麻痺すれば、日常生活に支障を来すことが増えるはず。そうなったら嫌だな……。
「降りる駅はまだ先だ。毎日利用してるのに……まさか、わたしの話を信じていないのか」
「そ、そんなことないよ」
慌てて首を横に振った。
否定するのは簡単だ。機嫌を損なわせたあと、どうやって取り繕えばいいのかを考えるとため息が出そうになる。ここはやんわりと話していくしかない。
蓮理は車窓から目を移し、彼女の顔を見た。
哀しそうな目をしてこちらをみている。
「思うんだけど、きみの話には根拠がないよ」
「作り話だと思ったのか?」
「ちょっとね。信じたいのはやまやまなんだけれど、それ以外にどう聞こえたといえばいいのやら」
「見損なったぞ蓮理。わたしがそなたをからかったことは一度もないのに」
「これまではね。今回が一回目かもしれないだろ」
「今回も違うぞ」
「そうなんだ」
蓮理は、スクールバッグの持ち手を握りながら口を一文字に結んだ。目を閉じ、彼女が聞かせてくれた話を頭の中で繰り返し思い出してみる。
肉体が生物学的死を迎えたあと、これまでと異なる形態や肉体を得て新しい生活を送る哲学的、宗教的な概念を、生まれ変わりという。認めていない宗教もあるものの、各宗教は概ね輪廻転生を信じている。
だが、誰も明確に転生があると証明できないのは、死者が生き返って「ありのまま見てきたことを話すぜ」と、死んだら転生する話を聞かせてくれないからだ。
もちろん、「前世の記憶をもっている」と語った者が存在した記録はあるものの、虚言の可能性も拭いきれない。科学的説明がなされない限り、転生の存在の証拠とはならないのだろう。
だから根拠が欲しかった、とつぶやく代わりに彼女をみつめた。
「なぜ、作り話だと決めつけるのだ」
「それは確かめようのない話をされて、あるかどうかもわからない輪廻転生が異世界転生のことだと言われても、はいそうですかと簡単に信用するのは難しいからだよ。もちろんぼくとしては、きみがしてくれた話はこの世の理なんだろうって思いたいけど」
「ならば思うがよい」
「だから、それには根拠がほしいんだ。はじめから、そう言っているだろ」
「確かに。だが、根拠ならあるぞ」
「どこに?」
「ここに」
「ここ?」
蓮理は辺りを見渡した。ここは満員電車の車内。人身事故によりダイヤが乱れたが、ようやく乗車できた利用客は混雑を我慢しつつ、降りる駅に到着するのを今は遅しと願っているばかりだ。こんなところに根拠なんてあるはずがない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます