人生に取捨選択は大切だ。

「長らくお待たせ致しました」というアナウンスが流れ、駅に向かって電車が近づいてくる音がしてきた。

 乗車位置に二列に並んで待っていた人たちは背中を伸ばし、定位置で停車して扉が開くのを待っていた。


「異世界転生があったらいいのに……」


 蓮理れんりは思わずつぶやき、慌てて「冗談だからね」と口元を緩めてごまかした。おかしなことを言っていると陽翼よはねに思われて笑われたくなかった。


「なんだ蓮理、知らないのか」


 彼女は不思議そうな顔を蓮理に向けてくる。


「知らないって、なにが」

「転生だ」


 陽翼ははっきり言った。


「え?」


 蓮理は声が出た。

 一瞬なにを言われたのかわからなかった。

 顔をしかめながら首をひねる。どういう意味なのと声をかけようとする前に、彼女がベンチを立った。

 駅に電車が到着したのだ。

 スクールバッグに本をしまいながら蓮理もベンチを立つと、彼女に続いて乗車列の後ろについて行く。


「ぼくだって言葉の意味は知ってるよ。でも、そういうことじゃないよね」


 彼女の隣に近づいて聞いてみた。


「無論だ」


 陽翼は瞬きをし、笑みを浮かべた。


「まさかとは思うんだけど」と断りの言葉を先に述べてから、「きみは転生の経験があるって言い出す気じゃないよね」と彼女にだけ聞こえる声で囁いた。


「不服か?」


 正面を向いたままの彼女は、涼しい顔で答えた。

 蓮理は思わず、溜息をこぼしていた。


「あのね、言う言わないは個人の自由だけれど、異世界転生はフィクションってことくらい、ぼくを含めた読者はわかっていると思うんだ。それでもきみは実在するっていうつもり?」

「当然だ」


 陽翼は電車にまっすぐ乗り込んだ。

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