運命の人は何人も存在する。

「平均寿命が伸びても、いつかは皆死ぬ」


 陽翼よはねの穏やかな声が蓮理れんりの胸に響く。


「後悔したくないと思って生きても過ぎゆく時は止まらず、大切に使わなくてはと思うあまり空回りし、やりたかったことさえ見失う。大人になる前のわたしたちは再挑戦できるかもしれないが、青春は一度切り。やり直せないのだ。大人になって気づいても遅いのに、そんな大人になってしまった自分に絶望すると自殺に走るのだろうか」

「そんなのわからないよ」


 蓮理は思わず語気を強めて答え、慌ててごめんと謝った。


「なぜ謝る? わたしは気にしてないぞ」

「ぼくが気にしてるんだ」


 まったく、なにに苛ついているのだろう。

 嫌なことを思い出したせいだ。彼女にはなにも関係ないのに。思わず当たってしまった。

 自分が情けない。

 蓮理は、小さく溜息を零した。 


「大変おまたせしております。到着までもうしばらくお待ち下さい」とアナウンスが流れた。乗車位置に並んで待つ人達から息が漏れた。

 まだ電車は来ない。もうしばらくは読めそうだ、と蓮理は文庫本を手にしたときだ。

 陽翼が突然、思い出したような調子で言った。


「ところで、どうして男は戦いが好きなのだ」

「どういうこと?」


 蓮理は読みかけのページを開く。


「弟から借りた漫画は、どの作品も成長するわけでもなく戦いを繰り返すばかりだった。手からビームを撃ったり剣でぶった切ったり。異世界転生でもそうなんだろ。現世に絶望したのに、なぜ転生先で戦いたがる? 男の気持ちがわからない」


 彼女に弟がいることを、蓮理は初めて知った。

 いたからといって、どうということもないのだけれど、弟も彼女のような口調で話すのだろうか。考えると気になってしまう。


「そういう漫画があってもいいと思うよ」

「良い悪いではない。何故かが知りたいのだ」

「ちなみに弟くんは、なんと答えてたの?」

「面白ければいいだろ、と言っていた」

「それでいいとぼくも思うけど……陽翼は納得してないんだね」


 うなずく彼女に何故と問われながら読書を続けられるほど、蓮理は神経が図太くなかった。

 本を閉じて息を吐き、空を見上げて考えてみた。

 いわれてみれば確かに、少年漫画はいつも誰かと戦っている。敵を倒せば新たな敵が現れ、倒せば次の敵が出現してくるを繰り返す。異世界転生でも、魔獣が現れては倒し、新たなモンスターが登場してバトルする作品は少なくない。

 面白い、と読者にウケれば人気が出て、発行部数が伸び、出版業者も作家も儲かるから……といっても、彼女は納得しないのだろう。

 なぜだろうと考えても納得いく答えが思いつかない。

 代わりに浮かんだのが少女漫画だ。

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