人生はやり直せない。
「おはよう
目を細めて彼女は睨んでくる。
「そなたは最初に会ったとき約束したことをもう忘れたのか。でなければ一過性全健忘か」
「少なくとも病気じゃないよ。うっかり忘れることはあるかもしれないけれど」
「そなたはうっかりが多すぎる。そもそも、指摘するのはこれで二度目ではないか」
彼女が何を怒っているのか知っている。
名前の呼び方だ。
彼女と初めて会ったとき、互いに名前を呼び捨てで呼び合おうと約束させられた。親友や幼馴染ならいざ知らず、初対面でいきなり下の名前で呼び合うなんて抵抗を感じずにはいられなかった。呼ばれるのはいいとしても、女子を呼び捨てで呼ぶのに蓮理は慣れておらず、気恥ずかしくて申し訳ない気持ちにいっぱいだった。
「どうしても苗字で呼ばなければ生きていけない人種だと、そなたが懇願するならば致し方ない。そのかわり、今後二度とそなたを名前では呼ばぬと約束しよう。かわりにぴったりな名前をつけて呼んでやる。ありがたく思うがよい。そうだな……チキンチェリーボーイ、なんていうのはどうだ。実にそなたにはピッタリな名だとは思わぬか?」
どうだ、といったときの涼し気な表情をみたとき、蓮理は無性に背筋が凍るような寒気を覚えた。
「いえいえ、呼びます。呼ばせてもらいます。だから、そんな言い方しないでよ。ちゃんと呼ぶからそんなおかしなあだ名で呼ばないでください」
蓮理は手を合わせて早口で謝った。
「わたしはどちらでも構わぬぞ。即興だったが、なかなか的を射た呼び名だと自負しているところだ。それとも端的に卑怯で臆病者とでもすればよいのか。わたしとしてはそなたを直接揶揄するような言い回しは好まぬのだが、そなたがどうしてもこちらが良いと申すのであらば、一考する機会を与えたい」
「だから、そんなふうにぼくをいじめないでよ」
蓮理は、より深く頭を下げて懇願した。すると、ふふっと小さく笑い声が頭上からする。
「いじめてはおらぬが、そうか。ならば吾が名前を呼ぶがよい」
恐る恐る顔を上げた蓮理の前には、大きく見開く彼女の顔があった。
「……おはよう陽翼」
「うん、おはよう。蓮理」
満足したのか、にっこり彼女は微笑んだ。
やれやれ、変わった子だと胸の中でつぶやいて、蓮理は息を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます