第615話 卒業
☆亜美視点☆
今日3月18日──
私達は3年間通ってきた月ノ木学園を卒業します。
「おーい、夕ちゃん朝だよー。 私、卒業式に遅刻とか嫌だよ?」
「起きてるよバカ」
ドアを開けて夕ちゃんが姿を現す。
「バカじゃないもん。 それより、朝ご飯出来てるから早く食べよ」
「あいよ」
いつものように夕ちゃんを起こしてダイニングへ。
特別な日であるけど、特別いつもと変わらない1日の始まり。
ダイニングには、既に椅子に座って私と夕ちゃんを待つ希望ちゃんと、エサを待つマロンがいる。
「おはよう夕也くん」
「おう、おはよ」
「ささ、食べよ」
私と夕ちゃんも椅子に座り、3人と1匹で朝食を食べ始める。
「んむんむ。 希望ちゃん、今日泣いたらわかってるよね?」
「わかってるよぅ。 フルーツパフェとメロンソーダだよね? 泣かないけど」
「奈々ちゃんにもパンケーキとコーヒーだよ?」
「私が泣かなかったら私にだよ?」
「らじゃだよ。 どうせ泣くでしょ」
「お前ら楽しそうだな……」
そんな私達を見た夕ちゃんは、呆れたようにそう言うのであった。
◆◇◆◇◆◇
朝食を食べ終えた私達は、余裕を持って家を出た。
マロンもケージに入れて来た。
いつもの十字路まで来ると、奈々ちゃんと宏ちゃんがいつも通り待っていた。
「おはよー奈々ちゃん、宏ちゃん」
「おはよ」
「おっす」
「おはよぅ」
「うっす」
それぞれ挨拶を交わして歩き出す。
2年生の麻美ちゃんは今日はお休み。
明日卒業式のお片付けがあるからだという。
「希望、わかってるわよね?」
「もぅ。 わかってるよぅ……亜美ちゃんも奈々ちゃんも私が泣くのは決まってるみたいな……」
「亜美、どう思う?」
「9割9分泣くよ」
「ひどいよぅ」
希望ちゃんは「よぅし! 絶対にパンケーキとメロンソーダ奢らせるよ」と、無駄に気合いを入れているのであった。 無駄だと思うけどね。
今日は3年生だけの登校ということで、いつも賑やかな通学路も静かなものだ。
「そうそう。 麻美がさ、卒業旅行連れてけーって凄くうっさいのよ」
「良いんじゃないの?」
「あの子は別に卒業生じゃないでしょ?」
まあそうだけど、行きたいって言うならそれは別に良いと思う。 麻美ちゃんいると賑やかだし。
「まあ、奈央も別に構わないって言ってたけども」
「じゃ良いだろ」
「しょうがないわねぇあの子は」
奈々ちゃんも諦めて麻美ちゃんを連れて行く事にしたらしい。
「北海道に行く間、マロンとかハムスターとかどうすんの?」
「奈央ちゃん自慢のハウスキーパーさんが全部面倒見てくれるって。 毎日のお世話メモも書いて渡してあるよ」
「至れり尽せりだなおい」
宏ちゃんもこれには苦笑い。 本当に助かるよ。
◆◇◆◇◆◇
学園に到着した私達は、時間まで教室で待機である。
私達のグループも一箇所に集まり談笑をする。
「この制服も今日で着納かー」
紗希ちゃんが制服のリボンを触りながら呟く。
私達月ノ木の女子制服は、割と可愛いデザインのブレザータイプだ。
もう着ることもないと思うと、ちょっと残念だ。
「ま、着ようと思えば着れるけど」
「いや着ないだろ……」
奈々ちゃんはこれを着てどこに出かけるつもりなんだろうか?
まあ、しばらくは月学生として見られるだろうけど。
「長いようで短い3年でしたわね」
「でも色々あったよぅ」
今でも入学式の事を思い出せるねぇ。
希望ちゃんに夕ちゃんを譲ったり、宏ちゃんにフラれたり、春くんにグラッと来て夕ちゃんと大喧嘩したり……。
1年生の間だけでも色々な事があった。
その後も皆で旅行したりと楽しい思い出がたくさんだよ。
「よくよく考えたら、希望だけ彼氏無しじゃない? 大学で作ったら?」
「そうだよ。 そうしなよ希望ちゃん」
「はぅっ?! 嫌だよぅ! 亜美ちゃんも奈々美ちゃんもひどい! 私は夕也くん以外好きにならないよ!」
と、本気で怒り出した。
私は冗談のつもりだったんだけど、希望ちゃん的にはそう聞こえなかったらしい。 可愛いねぇ。
「俺がどうした?」
「あー、気にしない気にしない」
「はぅ」
呼ばれてやって来た夕ちゃんだったけど、奈々ちゃんが軽くあしらってしまう。
そんな風に時間を潰していると。
「卒業生は第一体育館へ移動して下さい」
体育館集合の放送が流れてきた。
いよいよ卒業式だ。
◆◇◆◇◆◇
体育館に並べられた椅子に座って、最後となる学園長の長いお話を静聴する。
今までまともに聴いてこなかったこの有り難いお話だけど、最後くらいはちゃんと聴いてあげることにした。
「君達は今日、一つの人生の節目に立っています。 とても長い人生のまだまだ始まりの一歩とも言うべき、高等学校卒業という日に──」
んー、やっぱり長い。 我慢我慢。
「夢を追い大学へ進学する者、既に夢を叶えた者、まだ夢を見つけられていない者、色々いると思いますが──」
学園長ってあんな白髪多かったっけ? 等と、もう話を聴くのを半分くらい諦め始めていた。
「改めて、卒業おめでとう」
パチパチ……
どうやら長くて有り難いお話が終了したようで、これから卒業証書授与が始まる。
3ーAから出席番号順に呼ばれる。
トップバッターはもちろん──。
「3年A組 藍沢奈々美」
「はい!」
奈々ちゃんである。 元気良く立ち上がり、花道を歩いて壇上へ。
「藍沢奈々美殿。 貴方はこの月ノ木学園高等部において、3年間の教育課程を修了した事をここに証明する。 20○○年3月18日 月ノ木学園高等部学園長 前田晴夫。 おめでとう」
「ありがとうございます」
順番に卒業証書を授与されていく生徒達。 中には涙ぐむ生徒もちらほらと見受けられた。
「清水亜美」
「はいっ!」
そして私も今、卒業証書を受け取る。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
◆◇◆◇◆◇
卒業式を終えた私達は、教室に戻り荷物を手に取る。
「終わったねぇ……」
「うっ、ぐすっ、はぅーん……」
希望ちゃんはやっぱり泣いていた。 帰りはフルーツパフェだ。
「教室ともお別れね」
「そうですわね」
「最後の年に、皆同じクラスになれて良かったな」
遥ちゃんが言う通り、私達皆が同じクラスになれる確率なんて奇跡的な確率だったはずである。
本当に良かったよ。
「じゃ、行くか」
「おう」
私達も夕ちゃんと宏ちゃんに続いて教室を後にする。
正門前に並んで、最後の写真撮影も欠かさない。
クラスメイトの子や、ファンクラブ会員だった人達とも記念に撮影した。
一通り終わった頃には、少し生徒も疎らになり、寂寥感が溢れてくる。
「……」
「おーい、夕也兄ぃ!」
ドカッ……
「ぐはっ?! な、麻美ちゃん?!」
人が浸っていると、元気な声が聞こえて来たと思ったら、麻美ちゃんが夕ちゃんにラリアットをかましていた。 な、何やってるんだろ。
「なはは! 皆様! 卒業おめでとうございます!」
「あ、ありがとう」
「で、あんた何しに来たのよ?」
「うむ! 夕也兄ぃ! 約束の物頂きに参上したよ」
「怪盗か何かかしら?」
約束の物とは? 一体何だろうか?
「あぁ、そうだったな。 よいしょ」
夕ちゃんが胸元をカザゴソとしながら、何かを手に取って麻美ちゃんに渡した。
む? あれは月ノ木学園の校章ボタン?
「やたー! 夕也兄ぃの第二ボタンゲットー!」
「?!」
や、やられたー! 帰ったら貰おうと思ってたのに、麻美ちゃんに取られたよ!
というかいつそんな約束を?!
「麻美、あんたやるわね」
「早い者勝ちだって夕也兄ぃが言ったからー」
どうやら結構前から約束をしていたらしい。
はぁ、まあいっか……。
私は賑やかに騒ぐ麻美ちゃんから視線を外し、学園の校舎を振り返る。
3年間、私達の成長を見守ってくれてありがとう。
さよなら、月ノ木学園。
心の中で別れを告げ、ゆっくりと正門を跨いだ。
少し泣いたことは皆には内緒だ。
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