第610話 久々の我が家

 ☆夕也視点☆


 3月16日──


 俺達は奈央ちゃんが企画してくれた受験勉強長期合宿をもうすぐ終える

 長く感じた共同生活も、終わってしまえば寂しいものだ。


 現在は皆で使った屋敷を掃除しているところなのだが、相も変わらず俺は役立たず。

 皆が掃除している間、猫のマロンの相手をしていろと言われた。


「みゃ」

「よしよし、良い子だ。 もうすぐ我が家に帰るからなぁ」

「みゃー」


 人が話しかけるととにかく何か返事をしてくる。

 多分意味はわかっていないが、相手してもらっている事は理解しているのだろう。


「ちょっとでかくなったか?」

「みゃ」


 家へ来た時はまだまだ小さな子猫だったが、今はそれなりのサイズになっている。

 マンチカンってこれぐらいで止まるのか?


「うみゃ」


 くしゃくしゃ……


 人の服を小さな前足でくしゃくしゃと揉み始めるマロン。 こいつの癖のようで、よく亜美のお腹の上に乗り同じ様な事をしているのを見かける。


「掃除はまだ終わらないんだろうか?」

「みゃ」

「お前に話しかけてるわけじゃないぞ?」

「みゃ」


 可愛い奴め。



 ◆◇◆◇◆◇



 マロンと待つ事1時間半程して屋敷の掃除が終了したようで、皆が広間へ集まって来た。

 マロンもサッと亜美の足元へ移動して頬擦りしている。 誰が母親代わりなのかをちゃんと理解しているみたいだな。


「おーよしよし。 夕ちゃん、マロンの相手ありがとねぇ。 ほら、マロンもお礼して」

「みゃ」


 お礼がどうかはわからないが、一応何かは言っているようだ。


「さ、皆忘れ物とか無い? そろそろ出ますわよ」

「大丈夫よ」

「私もぅ」

「同じく」


 皆、自分の荷物を持って応える。

 屋敷に来た時より荷物が増えているのは、こっちに来て買った物が思いの外多いからだろう。

 女子は特にその傾向が強く、紗希ちゃんは両手と背中に大きな鞄を持っている。


「紗希ちゃん、1つ持ってやるよ」

「おー、今井君は優しいなー! んじゃ私を抱きかかえてもらえるかしら」

「紗希ちゃん!」


 またいつもの悪ノリが始まり、それを見た亜美が紗希ちゃんに怒っている。


「あははは! 冗談冗談。 この重いのよろぴくー」


 と、右手に持っていた鞄を手渡してきた。

 本当に重いなこれ。 何が入ってんだよ。


「よし、じゃあ行きましょうか」


 奈央ちゃんはそう言って広間を出て行く。

 それに続いて、俺達も。


「亜美ちゃん?」

「何してんのよ? 行くわよ?」

「うん」


 多分名残惜しんでいたんだろうな。 皆との共同生活を誰よりも楽しんでいたのは亜美だからな。


「なぁ、最後に庭で写真撮って行かないか?」


 俺は自然とそんな事を口走っていた。

 それを聞いた皆は口を揃えて言った。


「賛成!」



 ◆◇◆◇◆◇



 皆で写真撮影も終え、奈央ちゃんの家の私有バスに乗り込んだ俺達は、住み慣れた街へ戻る最中だ。


「紗希ちゃん紗希ちゃん! 今日泊まりに来なよ!」

「ほえ? どしたの急に?」


 亜美が急に紗希ちゃんを泊まりに誘い出した。 紗希ちゃんも意味がわからずに聞き返している。


「だって、4月からは京都に行っちゃうでしょ? 一杯お話しとかしときたいじゃない」

「あ、なるほど。 てか、亜美ちゃんは大袈裟ねー。 今生の別れじゃあるまいし。 何だったら1ヶ月すれば5月連休で帰って来るのに」

「そ、そだけどぉ」

「良いんじゃない? 紗希が泊まりに行くなら、私も行きますわよー」

「奈央ちゃんっ!」


 亜美は目をキラキラと輝かせた。 紗希ちゃんも「きゃはは、しょうがないなぁ」と、笑いながら泊まりを承諾。 一旦荷物だけ実家に置きに戻ってから来るとの事。

 俺の家なんだよなぁ。


「やった! やった!」


 亜美の方は願い叶って大はしゃぎしていた。


 バスは走り続け、だいぶ見慣れた風景が目に映る様になってきた。

 久々の我が家までもう少しだな。


「楽しい時間だったわね」


 ぽつりと奈々美が呟く。 それを聞いて亜美が「そだねぇ」と返した。

 皆、何だかんだ言って共同生活が名残惜しいようだ。


「また、皆であんな生活がしたいですわね」

「ま、皆がいれば飽きないよなぁ」

「毎日美味い飯も食えるしな! またやろうぜ」


 奈央ちゃんも「そうですわね。 夏にでも企画しましょうか」とノリ気になるのであった。


 やがてバスは、見慣れた駅前に停車し俺達を降ろす。


「帰って来たね」

「えぇ。 何かちょっと懐かしいわね」

「何だかんだで1ヶ月以上も離れてたからな。 懐かしくも感じるだろ」

「お家大丈夫かな?」

「今井君の家にはハウスキーパーを派遣してありましたから、綺麗に保たれているはずですわよ」

「何から何まで助かる」

「良いですわよー。 じゃあ解散しましょうか。 後で紗希と今井君の家に行きますわね」

「待ってるよぉ!」


 手を振り、反対方向へと帰って行く奈央ちゃん、紗希ちゃん、遥ちゃん、春人と別れる。

 そして残るいつものメンバーで、いつもの道を歩いて帰り始めた。


「私も泊まりに行こうかしらね」


 不意に奈々美がそう言った。 それを聞いた亜美は当然大喜びし始める。

 俺の家なんだがなぁ。

 結局奈々美も来る事になり、今晩は賑やかになる事が決まったのだった。



 ◆◇◆◇◆◇



 ガチャ……


「ただいまだよー」

「いやー帰って来た帰って来た」

「はぅ、本当に綺麗だよぅ」


 我が家へ帰って来て、念の為各部屋を確認してみたが、家を出る前より綺麗なぐらいになっていた。

 ハウスキーパーさんはかなり頑張ってくれたらしい。


「冷蔵庫の中身は空っぽだねぇ。 夕飯どうする?」

「買い出し行くのも嫌だし、皆来たら外食でも行く?」

「それで良いんじゃないか?」


 亜美も希望も、屋敷の掃除やらで疲れてるだろうからな。


「はぁ……皆来るまでちょっとゆっくりタイムー。 私の海水魚大丈夫かなぁ」


 水槽の方へ移動する亜美。

 海水魚の世話。 なかなか大変だろうに。


「おお、水換えもしてくれてるよ! ハウスキーパーさん凄い」


 奈央ちゃんの事だから、また凄いハウスキーパーに依頼してるんだろうな。


「今度お隣の掃除来てる時にお礼しないと」

「そうだね。 菓子折りとかも渡した方が良いかな?」


 女子2人はそんな相談をしながら盛り上がっている。

 そもそも俺の家なんだがなぁ。


 

 ◆◇◆◇◆◇



 ゆっくりしながら共同生活中の思い出話をしていると、インターホンが鳴り勝手に家の中に入って来る音がした。

 そんな事する奴は……。


「やっほー来たわよー」

「やほほー」

「貴女達、人様の家に勝手に入るのはどうかと思うわよ?」


 奈々美が勝手に入ってきてそれに紗希ちゃんと奈央ちゃん、そして結局は遥ちゃんもついて来たみたいだ。

 3年女子が全員揃ったようだな。


「良いの良いの。 半分ぐらい私の家みたいなもんよ」

「いや、全体的に俺の家だが?」


 奈々美の奴は何を言ってやがるんだ。

 

「あははいらっしゃい。 夕飯なんだけど、冷蔵庫の中が空なんだよね。 だから外食でいいかな?」

「良いわよー。 皆疲れてるだろうし」


 という事で少しゆっくりしてからファミレスへ行く事にした。

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