第535話 ピンチ?
☆亜美視点☆
今日は12月11日。 別に何の変哲もない普通の日なんだけど、どうやらとある界隈では何かが起きているようである。
土曜日という事で家でのんびりとテレビを見ている。
いわゆるお昼のワイドショーなんだけど、今日の話題は1人の作家についてのようである。
「いよいよ明日に迫った音羽奏の新作『繋ぐ思い』の発売ですが、既に予約が殺到しており発売前日に関わらず既に品薄状態となっているようです」
「ぶふっ……」
私は飲んでいたジュースを噴き出した。
「なはは、亜美姉汚ーい」
何故か最近今井家に居座っている麻美ちゃんが、そんな私を見て笑う。
「はぅ、私も予約して何とか手に入りそうだよ」
「私は亜美姉から直接もらう約束してるー」
「そだね。 私も千夏さんから2冊もらうから、1冊は麻美ちゃんにあげる」
他の友人達は奈央ちゃんから手に入れる事になっているらしい。 どうやら、奈央ちゃんはグループの力で本を手に入れる事に成功したようだ。
私利私欲で物流に割り込むなんてさすがである。
「これはちょっとした社会現象だな」
「そうね。 亜美もここまで売れるとは思ってなかったでしょう?」
「さすがにね。 ブランクあるし、私の事なんて忘れてられてるだろうと思ってたし」
「それが蓋を開けてみりゃこの通りってか」
テレビ画面では、何処ぞの本屋さんの入り口前が映されており、そこには発売前日だというのに「繋ぐ思い売り切れ」の貼り紙がされていた。
「それにしても凄いですね。 過去に恋愛物の作品で一世を風靡した音羽奏氏。 映画やテレビドラマ化までされた前作から早数年が経過しての復活」
「いやー、私は帰って来ると思ってましたよ」
テレビでは私の事を知りもしない人が、知ったように色々な事を喋くっている。
まあ、悪口言われてるわけじゃないから良いんだけど。
「しかし、これほど話題になりながらも今日に至るまでその素性は一切わかっておらず、謎のベールに包まれています」
「いやねぇ、ここまでひた隠すとなると何かしら素性を明かせない理由があるんでしょうなぁ」
コメンテーターがこれまた偉そうに言う。
「まあ、あながち間違いじゃないんだけどねぇ」
「亜美姉が前作を書いたのは中学生の頃だったもんねー」
「そりゃ周りが騒ぎになるし、まだまだ子供だものね。 素性隠したくもなるわよね」
「うん。 今でもそんな感じだよ。 ただでさえ高校バレー界で有名になっちゃったし、それに加えて実は音羽奏でしたなんて知れた日にはマスコミも黙ってないだろうしね」
「今でも学園がかなりマスコミシャットアウトしてくれてるしね。 それでもごくごくたまに登下校で捕まるけども」
そんな状況なので、少なくとも今はまだ素性を明かすわけにはいかない。 出来れば平穏に過ごしたいのだ。
テレビに目を向ける。
「素性がわからない作家といえばもう1人、最近売れっ子の作家であるアサミ氏も謎ですよね」
「最近流行ってるんですかね? 意外と2人は知り合いだったりするんじゃないですか? 何てね、はははは!」
コメンテーターさん中々鋭いようだけど、当てずっぽうだろうね。
共通点なんて同じ雑誌社から出版してるぐらいだし。
「麻美の本も売れてんのよね?」
「らしいよー。 なははー。 新作は連載貰ったしまだまだこれからよー! 亜美姉には負けないぞー」
「あはは。 お互い頑張ろうね」
こうやってお互いの素性を知っている作家仲間がいるってのは中々心強いね。
ピロロー……
「うわわ。 悪魔のメロディーだ」
「なはは、亜美姉もそのメロディにしたのかー」
普段はメールのやり取りで連絡している私と担当の結月千夏さん。
しかし、急ぎの連絡がある時はこうやって電話がかかってくるのだ。
「ひでぇ着信メロディだな」
「あはは。 もしもし奏です」
一応千夏さんと話す時は「音羽奏」として対応する。
「奏ちゃん! 大変なのよ!」
「大変? どうし……」
「実は編集社近くの○○駅前書店で音羽奏サイン会をやってほしいって依頼があってね!」
「サ、サイン会?! ダ、ダメですよ?」
「それがっ! 他の案件と間違えてOKの返事しちゃってたのー!」
「えーっ!!」
大変! 大変だよー!
サイン会なんかやったら私の顔やら素性がバレちゃう。
平穏に過ごしたいという私のささやかな思いがー。
「ちょっと貸して亜美姉!」
状況を察した麻美ちゃんが私からスマホを取り上げる。
「千夏さーん! バカー! 何してるのさー!」
「ア、アサミちゃーん……」
「泣きたいのは音羽奏だよー! 一体今まで素性を隠しながら生きてくるのにどれだけ苦労してたと思うのさー!」
「うぅー。 ごめんなさい……奏ちゃん」
「キャンセルは出来ないの?」
麻美ちゃんが訊くと、出来ない事は無いが信用問題もあるし中々難しいとの事。
「ど、どうしよう……」
「ちなみにいつ?」
「明日……」
「バカー!!」
麻美ちゃんの大きな声が部屋に響くも、私は頭が真っ白になってしまい呆けてしまうのであった。
◆◇◆◇◆◇
電話越しに泣きながら平謝りする千夏さんを、泣きながら宥め終え、電話を切った後でどうしたものか思案する。
「ここは影武者を用意するか?」
まずは宏ちゃんが案を出してくれた。 影武者作戦は私も真っ先に考えた。
だけど、こんな事をお願い出来る人が思い当たらないし、何よりイベントの度に影武者をお願いしなくてはいけなくなってしまう。 これでは迷惑をかけるので却下だ。
「体調不良を理由にブッチするのは?」
と、奈々美ちゃん。
「たしかにそれが丸いけど、それで丸く収まってくれるかなって……。 キャンセルするのと同じで、雑誌社さんや私の信用問題もあるし」
「……」
皆が黙り込む。 色々な案が出るもこれと言った解決法が見つからない。
そんな時に、再びスマホに着信があった。
今度は悪魔のメロディーではなく、友人グループ専用メロディーだ。
「奈央ちゃんだ」
「奈央? この忙しい時に……」
そう言えば今日は14時から勉強会だっけ……あぅ、そんな余裕ないよ。
「もしもーし……」
「あー、亜美ちゃん。 今しがた○○駅前の書店前を通りかかったんだけど、サイン会って本当?」
何とタイムリーなんだろう。 私は泣きながら状況を説明した。
奈央ちゃんは黙って聞いていたかと思うと、店を買収する案を提示してきた。
さすがにそこまでは出来ないという事で、奈央ちゃんの案は白紙に。 すると電話越しにもう1人の声が聞こえてくる。 この声は紗希ちゃんだ。
「要は身バレ顔バレを防げれば良いんでしょ? 私に考えがある!」
と、紗希ちゃんはそう言う。 勉強会の時に話すからという事なので、その場は一旦通話を切る。
紗希ちゃんの案というのが少々不安だけど、今は藁にもすがる思いである。
◆◇◆◇◆◇
「じゃん!」
予定通りに勉強会に参加した私は、紗希ちゃんからの案を聞いて少し希望を持った。
「なるほど、変装ねぇ」
「そゆこと。 亜美ちゃんが亜美ちゃんだってわからなきゃ良いんだし、亜美ちゃんと別人の音羽奏になっちゃえば良いのよ」
そう言った紗希ちゃんは、自宅から持って来たのであろうコスプレグッズを目の前に広げた。
変装に使えそうなウィッグや眼鏡、帽子、服など様々である。
試しにウィッグと眼鏡を付けてみると、皆が驚く程別人になってしまった。
「これはイケるよ亜美姉!」
「そうね。 これならバレないわ」
「うん。 何とか今回はこれで乗り切るよ」
紗希ちゃんの変装作戦を採用して、翌日のサイン会へ臨むのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます