第536話 音羽奏サイン会
☆亜美視点☆
12月12日──
今日は私が書いた小説の発売日です。
それ自体は喜ばしい事なんだけれど、ちょっとした手違いから、私のサイン会が開かれる事になってしまった。
今まで素性を隠し通してきた私にとっては、身バレするリスクが非常に高いイベントとなる。
キャンセルもし辛いという事で、仕方なくサイン会を承諾せざるを得ない展開になった。
友人達に何か良い作戦は無いかを考えてもらったところ、変装して清水亜美から音羽奏という人間に成り代わってしまえば良いというか案が出た。
要するに清水亜美=音羽奏だという事さえバレなければ、騒ぎが必要以上に大きくなる事はないだろうという考えである。
とはいえ、音羽奏が人前に出てくるらしいという情報は既に出回っており、音羽奏の顔写真等が世に拡散される事は避けられないだろう。
「はぁ……困ったねぇ」
これを皮切りに、そこら中からイベントの依頼やテレビ出演、雑誌取材なんかが押し寄せてくるんじゃないかと、考えるだけで不安になってくる。
「よし、これでおっけ!」
私は今、皆の拠点である西條家別宅にて、紗希ちゃんの手により音羽奏へと変装させてもらっているところである。
こういう事をやらせると抜群のセンスを発揮する紗希ちゃん。
さすが趣味コスプレである。
「へぇ、これは凄いわね」
「はぅ、完全に別人だよ」
変装を終えた私を見た友人達は、皆口を揃えて別人だと言う。
私自身も姿見の前に立って見てみたけど、なるほどこれは別人だ。
髪はウィッグ等を利用してセミロングにし、眼鏡をかける。 少し大人っぽくメイクして、目深に帽子を被って顔がよく見えないように細工もしているよ。
体型は誤魔化せないから仕方ないけど、これなら私が清水亜美だということはまずわからないだろう。
「さて、私達もササッと変装するわよー」
何故皆も変装する必要があるのかというと、私についてきてくれるからである。
スマホでの撮影や、顔を見ようとしてくるお客さんを止めるお手伝いを買って出てくれたのだ。
とても助かるよ。
◆◇◆◇◆◇
というわけで、私は皆と一緒に出かける事に。
皆が皆変装していて何が何やらわからなくなっている。
とはいえ、皆もバレーボールのおかげで顔が割れている可能性は十分にあるため、顔を隠す必要があったので仕方ない。
○○駅に到着した私は、千夏さんを見つけて声を掛けた。
「なるほど、変装したわけね」
「はい」
「千夏さん、これからは気を付けなきゃダメだよー?」
「うぅ……はい」
千夏さんと合流した私達は、本日サイン会が行われる予定の書店に到着。
私は裏口から入らせてもらい、小さな休憩室で少し待機する事に。
皆はサイン会が始まるまで適当に時間を潰して来るとの事。
「確認しますね。 今回のサイン会は13時から14時の間。 サインのみで握手等は無し。 マスコミ等の人間は全てシャットアウトするのと、お客さんによるスマホやデジカメ等での撮影も厳禁。
見つけ次第即効データ削除させる事」
千夏さんは書店スタッフさんに、今回のサインイベントでの注意事項を話している。
かなり徹底してくれるようだ。
とはいえ、それでもどれだけ拡散を防げるか……。
「音羽奏さんって若いんですね。 名前から女性じゃないかなとは思っていましたが」
と、店員さんの人が話しかけてくるも、受け応えは全て千夏さんがする手筈になっている。
「奏さんはちょっと人見知りで口下手なので、あまり話しかけたりなさらないようお願いします」
「す、すいません」
何だかとても申し訳ない気分になってくるよ。
でも、そういう設定付けをしておけば、今まで人前に姿を現さなかった理由付けとしても、ある程度辻褄を合わせられる。
中々上手い作戦だよ。
そのまま時間5分前ぐらいまで待機時間となった。
店内には結構なお客さんが待っているらしい事が、千夏さんの偵察で明らかになっている。
マスコミさんも何組か来ていたらしいけど、店舗側が許可を出さないようにしてくれている。
かなり協力的である。
私の本は既に売り切れてしまったらしいとの情報も入ってきた。
「奏ちゃん、そろそろだけど行ける?」
「はい」
千夏さんに言われて、いざサイン会の場へ。
◆◇◆◇◆◇
「お、来た!」
「おおー、あれが音羽奏か!」
「思ったより若いわよ? あの感じだと大学生くらいかしら? 前作を書いたのが高校生ぐらいって事?」
私が姿を現すと、お客さん達がざわざわとしだした。
話題沸騰中の謎の小説作家が遂にその姿を現したのだから当然だ。
少し大人っぽいメイクにした効果があったらしく、私を大学生ぐらいだと勘違いさせる事に成功している。
「すいませんー! 当サイン会について注意事項があります!」
千夏さんがお客さん達に、スマホやデジカメでの撮影およびSNSでの拡散を行わないように伝える。
発覚次第、データを削除、悪質な場合は列から出て帰ってもらうとの事。
「徹底してるなぁ」
「謎めいた人物っていうのを大事にしてるんだろう」
それぞれ解釈はあるだろうねぇ。
後はお客さんのモラルを信じるしかない。 夕ちゃん達も列のあちこちで見張ってくれているし、私は列を捌く事に集中だよ。
「では順番にどうぞ」
千夏さんの言葉を皮切りに、サイン会が開始された。
基本的には、本にサインを書いていく作業になる。
「前作からのファンです! これからも頑張って下さい!」
「は、はい、頑張ります」
すらすらとサインを書いて本を返す。
ふむ。 多いの大学生ぐらいの女性だねぇ。
OLさんっぽい人も見受けられ、列のほとんどが女性である。
前作がガチガチの恋愛物だったし、女性ファンが多いのは当然か。
「前作を読んで勇気を出して好きな人に告白したら、OKが貰えました。 今はその人と結婚して幸せに暮らしています」
「お幸せに」
私の書いた本がそんな風に人の幸せに役に立っていたなんて思いもしなかったよ。
世の中どうなるかわからないものだね。
次の男性のお客さんからは、私の復帰をずっと待っていたと言われた。
更に次の女性には、私の本を読んで作家を目指して本を書き出したと言ってくれた。
何だか嬉しくなってくる。
正直な話、私の書いた本がどれくらい皆に評価されているのか、読んだ人にどんな風に思われているのか、ずっと気にしていた。
今日こうやってお客さんの前に出て、直接その声が聞けて本当に良かったと思う。
最初はミスした千夏さんにちょっと怒っていたけど、今はちょっとだけ感謝もしている。
◆◇◆◇◆◇
あっという間にお客さんは捌けて、タイムリミットの1時間が経過した。
「お疲れ様、奏ちゃん」
「お疲れ様です」
終了とともに千夏さんが声を掛けてくれる。 私は大きく伸びをして、座りっぱなしで固まった筋肉を解す。
すぐに友人達も寄って来て、労いの言葉を掛け合っていた。
「奏姉お疲れー! 凄い数だったねー」
「本当にびっくりだよ」
「まだまだ、音羽奏のファンはこんなものじゃないわよ。 次はどこへ行きましょうか!」
何故か調子に乗る千夏さんに対して、麻美ちゃんが呆れ返っている。
「ダメだよー! 奏姉はあまり人前に出ない方が良いんだからー」
「わ、わかってます!」
「本当かなー?」
千夏さんは高速で頷き「代わりにアサミちゃんのサイン会なんかは……」と言い出し、麻美ちゃん説教されていた。
仕事モード抜けると本当にダメ人間である。
私は、最後に書店の方達に挨拶をして、サイン会を無事に終えたのでした。
あ、そだそだ。 その後、特にSNSやインターネットで写真が拡散されたということも無く、一安心。
皆さん、モラルのある方ばかりだったようである。
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