第492話 皆とのダンス

 ☆夕也視点☆


 さて次のお相手は渚ちゃんかね?

 ん? 何やら麻美ちゃんと亜美から背中を押されてこっちへ向かってくる。

 まさか、本当は俺と踊るのが嫌だが、何かの罰ゲームで仕方なく?


「先輩、その……よろしくお願いします」


 少し顔を背けながら、おずおずと手を差し出してくる渚ちゃん。

 うむ、確信した。 間違いなく罰ゲームの類いだこれ。

 そういうことなら汲み取ってやらねばなるまい。


「任せろ」


 決め顔でそう言い、渚ちゃんの手を取る……フリをする。

 嫌がられるのは正直悲しくはあるが、ここは渚ちゃんの為だ。


「あ、あの先輩? どないしはったんです?」

「皆まで言うな。 罰ゲームで俺と嫌々踊る羽目になったんだろう? 合わせてやるからフリだけでも……」

「えっ?! 罰ゲーム?! ちゃ、ちゃいますよ! 私は普通に今井先輩と踊りたくてですね!」


 何て優しい子なのだろうか! 俺を傷付けまいと取り繕ってくれている。


「良いんだ。 無理する必要はないぞ渚ちゃん」

「だからですね……あーもう、はいっ!」


 と、わざと握らずにいた手を強引に握ってくる渚ちゃん。

 おや? 嫌じゃない?


「良いのか?」

「良い決まってるやないですか」

「罰ゲームで嫌々なんじゃ?」

「だから違う言うたやないですか……むしろ何でそう思うたんか、こっちが教えて欲しいくらいですわ」


 な、何だ思い過ごしか。 なら気にせず踊らせてもらうとするか。


「……結構最初の頃からですけど、先輩は何か私に嫌われてるとか嫌がられてると思うてる節ありません?」

「ぬ……うむ……何でかはわからんが、なんかそんな風に勝手に思ってしまうんだよな」


 本当に何故かはわからんが。

 

「前にも言うたと思うんですけど、全然嫌ってないですよ? 信用して下さい」

「OKわかった」


 これからは渚ちゃんを信じようと思います。


「そう言えば、お姉ちゃんとは何を話したんです?」

「ん? あぁ、実家の事とかかな。 後は和菓子屋の事とか」

「そんだけですか? 余計な事言うたりしてへんかったですか?」

「嫌、特には……」

「そやったらええんですけど」


 ふうむ。 余計な事ってのはよくわからんが、何か俺に告げ口されるとまずい事でもあるんだろうか?


「……あの、もうちょい待ってください」

「んあ? 何をだ?」


 ステップ踏むの速すぎるか?


「その、まだこう覚悟が決まらんと言うか……」

「何の話だ?」

「あ、いや、その! とにかく待っててください!」


 渚ちゃんは顔を真っ赤に染めながらそう言い、手を離して走り去ってしまった。

 な、何だ一体?

 走り去った先では、亜美と麻美ちゃんが渚ちゃんに何か話しかけている。

 その横には、パートナーとのダンスを一旦切り上げたのか、奈々美と紗希ちゃんが順番待ちよろしく立っていた。

 ふうむ、あと4人か。

 手の空いた宏太は、亜美をダンスに誘い快諾されている。

 うーむ。 あいつらも何だかんだお似合いだな……。


「夕也くーん。 次は私だよぅ」

「ん、おう。 よろしく希望」

「うん」


 次のお相手は、元恋人の希望。

 俺と別れ、俺が亜美と付き合い出してからも腐らずに俺のことを一途に想い続けてくれている。

 普段の様子からは、希望が俺達とこの先どうなりたいのか等、どう考えているかは窺い知れない。

 亜美曰く、隙を狙っているらしいとの事だが。


「夕也くん、モテて大変だね」

「まあな」

「はぅ、謙遜しないんだ……」


 と、少し苦笑いしながらそう言い、くるりとターンする。


「私はちゃんと2番目にいますか?」

「ん?」


 不意の希望の質問に訊き返す。


「私はまだ、夕也くんの2番目でいられてますか?」


 真剣な表情でそう問うてくる。

 1番ではないことはもうわかっている。 そういう訊き方だ。


「……そうだな。 亜美と変わらないぐらいには大事だし、好きだぞ」

「はぅ、欲張りさんだ……」

「まあ、たしかにかなり欲張りだな」

「あはは。 じゃあ、まだもうちょっと頑張ってみようかな」


 と、満面の笑みを浮かべてそう言う希望。

 まだまだ亜美と戦うつもりのようだ。

 俺がこんなんだから、希望も中々諦め切れないのかもしれない。

 悪いとは思いつつも、自分の気持ちに嘘をつくつもりもない。

 俺は本当に、亜美も希望も大事なのだ。


「よぅし。 次は宏太くんと踊ってくるね」


 満足したのか、サッと手を離して俺とのダンスを切り上げ、宏太の方へ歩いていく。

 その希望とすれ違いながらやってきたのは紗希ちゃんだ。


「やほー! よろしく今井君!」

「君は彼氏放っておいて良いのかね……」

「裕樹とは踊ったもーん」


 はあ……紗希ちゃんのこの「細かい事は気にしない」という性格はなんとかならんもんか。

 柏原君もかなり気苦労が絶えないだろうに。


「裕樹さー、踊るの超下手なのよー。 私の足は踏むし何故か腕は絡まるし」

「さすがの○太君だな……」


 運動神経皆無らしい。


「それはそうと、ミス月ノ木惜しかったな」

「だねー。 何で負けたのかなー? やっぱりエロさ足りなかったかー?」

「いや、十分エロかったが?」


 何人かぐらいの男はトイレに駆け込んでてもおかしくないと思う。


「あれは、マリアって子を使ってアピールしたから負けたんだと思うぞ?」

「そうなの?! マリアに塩を送っちゃったかー」


 わかっていなかったらしい。

 

「ま、いっか。 優勝しても特に何も貰えないしー」


 やはり細かいことは気にしないらしい。


「ねね、また今度私とアバンチュールしよ? 今度は2人で!」

「君ね……彼氏がいるでしょ彼氏が。 大体、浮気は許さない派じゃなかったか?」

「されるのは許せない派ー!」

「自分は良いのか?!」


 なんて自己中なんだ! 柏原君、本当に良いのかこの子で?


「いやだなー、冗談よ冗談。 たしかに浮気は許さない派だけど、今井君に関しては特別的な?」


 そういえば、紗希ちゃんの初恋って俺って話だったか?

 まさかまだその火が燻ってたりするのか?


「ま、今井君がその気になるように私もあの手この手で仕掛けていくからよろぴくー」

「よろぴくー、じゃねぇよ?!」

「きゃははは! んちゅー」

「んぐ?!」


 本日2度目の不意打ちキスを喰らう。

 チラッと見えた亜美の顔が鬼の形相に見えたのであった。


 紗希ちゃんとのダンスを終え、次はどうやら奈々美のようだ。

 亜美は本当に最後で良いらしい。


「人気者ね」

「皆に言われてるぜ」

「ふふ、そう。 あと私と亜美だけだから、もう少し頑張んなさいよね」

「おう」


 何処となく余裕のある奈々美。

 去年踊った時、奈々美は妊娠疑惑の最中だったんだよな。

 今思えば、あの時の奈々美はたしかに余裕が感じられなかった気がする。


「何考えてんの?」

「去年の事をな」

「エッチしたこと?」

「違うわい! その後の事じゃい!」

「あぁ……あれは忘れたい過去ね」

「実際あの時、本当に妊娠してたらどうするつもりだったんだ?」

「そうね……学校はまず辞めてたわね。 後は両親に話して、あんたに相談して……。 ね、あんたはどうしてたのよ?」


 と、話を俺に振ってくる。


「もちろん、責任は取ったと思う。 まあ、襲われた方だから責任あるのかどうか知らんが。 大学には行かずにすぐ働きに出ただろうな」

「私と結婚だ?」

「だな」


 奈々美は「そうかそうか」と、納得したように頷いた。

 まさか、俺が奈々美を見捨てるとでも思っていたのだろうか?


「シングルの覚悟もしてたのよ?」

「バカめ。 俺はそんな薄情じゃないぜ」

「知ってるわよ」


 しばらく無言でダンスを続ける。

 すると、奈々美が不意にこんな事を言い出した。


「またしましょうね」

「お前なぁ?」

「ふふ、さて。 そろそろ待ち切れなくなってきたみたいだし、亜美に替わりますかね」


 俺に反論の余地を与える間もなく、手を離して去っていく奈々美。

 昔からどうもあいつには敵わないな。 口も喧嘩も。


 さて、いよいよ最後か。

 と、手を差し出したところで、ダンスの曲が止まってしまった。


「あれ? あれれ?」

「……」

「月ノ木祭はただいまを持ちまして終了致します」

「あぅーっ?!」


 何というタイミングの悪さであろう。

 亜美と踊る前に月ノ木祭は終了してしまうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る