第371話 欠点?

 ☆亜美視点☆


 私と夕ちゃんの誕生日会を、奈央ちゃんの別宅にて開催中。

 住み慣れたはずの家なのに、家具が変わるだけでまるで別の部屋みたいだ。

 でも、奈央ちゃんの粋な計らいなのか、私と希望ちゃんの部屋だった所は、以前の状態を完全に再現していた。

 奈央ちゃん曰く「長年過ごした部屋が失くなるのは寂しいって言ってたから」だそうである。

 あえて訊かなかったけど、この家を買い取った理由もそれなのかもれない。


「にしても亜美ちゃん。 あのマリアって子は大丈夫なのかい?」

「んー……一応話は出来たけど、まだわだかまりが完全に無くなったってわけじゃなさそうかなぁ?」


 仲良くやっていこうって言った時、返答に少し間があった。

 まだ私に気を許したわけじゃないようだ。

 あくまで私は「超えるべき壁」という扱いらしい。 

 何事も、上手くなるのに競争心は大事だ。 競い合う相手が近くにいる事で「あの子には負けないぞー」って気持ちが働き、1人で上達するより遥かに効率良く上達していくものである。 お互いがライバル同士だと認識すれば尚更。

 マリアちゃんは、ずっとずっと架空の私に対してライバル心を抱いて、1人でもがいてきたのだろうか?


「マリアってのは新入生か?」


 隣の夕ちゃんが、オニオンスープを啜りながら訊いてきたので、頷いて応えた。

 そして、麻美ちゃんと渚ちゃんが色々補足をしてくれた。


「あの子ねー、私達が3年生の時には当時の中学生プレーヤーのトップって扱いだったよー」

「私は、中学校のバレー部やのうて、クラブチーム所属やったんですけど、噂には聞いてましたよ。 対戦経験はありませんけどね」

「ほぉー、凄い子が入ってきたんだな。 中学生トッププレーヤーって亜美ちゃんみたいなもんか」


 宏ちゃんが「バスケ部にもそんな逸材来てくれねーかな」と続ける。


「あはは……」

「でも、それがあの子のコンプレックスみたいなのよねー」


 今日はマリアちゃんのフォローに回ってくれていた紗希ちゃん。


「コンプレックス?」


 宏ちゃんが訊き返す。


「プレーヤーとしてはまさにオールラウンダーで、実力も超一級品。 天才プレーヤーともてはやされる自分の比較対象は、対戦経験の無い2つ上の天才」

「それって亜美ちゃんだよな?」

「うん。 マリアちゃんはずっと、会った事もない私と比較されてきたんだ。 それも、周りの評価は……」


 ちょっと自分で言うのは躊躇う。

 すると、奈央ちゃんが続けてくれた。


「中学時代の清水亜美の方が遥かに上。 下位互換。 そういう評価だったらしいわ。 まあ、事実そうだろうし、本人も今日それを認めたみたいだけど」

「なるほどなぁ……プレーヤーとしてプライドがズタボロにされていたわけか」

「まあ、何となくわかるぞ。 俺にも佐田さんっていう、化け物じみた壁がいたからな」


 夕ちゃんとバスケの全国大会で何度も対戦した人だね。

 その人にとっての最後の冬の大会で、夕ちゃんが引導を渡したのは記憶に新しい。


「俺は鼻から、劣ってるって自覚はしてたから、周りの評価なんか気にも止めなかったがな。 それでも、ずっと対抗心だけは持ってたよ」

「やっぱり、そういうものなんだね」


 希望ちゃんがしみじみと言うと、奈々ちゃん、遥ちゃん、渚ちゃんが揃って頷く。


「わかるわぁ、化け物と比較される気持ち」

「私もわかるぞー」

「同じくです」


 化け物じゃないんだけどなぁ。


「私なんて、こんな世界の全てを超越してそうなのがずっと幼馴染として隣にいるのよ? ハゲるわ!」

「何で急に怒鳴るのよぉ……」

「さすがに慣れたけど、小さな頃は親にも色々言われたもんよ? 『亜美ちゃんは出来るのに、どうして貴女は出来ないの?』とか」

「あぅ……何かごめんなさい……」


 奈々ちゃんも、少なからずそういう比較のされ方をしてたんだね。


「私もさ、小学校上がるまでは自分は凄いって思ってたもんだけど、小学校に上がったらこれだもん」


 と、奈央ちゃんを指差して笑う。


「これって貴女ねぇ……」

「きゃはははっ! 奈央は幼稚園の頃から色々やばかったから。 幼稚園買い取ろうとしたのよこの子」

「こ、子供の頃でしょ……」


 幼稚園を買い取ろうとする幼稚園児は、世界広しと言えど奈央ちゃんだけではなかろうか。


「私も、お姉ちゃんと散々比較されてきたからようわかります。 廣瀬さん、どこなく私と似た境遇やし、シンパシー感じますねん」


 渚ちゃんのお姉さんは、私のライバルにして京都の天才プレーヤー、月島弥生ちゃん。

 たしかに、マリアちゃんと似たような境遇で、弥生ちゃんを超えて周りに認めさせる為に、遥々京都から月ノ木にやってきた。


「私は自分が天才やなんて思うてなかったし、そこまでのプライドは持ってなかったですけど、やっぱり劣等感もあるし、悔しいとも思います」

「そっか……私、一体どれたけの人に、そんな気持ちをさせてるんだろ……」


 自分の気付かない内に、自分の知らない場所で、自分の知らない人が私と比べられて貶められているとしたら……。

 そう考えると、私としてもあまり気分の良いものではない。


「気にすんなよ」


 隣に座る夕ちゃんが、頭を撫でながらそう言ってくれる。


「でも……私ね、今日マリアちゃんと話してて思ったの。 私は誰かより劣ってるなんて言われた事が無くて……そう言う人の気持ちのわからない、嫌な人間なのかもって。 無意識に他人を見下すような、酷い人間なのかもって」


 私は、私が怖くなる。


「亜美ちゃん。 その考え方そのものが、既に他人を見下してるわよ」


 奈央ちゃんが、私のそう告げる。

 そうなのかもしれない。 この考え方こそ、私は誰よりも優れていると自負している事になる。


「私の欠点……なのかな?」

「違うわよ亜美ちゃん。 私は何も、亜美ちゃんのその考え方を否定してるわけじゃないのよ」


 奈央ちゃんが話を続ける。


「私なんて、この世の全てを見下して生きてるもの。 それに負い目を感じたりもしてないわ。 だって、私は天井人だし」


 と、気持ち良いぐらいにそう言ってのける奈央ちゃん。

 それはそれで凄い精神力だと感心してしまう。


「まあ、それは言い過ぎたけど、要するには気にしちゃダメって事よ。 人を見下せるのは、出来る人間の特権じゃない。 堂々としてれば良いのよ」

「そーそー。 私らはほら。 ちゃんと亜美ちゃんの友達として、こうやって一緒にいるじゃん?」


 紗希ちゃんが、私の方にやって来て、私に抱きついてくる。


「あんたがそんな嫌な奴だったら、皆からそんな慕われてないっての」

「亜美ちゃんが、人から陰口叩かれてるのなんて聞いたことないよぅ」

「そうだよ。 気にせず生きていきな、亜美ちゃん」


 と、皆が私を慰めてくれる。


「ライバルがそんな事で、意気消沈されたんじゃ堪らないわ。 さて、しんみり話はここまで! 今日は亜美ちゃん達の誕生日会なんだし、明るい話題で盛り上がるわよ!」

「そだそだー!」

「うぇーい!」


 暗くなった雰囲気を、一気に吹き飛ばしてくれる仲間達。

 私は、本当良い仲間に巡り会えたんだなぁと、心から思った。

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