第351話 空回り

 ☆遥視点☆


 神山先輩が他の女性と歩いていたという情報を聞いた私は、怒りとショックを受けて友人達に愚痴った。

 しかし、そこから話は急展開を迎えた。

 紗希が神山先輩を呼び出せと言ってきたのだ。

 諦めるな、好きなら奪えという事らしい。

 私は紗希やその他の友人の勢いに押され、仕方なく神山先輩をメールで呼び出した。

 友人達と駅前で待っていると、向こうの方から女性を連れた神山先輩がやってきた。

 少し胸が痛む……。


「さあ、戦争よ」

「や、やっぱりやめた方が……」

「今更遅いってば……」


 奈央が呆れたように言った。

 少しすると、神山先輩と髪の長い女性が私達の前までやってきた。

 うぅ……背も低いし何か可愛い。

 私なんかじゃ勝負にならんよこれは……。


「ごめん、お待たせしたかな?」

「あ、いえ……急にすいませんデート中にぃってててっ?!」


 後ろから耳を引っ張られる。

 紗希である。


「何を悠長に挨拶なんかしてるのよ……先制パンチよ」

「あ、あのなぁ……」


 ヒソヒソと紗希と話をしていると、神山先輩の隣の女性が口を開いた。


「ふぅん……この子か」

「……まあ、そう」


 女性は品定めでもするように、私をじっくりと舐め回すような視線で見る。


「まぁまぁじゃん?」


 ぐっ……ちっこい癖に上から目線で……昔の奈央みたいな人だな。


「遥ちゃん頑張れー……」

「ほれほれ、遥ちゃんも何か言うんだよ」


 希望ちゃんが応援してくれて、亜美ちゃんが後押ししてくれる。


「あ、あの、初めまして……神山先輩のジム仲間の蒼井遥ですぅっいててっ?!」


 また後ろから耳を引っ張られる。

 今度は奈々美だ。


「何を悠長に自己紹介してんのよ? 戦う前に名乗りを挙げるって、あんた武士なの?」

「武士ってあのなぁ……」


 ヒソヒソと奈々美と話していると、女性が口を開いた。


「初めまして。 遥ちゃん。 私は美坂佳奈美、よろしく」


 ぐっ……溢れ出る強者の余裕。 もう勝負はついていると言わんばかりだ。


「……あ、よろしくお願いします」

「あかんわこれ……」


 奈央が、私を見て天を仰ぎ呟いた。


「遥……この戦い、あんたの負けよ。 あんたバカ過ぎて勝負にもならないもの……」

「遥ちゃん、次はもっと良い人見つかるよぅ」

「遥ちゃん、強くなろうね」


 勝手に盛り上がって勝手に人を盛り下がる友人達。

 何がしたいんだ皆……。


「えーと、何で呼ばれたんだろうか?」


 話についてこれないといった感じの神山先輩が、私に訊いてきた。

 正直言って、私も意味がわからない。

 ただわかることは、美坂さんという女性の方が神山先輩とお似合いだということ。

 私は身を引くしかなさそうだ。


「先輩、美坂さん。 お幸せに!」


 私は頭を下げてそう告げ、Uターンしてその場を走り去った。



 ☆紗希視点☆


 遥は、2人に祝福の言葉を残して走り去ってしまった。

 うーん、惨敗ね。

 でも、これであの子もスッキリ忘れられるでしょ。

 中途半端に気持ちが残ると辛いものだ。


「ねー、拓。 あの子、何か勘違いしてたっぽいけど?」

「ん? 勘違い?」


 後ろからそんな会話が聞こえてきた。

 あれれ、雲行きが怪しいぞっと。


「勘違いって何ですか?」


 それを聞いていた亜美ちゃんが、2人に質問している。

 ナイス亜美ちゃん。


「遥ちゃんって子、私達の関係を勘違いしたんじゃないかって事よ」


 つまり……?



 ☆遥視点☆


 神山先輩に祝福の言葉を残してその場を走り去った私は、傷心のままに月ノ木学園へと足を運んでいた。

 こういう時は、体を動かすに限る。

 時間はもうすぐ夕刻になるが、体育館の鍵を借りて中へ入り、バレーボールを出してくる。


 パァン!


 パァン!


 壁に向かってスパイクを打つ練習を繰り返す。

 こうやって体を動かしていると、何もかも忘れる事が出来る。


「っ!」


 パァン!


 そうやって20分程の間、無心で練習していると……。


「あ、いたいた」

「本当だ。 凄いねぇ紗希ちゃん」


 体育館の入り口に、先程まで一緒だった友人達が立っていた。

 私を慰めに来たのだろうか?

 でも生憎、体を動かしている内に全部忘れてしまった。


「どうしたんだい?」

「どうしたじゃないわよ。 そこで彼が待ってるわよ」


 と、奈々美が体育館の外を指差して言う。


「彼?」

「神山さんよ。 早く行きなさい」


 奈央が呆れたように言う。

 何故神山先輩を連れてきたんだ。 せっかく忘れられてたのに。


「話をちゃんと聞いてあげて」


 希望ちゃんが言う。


「話を?」


 よくわからないな。 もう全部終わった事なのに、何を話すんだろうか。

 わけもわからず首を傾げていると、紗希と亜美ちゃんが私の手を引いて体育館の外へ連れ出した。

 そこには、神山先輩が1人で佇んでいた。

 美坂さんとやらは何処へ行ったのだろう。


「んじゃ、私達は体育館に篭るから。 話終わったら呼んでちょ」


 紗希はそう言うと、体育館へ引き返して行った。

 何なんだよ一体……。


「良い友達だね、彼女達」


 神山先輩が口を開きそう言った。

 当たり前だ。 私の自慢の友達だから。


「蒼井さんの為にあんな風に集まって、蒼井さんの為に何でも出来る。 凄い子達だ」

「……話って何でしょう?」


 私は話を先に進める為に、神山先輩に催促した。

 神山先輩は一度頷き、話を始めた。


「蒼井さんは、どうも勘違いをしているらしい」

「……勘違いですか?」


 どういう意味だろうか?


「自分と佳奈美の事。 蒼井さんの思ってるような関係じゃなくて……」

「え……? 恋人じゃないんですか?」

「違う違う。 あー、佳奈美の言ってた通りか……」

「?」

「自分と佳奈美はね、俗に言う幼馴染なんだ。 恋人じゃないよ」


 ……は?


「えっ!? お、幼馴染!?」

「そう。 実は蒼井さんとの事で色々相談に乗ってもらったりしてたんだ」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 か、勘違い? 神山先輩とあの人は幼馴染で、恋人じゃない? 私の空回りだったって事?


「あ、あわわ……」

「いや、紛らわしかったよね。 すまなかった」

「あーいえいえ! 良いんです! 私が早とちって勘違いしただけですから!」


 最悪だー。 これは恥ずかしい。

 穴があったら入りたいってのはまさにこれか。


「〜っ!」

「それで……返事が貰えるって聞いて来たんだけど」

「……はい?」

「この前の返事」


 あ、あいつら~!


「あれ、違う?」


 首を傾げる神山先輩。

 し、仕方がない……私もようやく答えを見つけたんだし……。


「こ、ここ、こんな私で良ければ……お願いします」


 私は右手を差し出して、そう返事をした。

 神山先輩も「よろしくお願いします」と、私の差し出した右手を握った。



 ◆◇◆◇◆◇



 神山先輩とは今日は別れて、奈央、紗希と帰り道にを歩く。


「まあ、何はともあれ一件落着。 終わり良ければ何とやらってね」


 紗希は軽い感じでそう言った。

 今回ら私の早とちりから始まった騒ぎ。 友人を振り回して申し訳なく思う。


「何か巻き込んで悪かった」


 なので、素直に謝る。


「……バカねあんた」

「そうそう。 別に巻き込まれたとか思ってないわよ」


 と、2人はこんな感じだ。 いや、多分他の3人も同じことを言っただろう。

 本当に皆、お人好しというかなんというか……。

 でも、そんなお人好しの友人達を持てて、私は幸せ者だと思う。

 今回の事は、感謝しかない……皆、ありがとう。



 余談だけど、例の映画をススメたりバレンタインのお返しは10倍と神山先輩に吹き込んだのは、あの美坂さんだったらしい。

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