第307話 ライバル達の進化
☆亜美視点☆
現在、春高の準決勝第1試合の京都立華と大阪銀光の試合を観客席で観戦中。
大阪の姉妹が新たな連携を見せて、京都立華を押している。
「まあ、京都立華がこのまま何もせず負けるってことは無いわよ」
「そうねー。 どこかで反撃してくるっしょ」
そうだよ。 だからこそ私達の最大のライバルなんだから。
「頑張れ立華ー! 大阪の連携の相手はしたくないよー」
「み、宮下さん?!」
急に背後から大声が聞こえてきたと思ったら、東京代表が座っていた。
いつの間に……。
「やほー」
「あんた相変わらず元気ね」
「まあ、それが取り柄だし?」
「おー! 私と一緒だー!」
「んー、君は藍沢さんの妹ちゃんだっけ?」
「です!」
何故か2人は意気投合して、ガッチリと握手を交わしている。 やっぱり似た者同士だったか。
「ねぇ、宮下さん。 さっきの言い方だと、準決勝は私達に勝てると思ってるのかしら?」
奈々ちゃんが、腕を組みながら宮下さんに問う。
すると宮下さんはニヤリと笑い、当然のように言った。
「当たり前でしょー! 負ける気なんてさらさら無いからね」
「ほほー……言うわね」
奈々ちゃんと宮下さんは、バチバチと火花を散らすのであった。 この2人の関係もライバルと言えるね。
さて試合の方はというと、両チームとも火力が高いチームなので攻撃は通っている為、点差は変わらず試合は進んでいる。
15ー18で、わずかに大阪リードである。
立華はどこかで姉妹を止めないと、このセットを落として展開が不利になってしまう。
さあ、どうする弥生ちゃん。
「お、姉妹それぞれに1枚ずつブロックをつけるみたいね」
「ですわね」
姉妹両方にブロックを集中するらしい。
たしかにそれなら姉妹の交差速攻を使いづらくなり、他の人へのトスが増えるだろう。
しかし、その分他の人へのブロックが薄くなり、スパイクは素通しになる。
そのカバーを一体誰がどうするのかだけど……。
「ね、ねぇ…弥生のあれってもしかして?」
奈々ちゃんが、冷や汗を流しながら言った。 私も、弥生ちゃんに視線を向けてみる。
「あ、あれは……」
「あらら。 入ってますわね、ゾーンに」
ここから見てもわかる、弥生ちゃんの放つあの強烈なプレッシャー。
1年の夏の大会で見せた、あの怖いくらいのプレッシャーだ。
この場面でゾーンに入るなんてさすがだよ。
弥生ちゃんは、自陣のど真ん中にポジションを取っている。
「どうするんのかしらねー?」
「……多分スパイク全部拾うつもりだと思うよ」
と、希望ちゃんが言った。
いくらなんでもそれは……。
「無理でしょ、さすがに。 ど真ん中にいたって、高速で飛んでくるスパイクに追いつくなんて、それこそ先読みでもしないと……」
「チームの連携次第では、ある程度先読み出来るよ?」
リベロの希望ちゃんが言うのだから、そうなのかもしれない……そうなのかもしれないけど。
コートに目を向けると試合は今まさに、姉妹が同時に跳んだところである。 キャミィさんとMBがブロックに跳ぶと、妹さんはそれを避けて他の人にトスを上げた。 ここまでは想定通りだ。
トスを貰った人がスパイクを打つ為に跳ぶと、弥生ちゃんは即座にクロスのコースに構える。
スパイクされたボールは、弥生ちゃんが移動した先に飛んで行った。
もちろん、真正面なので簡単に拾う。
「な、何で何で?」
麻美ちゃんが希望ちゃんに訊いている。
「今ね、立華選手が皆ストレート寄りに構えてたでしょ? あえてクロスを空けてたんだよ、そこに打たせるために」
守備位置に隙間を作る事で、そこに打たせるように駆け引きを仕掛けたって事らしい。 立華の頭脳プレーだね。
レシーブが上がった後は眞鍋さんがトスを上げると、ゾーン状態に入った弥生ちゃんが物凄いバックアタックを決めた。
「あの状態の月島さんは、止まりませんわよー」
1年時の夏の大会で嫌というほどわからされている。 私でも手も足も出なかったぐらいだ。
でも、このタイミングでゾーンに入って、最後まで体力が保つのだろうか?
と、私が心配になっていると。
「渚、よく見ておきなさい。 あれがあんたが越えようとしてる壁の高さよ」
「はい……」
奈々ちゃんは、渚ちゃんにそう言った。
とても高い壁である。
試合の方はその後、弥生ちゃんがめちゃくちゃに暴れ回り、1セット目を逆転で取った。
「2セット目の焦点は、立華が今のうちにどれだけ点差をつけられるかだね」
「だなー」
「弥生のあれが解けたら、一気に崩れそうだもんねー」
2セット目も開始早々に、弥生ちゃんが大暴れした。
極限の集中状態になった弥生ちゃんは、レシーブにブロックにスパイクにと、大阪銀光を圧倒する。
しかし、中盤以降に明らかに疲労による失速を起こす。
「あー、集中切れたわね」
「うん」
9ー16、タイムアウト明けのプレーでは、既に動きにキレが無くなっていた。
点差は7点差。 果たして、立華はここから逃げ切れるのだろうか?
「立華はあと9点かぁ。 弥生が動けるならセーフティーリードだけど……」
「ダメね。 交替だわ」
弥生ちゃんはベンチに下がるようだ。
ここからではどのような表情をしているかは見えないけど、きっと悔しいだろうと思う。
そこからの試合展開は、徐々に大阪銀光が盛り返していき、2セットを取り返すと、3セット目も立華に対して新連携を駆使してリードを奪いセットを連取。 4セット目には何とか立華が粘り、セットを取り返す。
そして、現在5セット目の中盤に差し掛かったところで銀光が4点リードしている。
「……ここまでかしらね」
「あ、でも弥生ちゃんがコートに戻るみたいだよ」
選手交替だ。 弥生ちゃんがコートに戻ってきたようだけど、少しは体力回復できたのだろうか?
まだ一波乱あるかもしれないよ、この試合。
「お姉ちゃん! 気張り屋や!」
渚ちゃんが大声で叫ぶと、弥生ちゃんは背中を向けながら右手を上げて親指を立てた。
そして……、また、背筋が凍る程のプレッシャーを放った。
1試合に2回もゾーンに……。
「何あれ、化け物じゃない」
宮下さんの声が後ろから聞こえてきた。
たしかに化け物だ。 一度ゾーンが切れて疲労困憊の状態に陥ったにも関わらず、再度ゾーンに戻ってきた。
少し休憩したからっていって、容易く入れるものじゃない。
そもそも、ゾーン自体が超一流選手でも稀に体験できるレベルのもの。 それをこんな頻繁に……。
「まさか……弥生ちゃん、自分からゾーンに入れるようになったとか?」
「そんなこと出来るの、亜美ちゃんだけだと思ってましたけど……あの子ならあり得えますわね」
やっぱり、弥生ちゃんも世界選手権の後から進化していたんだ。 凄い……皆凄いよ。
試合はどうやら、最終局面に入ったようだ。
弥生ちゃんもゾーンに戻ってきたとはいえ、先程のようなキレはさすがにないようだ。
姉妹の速攻に対しての反応も少し鈍い。
攻撃力はキャミィさんが補い、点の取り合いでは負けていないのだが、序盤に取られたリードがきつい。
しかし、そこは総合力で勝る立華。 少しずつだけど、姉妹の連携に食らいつき始めた。
少しずつ差を詰めていき、終盤でついに追いついた。
「とんでもない底力だわねー」
紗希ちゃんが呆れたように言った。
伊達に絶対女王とは呼ばれてないよね。
そろそろ試合も終わりそうだし……。
「皆、行くよ」
私達は私達の試合の準備をしなくちゃいけない。
この試合の結末を見たいけど、それは応援メンバーに任せる。
「後で結果伝えにき来てね」
「はいっ」
応援メンバーに一言告げて、私達レギュラーは観客席を後にした。
「弥生ちゃん、決勝で会おうね」
◆◇◆◇◆◇
ロッカーで着替えていると、応援メンバーの1人がやってきて試合結果を教えてくれた。
京都立華が大阪銀光を僅差で下して、決勝に駒を進めたらしい。
やっぱり、私達の最大のライバルは強いよ。
私達も負けてられないね。
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