第285話 聞き込み取材
☆亜美視点☆
12月に入り、今年も残すところあと1ヶ月。
来年は私達も受験生である。
気の早い話かもしれないけど、きっとあっという間だ。
カタカタカタカタ……
先月から執筆を始めた小説も、順調に進んでいる。
話的には中間辺りで、起承転結で言えば転に差し掛かる辺りである。
「ふぅ……どうしても、この辺の描写がイマイチだねぇ。 もうちょっと何かないなぁ……」
今、私が書いている物は、大学生の駅伝を題材にした作品である。
少ないメンバーで箱根を目指し、ケガや人間関係の拗れを乗り越えて、襷を繋いでゴールを目指す。
人間ドラマ味のある物にしたいと思っている。
のだけど……。
「実際に駅伝走った事無いから、結構難しいなぁ。 走ってる最中の苦しさとか、思いとか……想像で書いちゃうと、ありきたりな文章になっちゃうし……」
頭を悩ませる私。
書くからには良い物を書きたい。
「こういうのは、経験者に取材するか自分で経験するかなんだけど……」
周りに経験者がいるかどうかはわからない。
自分で駅伝に出てみると言っても、今すぐどうにかなるものでもない。
やっぱり経験者を探して聞いてみるのがいいよね。
「問題は、知り合いに駅伝経験者がいるかどうかだね」
陸上部の人に聞いてみるのがいいかもしれない。
それでいなかったら仕方ないね……。
◆◇◆◇◆◇
翌日、早速陸上部の友人に話を聞いてみることにした。
まずはクラスメイトだ。
「中瀬さーん」
「はーい? どうしたー?」
陸上部員の中瀬さんは、たしか長距離の選手だったはず。
もしかしたら駅伝を走ったこともあるかもしれない。
「中瀬さんに訊きたいんだけど、駅伝って走ったことある?」
「駅伝? 私はないけどそれがどうしたの?」
「えと、ちょっと駅伝選手の走ってる時の心境とか知りたいなぁ、なんて思って」
さ、さすがに小説を書く為の取材とは言えないねぇ。
中瀬さんは首を傾げながら「変わったことを知りたいんだね」と言われてしまった。
私はとりあえず「あはは……」と苦笑いをしておく。
「でも、そうねぇ。 ちょっと陸上部の子に訊いてみてあげるよ」
と、スマホを取り出して、素早くメッセージを入力していく中瀬さん。
「陸上部のLINEグループにメッセージ投下しておいたから、反応あったら教えてあげるよ」
「ありがとう! 助かるよ!」
「あははは。 じゃあね」
「うん」
駅伝経験者の人、いればいいんだけどねぇ。
そう思いながら自分の席に着くと、希望ちゃんと紗希ちゃんがサササッと寄ってきて話しかけてきた。
「中瀬さんと何を話してたの?」
「うん。 駅伝を走ったことあるか訊いてたんだよ」
そう教えてあげると、2人は顔を見合わせて。
「駅伝って、襷を繋ぎながら走る駅伝?」
「うん、そうだよ」
これまた不思議そうに首を傾げる2人。
紗希ちゃんが口を開いた。
「なんでまた急に駅伝なの?」
「うーん。 ちょっとね」
「んー、また隠し事?」
希望ちゃんがタレ目を吊り上げて怒ったように訊いてくる。
うぅ、そんな目で見ないでほしいなぁ。
「あの、全部関係してることだから……その……ごめん」
「はぁ……わかったよぅ」
「どうでもいいけど、バレーボールやめたりしないわよねー?」
今度は、紗希ちゃんが心配そうに聞いてきた。
バレーボールをやめて、駅伝選手になると思っちゃったのかな?
「やめないよぉ。 大丈夫大丈夫」
「それなら安心した!」
私からの言葉を聞いて安心したのか、満面の笑みでそういうのだった。
私がバレーボールをやめるのは、高校を卒業した時だと思う。
ただ、もしオリンピックやワールドカップバレーなんかで日本代表になれるなら、もう一度世界の舞台で試合をしてみたいとも思うようになった。
世界選手権を戦ったことで、心境の変化があったのだ。
キーンコーンーカーンコーン……
「おっと、授業始まる始まるー」
希望ちゃんと紗希ちゃんが席に戻り、次の授業の準備を始める。
次の授業は数学。 私も準備を始める。
◆◇◆◇◆◇
昼休憩になると、中瀬さんが近付いて話しかけてきた。
「清水さーん」
「はーい」
「朝の話だけど、経験者3人いたわよ。 内2人は同じチームだったみたい」
「おお! それは良いね!」
同じチームで襷を繋いでたなら、その辺の心境とかも聞けそうだ。
これはなかなか良い資料になるよ。
「どうする? お昼一緒に食べながら話聞く?」
「うん。 お願いします!」
「了解ー。 じゃあ連絡しとくね」
「うん」
中瀬さんと話していると、後ろから夕ちゃん、希望ちゃん、紗希ちゃんが声を掛けてきた。
こちらは、一緒にお昼食べようと誘ってきたのだけど……。
「ごめんっ! 今日は中瀬さん達と一緒にお昼食べるの。 駅伝の話聞けそうだから」
「はぅ……わかったよぅ」
「駅伝? 何だそれ?」
「亜美ちゃん、駅伝選手の話が聞きたいんだってー」
「何でまた?」
「それは秘密ー。 そういうことだから皆によろしくー」
夕ちゃん達に手を振って、私は中瀬さんとともに教室を後にした。
思えば、高校に上がってから皆とのお昼を断ったのはこれが初めてだ。
◆◇◆◇◆◇
「お待たせー」
「本当に清水さん来た!」
「あはは、お話聞かせてもらえるってことだから」
「うんうん、駅伝の話だっけ? 駅伝走りたいの?」
まずそんなことを聞かれてしまう。
もちろんそんなことはない。
「ううん。 ちょっと訳あって参考にしたいんだよね」
「んー? よくわかんないけど話せることなら何でも話すよ」
「ありがとう。 それじゃあねぇ」
私はメモ帳を取り出し、お昼ご飯を食べながら色んなことを質問しては聞き出していく。
やはりというか、経験者の話はかなり為になる。
想像で書いてては思いつかないような事も一杯あった。
「ありがとう! 凄く貴重な話だったよ!」
「そ、そうかな?」
「うん! きっと役に立てて見せるよ!」
「なんだかわからないけど頑張ってね」
話をしてくれた3人と中瀬さんにお礼をして。
お昼の休憩時間を終了した。
◆◇◆◇◆◇
で、その夜は早速執筆。
昨日手を止めた場所を書いていく。 聞いた話を自分なりに咀嚼して、私らしい文章にしていく。
駅伝のシーンはこの作品のメインになるシーンだ。
それまでの練習や、ケガとの闘い、過去のトラウマ等、選手それぞれの心理描写を描きつつ進んでいく。
「うんうん……いい感じだよぉ」
駅伝シーンも途中まで書けたところで、今日はそろそろ寝ようと思い飲み物を飲みに1階へ降りる。
キッチンへ向かおうと、リビングの前を通りかかったときにお父さんとお母さんの話し声が聞こえてきた。
こんな時間に何を話してるんだろう。
「それじゃあ、来年の4月には東京に?」
「うむ」
4月? 東京? 何だろう?
「この家はどうするの?」
「手放すしかないだろうな」
え……? 手放す? この家を? 何で?
「亜美と希望は嫌がるでしょうね」
「そうだな」
何? 何なの?
話だけ聞いてると、来年の4月にはこの家を売って東京に行くって意味に聞こえるけど。
「2人にも早めに話したほうがいいな……」
私と希望ちゃんの知らないところで何か話が進んでいることを、私達はまだ知らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます