第284話 宏太の焦り

 ☆宏太視点☆


 今日はもう11月20日の金曜日。

 ウインターカップまではあと1ヶ月ちょっとしかない。

 この左手を骨折してからは約2週間だが、ちゃんと間に合うのだろうか?

 ギプスが取れたとして、以前のようにプレーできるだろうか?

 今日も今日とて部活に参加し、右手だけでボールハンドリングの練習や走り込み、下半身の筋トレ等を重点的にこなしていく。


「はぁ」

「何ため息ついてんだキャプテン」


 スクワットをしていると、後ろから夕也が話しかけてきた。

 ロードワークから帰ってきたところのようだ。


「夕ちゃん速いよぉ」

「はぅぅぅ……」


 どうやら亜美ちゃんと希望も夕也について走っていたらしい。

 好きだなぁ本当に。


「いや……いつギプス取れんのかなぁと思ってな」

「まだ2週間とちょっとだろ? もっとかかるって」

「そうだよ。 綺麗に折れてたみたいだからな治りは早いかもしれないけど」

「つってもなぁ……来月にはウインターカップがあるんだぜ? 早く治して本格的に練習しねぇと」

「焦っても仕方ないだろ。 なるようにしかならねぇんだから」

「そうだよ」


 全く、わかってないなぁこの幼馴染達は……。

 しっかり練習できないとやっぱ不安になるもんなんだよ。


「宏太くん……私の所為で」

「だぁーもう。 希望は悪くないっての」

「……ねぇねぇ。 2人はどうして急に名前で呼び合うようになったの?」


 と、亜美ちゃんが首を傾げながら訊いてきた。

 俺と希望は顔を見合わせて。


「なんだかんだで10年近く幼馴染だからね」

「まぁそうだけど」


 むしろ、何で今まで名前呼びじゃなかったのかの方が不思議だ。


「別に深い意味はないぜ」

「そかそか。 一緒にいる内に新たな恋が芽生えたのかと」

「な、ないよぅ!」


 全力で否定されるのも何だか悲しいものである。

 亜美ちゃん達は、バレー部の練習の為に、コートの方へと向かっていった。


「なあ、希望に何かしたら……わかってるよなぁ?」


 黙って話を聞いていた夕也が、急にそんな事を言い出した。

 なんか目が怖ぇんだが。


「しねぇよ。 あっちも願い下げだろ」

「だよなぁ」

「笑いながら言うな!」


 それを聞いて満足したのか、夕也はシュートの練習を始めてしまった。

 希望と別れて亜美ちゃんを選んでも、やっぱり気にはするんだな。

 何というか、可哀想な奴だなあいつも……。

 あんな良い子2人から、どっちかだけしか選べないなんてよ。


「ふうむ……それにしても窮屈だ。 実はもう骨くっついてるんじゃないか?」


 次病院行ったらレントゲンで見てもらうか。

 さっさとギプス取って、ちゃんと練習しねーとな。



 ◆◇◆◇◆◇



 というわけで、通院日の月曜日。

 部活の事は夕也に任せて、病院へやってきた。


「なぁ先生。 もう骨くっついてるんじゃないんすか?」

「んー? まだ2週間と少しだからねー。 まだ完全にはくっつかんだろ」


 ぐぬー……。


「レントゲン撮って見てくれないっすか?」

「君ねー、いくら何でも2週間じゃギプスは取れないよ? 大会近くて焦るのはわかるが、いま焦ってギプス取ったら逆に治りが遅くなる。 転倒してくっつきかけた骨がまた折れたりズレたら大変だ」

「ぐっ……」

「医者と親の言う事は聞いておくもんだ。 まあ、一応レントゲン撮って経過だけは見ときましょうか」


 レントゲンを確認すると、たしかに治りかけてはいるが、まだまだ継ぎ目が弱くて危ないので、ギプスを取るのはまだ先だと諭されてしまった。


 病院から戻ってくると、希望が俺の家の前でボーッと立っていた。

 そうか、今日は家事手伝いの日だっけか。


「悪いな、待たせて」

「あー、大丈夫だよ。 さっきまで奈々美ちゃんの家で待ってたから」

「さよか」


 鍵を開けて家に上がってもらうと、早速洗濯から始め出した。

 俺は部屋で着替えてリビングへ移動。

 洗濯機を回し始めた希望は、部屋を順番に掃除し始める。

 何つーか手際良いな。


「どうだった? 左手」


 掃除機をかけながら、怪我の経過を訊いてきた。

 自分が関わった怪我だけに、気になるのだろう。


「まだ完全にはくっついてないみたいだな。 早く練習したいのに、ギプス取れないんじゃ本格的な練習出来ねーよ」

「この間も言ったけど、焦っても仕方ないよー」

「でもなぁ」

「1ヶ月やそこらちゃんと練習出来ないだけで、下手にはならないよ」

「上達もしないだろーがよー」

「そうかもしれないけど……でも、そんなぐらいで皆に置いてかれるような、そんな練習を今までしてきたわけじゃないでしょ? ちゃんと、今までやってきた練習は宏太くんを支えてくれてるよ」

「……」


 今までやってきた練習……バスケを本格的に始めたのは小学生5年の頃だったか。

 あれから、ずっと練習しまくってきた。

 毎日毎日……。


「私は、宏太くんがずっと練習してきたのを知ってるもん。 今はちょっと休憩時間だと思って、ゆっくりしてなよ」

「そう……だな。 なんか焦り過ぎてたのかもな」

「うんうん。 基礎練とかはサボらずに毎日やってるし、大丈夫だよ。 それに、練習するだけじゃなくて、仲間のプレーとか観察する良い機会にもなるかも? 他の人のプレー見て、何か閃いたりするかもしれないよ」


 と、プラスになる事もあるのだという事を、希望は教えてくれた。

 俺はマイナスな事ばかり考えていたようだ。


「そうか、そうだよな。 サンキューな」

「いえいえ。 同じスポーツ選手として、役に立てて良かったよぅ。 って、怪我の原因作った私が言ってもね」


 まだ、原因は自分だと思っているようだが、あれは俺も急いで階段を降りていた所為である。

 何度もそう言っているのに、この子はそれでも納得はしない。

 よく分からない奴だ。

 あらかた家事を終えた後、帰る彼女を家まで送り届けるのがお約束となっていた。


「何かジュースでも飲むか? 世話になってるし奢るぜ」

「え? ありがとう! じゃあ、リンゴジュース」

「あいよ」


 途中の自販機で、リンゴジュースを買ってやると、チビチビと飲みながら隣を歩く。

 希望とこんな風に過ごした事ってあんまり無かったなぁ。

 同じ幼馴染でも、あいつらとはちょっと違う距離感があったのはたしかだ。

 何でなんだろうなぁ。


「ここで良いよ。 ありがとう」

「おう、じゃあな」


 清水家の前で別れて、来た道を戻る。

 今日も藍沢家の夕飯を頂くとするか……。

 世話になりっぱなしである。



 ◆◇◆◇◆◇



 翌日の部活……。


「おらおら、飯島ーっ! そんなんで俺からポジション奪えると思ってんのかー! 腰を落として重心低くくしろー!」

「はいっ!」

「何だ何だ? 宏太どうしたよ?」

「あん? 練習出来ねーなら、こうやってチーム全体を見て底上げするしかないだろうが」

「まあ、そうだが。 何かあったか?」


 不思議そうに訊いてくる夕也に対して、俺はただ一言だけこう返した。


「焦っても仕方ねーだろ」


 希望のおかげで、心に余裕が出来て焦る気持ちも幾分マシになった。

 昨日からNBAの動画を漁ったりして、普段やらないような研究なんかも始めた。

 何も練習だけが全てじゃない。

 今出来る事をやっていけば良いんだ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る