第217話 欲しいものは

 ☆希望視点☆


 現在、私の誕生日パーティーが夕也くんの家で行われてる。

 のだけど、皆の視線は私よりも新しく仲間入りを果たしたハムスターちゃん達に注がれている。

 その愛らしい姿と仕草で、女子達のハートを鷲掴みにしてしまったようだ。


「ねーねー、この子なんて言う種類の子なの?」

「えーっとたしかサファイアブルー?」

「へぇ……綺麗な毛色ね」

「そうだねぇ。 おいでー……んん? 名前は?」

「はぅっ!? まだ決めてなかったよぅ」


 可愛さに見惚れてて全然考えてなかったのだ。

 名前が無いと呼びづらいよね……。


「まぁ、慌てて考えなくてもいいんじゃない?」

「う、うん。 そうだね」


 でも、速めに名前を付けてあげた方が良いに越した事は無いね。

 あとで亜美ちゃんにも考えてもらおう。


「ほらほら、皆夕食とか食べちまってくれよぉ。 誕生日パーティー終わらねーぞ」


 夕也くんが、手を叩いて皆を促してくれる。

 そうだよ、私の誕生日パーティーなんだよ。


「す、すいません。 あまりに可愛らしいもんやからつい……」

「そうだよ! この子達が可愛いのが悪い!」


 渚ちゃん、麻美ちゃんが正直な感想を述べてくれる。 ま、まあそうだよね。

 とりあえず、皆でテーブルを囲み直してパーティーを再開する。


「で、今日はどこ行ってきたんだい?」


 遥ちゃんが、私と夕也くんがどこに行っていたのかを訊いてきた。


「今日はサファリパークと、ペットショップ。 それからドッグカフェだよ」

「動物三昧やったんですね?」

「そうそう」

「希望ちゃんは可愛い物好きだからねぇ」


 亜美ちゃんの言う通り、私は無類の可愛い物好き。

 それはもう、皆が知っている。


「こいつ、ペットショップのハムスターとかドッグカフェにいた犬にもうデレデレでなぁ」


 夕也くんがその時の私の様子を、細かく皆に伝えている。

 う、恥ずかしい。


「ゆ、夕也くぅん」


 照れ隠しで夕也くんの頭をポカポカと叩く。

 夕也くんは「悪い悪い」と笑いながら謝っている。


「こらぁ! 何イチャついてるのよぉ! 夕ちゃんは私の恋人だよ!」

「今日は私の誕生日だよぅ!」


 バチバチ……


 久しぶりに視線をぶつけて火花を散らす私達。

 その隙を突いて紗希ちゃんが……。


「んじゃ、間取って私がぁ」

「「だめぇ!」」


 亜美ちゃんと私が同時に怒る。

 紗希ちゃんは本当に、冗談なのか本気なのかわからないから困る。

 以前訊いた時は「冗談だよー」なんて言ってたけど。


「それにしても、賑やかですね」

「渚、これに慣れないと私達のノリにはついてこれないぞー」

「が、頑張っては見るけどなぁ……」


 渚ちゃんは、私達先輩たちの前では比較的大人しい感じだけど、同級生たちと一緒の時はどうなんだろう?

 麻美ちゃんなら知ってるのかな?


「ねね、麻美ちゃん」

「どうしたの希望姉ぇー?」

「渚ちゃんって同級生と居る時もこんな感じ?」

「ゆ、雪村先輩?!」

「お、それ気になるなー」

「私もー」


 と、意外とこの話題に興味があるらしく、皆が食いついてきた。


「渚ねー。 クール美女って感じで済ましたキャラしてるよ?」

「うぐ……」

「でも、林間学校の肝試しで怖がりで可愛いとこがあるってのが数人にバレてるけどね」

「うぐぐ……」


 渚ちゃん恐がりなんだ。


「私と一緒だね!」

「希望ちゃんと比べるのは失礼だよ」

「なんでぇ!?」

「希望の怖がりは世界一レベルだからな」

「ひどい」


 私、そこまで怖がりだろうか?

 一応皆の顔を見て「そんな事無いよね?」と訴えてみると、全員一致で首を横に振って「そんなことある」と答えた。

 はぅー……。


「怖いものは怖いしいいじゃない……」

「そやそや……」


 ここに怖いものはダメダメ同盟が結成されたのであった。



 ◆◇◆◇◆◇



 パーティーも終わり、誕生日プレゼントも皆から貰った。

 夕也くんは、渚ちゃんをマンションまで送っていっているため今はいない。

 パーティーの後片付けをしようとしても、今日の主役はゆっくりしてなさいと奈々美ちゃんに言われてしまったので、佐々木くんと2人でリビングでハムスターちゃんにエサを上げている。


「食ってる食ってる」

「うんうん。 ケンカしないで食べるんだっよぅ」


 2匹は、それぞれの小さな手にエサのドライフードを持って、ガジガジと齧っている。

 なんて可愛さ。


「佐々木くんってハムスターにも詳しいの?」

「んあ? 詳しいってことは無いぜ? ペットショップで育て方聞いたんなら、その通りに育てていけばいいと思うぞ」

「そっか」

「ああ、でもひまわりの種とかはあんまり上げすぎるなよ?」

「え?」

「あれやり過ぎると、肥満になるからな? おやつとして日に1回上げるか上げないかぐらいで良い。 栄養はこういうドライフードでしっかり取れるからな」

「そうなんだ! 知らなかったよぅ」


 佐々木くんは生物とかに妙に詳しい。

 もしかして将来はそういうことをやりたいとかあるのかな?


「宏太ぁ、帰るわよぉ」

「宏兄ぃ、ボディーガードよろしくぅ」

「あいよ。 じゃあな、雪村」

「うん、またね」


 皆を見送ると、入れ替わりに亜美ちゃんがリビングへやって来た。

 お片付けは終わったようで、ソファに座り「ふぅ」と一息ついた。


「ねね、亜美ちゃん。 この子達の名前考えるの手伝ってくれない?」

「フルーツパフェ」

「え? あ、うん。 奢る奢る」

「じゃなくて、フルーツちゃんとパフェちゃん」

「えっ?!」


 まさかの名前候補だった。

 まさかハムスターの名前にフルーツパフェと名付けるとは思わなかったよ……。

 それはちょっと好きすぎない?


「でもパフェちゃんは可愛いから、メスの方にはパフェちゃんでいいかな」

「フルーツも可愛くない?」

「ちょっとねぇ……」

「まぁ、飼い主の希望ちゃんが言うなら仕方ないねぇ。 うーんうーん。 じゃあバニラくんは?」

「バ、バニラくん?」


 どうもその系統から離れることはできないようだ。

 でもバニラくんかぁ。 なんだかしっくりくる。


「うん。 バニラくんとパフェちゃん!」

「あ、決まりなんだ」


 意外といった感じで亜美ちゃんが言う。

 ダメ元だったらしい。


「ありがとう亜美ちゃん」

「ううん、どういたしまして。 さて、私はもう戻るけど、希望ちゃんはどうする?」


 亜美ちゃんはソファーから立ち上がるとそう訊いてきた。

 夕也くんが帰って来る前に、家に戻っちゃうようだ。


「って、聞くまでもないよねぇ?」

「え?」


 亜美ちゃんは、そのままくるっと廊下の方を向いて──。


「今日一日、夕ちゃんは希望ちゃんに貸しちゃってるわけだし……つまりまだ夕ちゃんは希望ちゃんの物だし……今お邪魔なのは私だもんねぇ」

「じ、邪魔だなんてそんな……」


 そんな事は思ってない。 何を言ってるんだろう亜美ちゃん。


「夕ちゃんによろしく言っといてねぇ」

「え? え?」


 そう言って亜美ちゃんは、リビングを出ていく。

 廊下に出たところでピタリと足を止めて、こちらを見ずに一言だけ残していった。


「今日だけだからね?」と。


 しばらく呆然としていると。 10分ほどで夕也くんが帰って来た。


「あれ? 亜美も帰ったのか?」

「う、うん」


 夕也くんも帰って来たし、私も帰ろうかな……。

 と、思ったところで亜美ちゃんの言葉を思い出す。

 今日一日は私のモノ……今日だけ……。

 私は生唾を飲み、チラッと夕也くんの方を見る。


「ん?」

「……あ、あのぅ」

「どうしたー?」


 ソファーに座りながら、バニラとパフェを覗き込む夕也くん。


「どうしても欲しい物がありまして……」

「んんー?」

「……そのぅ」

「?」


 さ、さすがに一晩抱いてくださいとは恥ずかしくて言えないよぅ。


「キ、キス……」

「魚の?」

「違うよぅ、もぅ!」


 私は夕也くんの隣に移動して、無理矢理に唇を重ねた。

 夕也くんは特に抵抗もせずに受け入れいる。

 多分わかっていて言ったのだろう。 意地悪だ。


「……ありがとぅ。 じゃあまた明日ね」

「お、おう」


 私は、バニラとパフェの飼育ケースを持って今井家を後にした。

 家に帰ると亜美ちゃんから「朝帰りだと思ったのに」と言われてしまった。

 亜美ちゃんはやっぱりそこまで許す気だったらしい。

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