第187話 進路希望

 ☆亜美視点☆


 5月も中旬を過ぎた18日の月曜日である。

 私は、配られた1枚のプリントを前に頭を悩ませている。

 そのプリントは小さな物だけど、どんなテスト用紙より難題である。

 見出し欄にはでかでかと「進路希望調査」と書かれている……。


「(進路かぁ……具体的には決まってないんだよねぇ)」


 私は、シャーペンをクルクルと回しながら、未だ白紙のプリントと睨めっこする。


「このプリントは今月中に提出してください。 以上」


 HRが終わり、放課後となった。

 進路希望……皆はどうするんだろう?

 見た感じでは、数人の生徒は既に提出し終えている。

 私は今のところ進学までは決まってるんだけど、将来何をやりたいかが決まってない。

 なので、どんな大学に進学しようかが決まらない。

 私はチラリと夕ちゃんに視線を移す。

 夕ちゃんは夕ちゃんで、プリントと睨めっこしていた。

 おんなじだ。

 家で考えよう。 とりあえず部活だよ部活。


 ◆◇◆◇◆◇


 更衣室で着替えながら、奈々ちゃんと希望ちゃんに訊いてみた。


「奈々ちゃんは進学だよね?」

「えぇ、一応そのつもりよ」

「希望ちゃんも?」

「うん」


 うーん、皆進学みたいだねぇ。

 行くとこも決めてたりするんだろうか?


「ちなみに、どこ受けるか決めてる?」

「私はまだね。 まあでも適当な大学出て、適当なとこに就職して、後は結婚して宏太の収入安定したら仕事辞めて専業主婦かしらね」

「もう佐々木くんと結婚するとこまで既定路線なの?!」


 気が早いとは思うけど、2人ならこのまま結婚まで順調に行く気がするよ。


「希望ちゃんは?」

「うーん、私は2つに絞ってるんだけど、どっちが良いか調べてみてからかな」

「え?! そこまで決まってるの?! いつの間に!」

「あはは、亜美ちゃんにはまだ言ってなかったっけ? 私、幼稚園の先生になりたいの」


 希望ちゃんは、顔を赤くしてそう言った。

 幼稚園の先生。 もしかして前やった実習が切っ掛けで?

 そっか。


「応援するよ!」

「あ、ありがとう」

「希望はどんどん成長するわねぇ」

「いやいや……」


 他の皆はどうだろう?

 紗希ちゃんも遥ちゃんもやりたいことがあるみたいだし、奈央ちゃんは家を継ぐみたいだし、決まってるよね多分。

 

 練習の合間の休憩時間に、その3人にも話を聞いてみる。


「進路? 私はデザイナーになりたいから、そういう大学かなぁ」


 そうそう、紗希ちゃんはデザイナーって言ってたね。

 遥ちゃんはスポーツインストラクターだっけ?


「私は体育大学かなぁ」

「やっぱりそうだよねぇ」


 予想通りだね。 皆決めてるんだね。

 私も何か考えないと……。 バレーボールを辞めたら、私は何をやりたいんだろう。

 

「焦っても仕方ないわよ亜美。 それに、大学でもまだ自分のやりたいこと探す時間はありでしょ」

「うん……」


 焦っても仕方ないとはいえ、今のところは奈々ちゃんと同じでそれなりの大学出て、それなりの会社に就職することぐらいしか考えてないよ。


「先輩、スパイク見てもらえません?」


 悩んでいると、渚ちゃんがバレーボールを持ってそう言ってきた。

 気分転換は大事だし、いっちょ指導して上げよう。


「よぉし、見てあげよう!」


 私は休憩を中断して、渚ちゃんとコートに入る。


「待ってー、私がスパイク受けるよぉ」


 希望ちゃんが後からついて来て反対コートに入った。

 そういうことなら。


「麻美ちゃんー、ブロックお願い」

「はーい!」


 出来るだけ実戦に近い形でやった方が良い。


「お、じゃあ私もブロック入るぞぉ」


 遥ちゃんもやる気になってコートへやって来た

 皆、大会前でモチベーション上がってるんだね。


「奈央ちゃーん、セットお願いしても良い?」

「いいですわよ」

「よし、じゃあ私がアンダーで上げるから、奈央ちゃんはサイン出してセットアップお願い」

「了解です」

「私はサイン見てスパイクすればいいんですね」

「うんうん。 じゃあいくよぉ」


 私は一度ボールを上に投げた後、アンダーハンドで奈央ちゃんにボールを上げる。

 奈央ちゃんがサインを出すと、それを見た渚ちゃんがタイミングを少し遅らせて助走に入る。

 奈央ちゃんの高いトスが上がり、渚ちゃんはジャンプする。

 基本的なオープン攻撃だ。


「はっ!」

「うぇーい!」


 謎の掛け声とともに、麻美ちゃんと遥ちゃんがブロックに跳ぶ。

 麻美ちゃんは、上手く手のひらを下に向けてボールを落とす。


「上手い!」

「へへーん。 渚ー、まだまだじゃのー」

「ぐぬぬ」


 渚ちゃんは悔しそうに落ちたボールを眺めている。

 うん、アドバイスしてあげよう。


「渚ちゃんはパワーはあるんだけど、ちょっと素直すぎるんだよ」

「素直すぎる……ですか?」

「うん。 ちょっと待っててね。 奈々ちゃーん、ちょっと来てー」

「はーい! 何?」

「ちょっと、渚ちゃんに1本スパイク見せてあげて」

「ん? OK。 奈央上げてー。 気持ちよくなれるやつおねがーい」

「はいはい」


 そう言って奈々ちゃんは、肩をグルングルン回している。


「あら、ブロックいるのね。 麻美ー、止められる物なら止めてみなさい」

「むー、お姉ちゃん覚悟!」


 おお、姉妹対決になったね。


「渚ちゃんは良く見ててね」

「はい」

「いきますわよー」


 奈央ちゃんがトスを上げる。

 さっき渚ちゃんに上げたトスと同じだ。


「うぇーい!!」


 相変わらず謎の掛け声を出す麻美ちゃん。 

 遥ちゃんも一緒に跳んでいる。


「甘いわ!」


 奈々ちゃんのスパイクは、麻美ちゃんの右手にかする様に放たれる。

 麻美ちゃんの手に当たったボールは、ブロックアウトになった。


「ふん、まだまだじゃのー」

「ぐぬぬー」


 姉妹対決は姉の奈々ちゃんに軍配が上がった。

 さて渚ちゃんはどう見えたかな?


「どうだった?」

「空中で余裕があるのか、ブロック見てコース打ち分けてるようでした」

「そういうこと。 奈々ちゃんもパワータイプだけど、ああいう空中戦も上手いんだよ」

「空中戦……」

「うん。 空中戦上手くなろう」

「はい!」


 奈々ちゃんが隣にやって来て「ちゃんと先輩してんじゃん」と、茶化してきた。

 弥生ちゃんにも鍛えてやってくれと頼まれたし、後輩が上手くなるのを見るのは楽しい。


「奈々ちゃんも教えてあげてよ? 渚ちゃんはどっちかっていうと、奈々ちゃんのプレースタイルに似てるんだから」

「わかってるわよ。 渚こっち来なさい」


 奈々ちゃんが渚ちゃんの指導を始めるのだった。



 ◆◇◆◇◆◇



 学校から帰ってきた私達は、夕ちゃんの家で夕飯を食べながら進路の話の続きをしていた。

 夕ちゃんにも聞いてみよ。


「夕ちゃんが進路どうするの? 進学?」

「うーん……そうだな。 一応その方向だが」

「バスケはやめるの?」


 希望ちゃんが、首を傾げて訊いている。


「俺も高校までのつもりだよ」

「そうなんだ」


 夕ちゃんももったいないなぁ。 全国区レベルの選手なのにやめちゃうんだ。

 なんて、私が言っちゃだめだよね。


「まぁ、進学っつってもこれやりたいってのは無いけどなぁ……」

「私とおんなじだね」

「そうか。 まあ、大学卒業はしとこうかな程度だから、身の丈にあったとこには入れればそれでいい」


 ふむ、そういう考え方もあるのかぁ。

 私も今はそれでいいかなぁ。 私の身の丈に合った大学かぁ。


「亜美ちゃんはどこでもいけちゃうもんね?」

「あ、あはは」

「希望はどうなんだ? やっぱ幼稚園の先生の資格取れるとこか?」


 夕ちゃんは知ってたんだね、希望ちゃんのやりたいこと。

 希望ちゃんは、短大にするか大学ででゆっくり勉強するかで悩んでいるみたい。

 同じ悩みでも全然違うねぇ。

 私には何があるんだろう?

 皆みたいにやりたいことが見つかればいいけど、何もなくてお夕ちゃんのお嫁さんになれればいいかななんて思うのであった。

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