第144話 覚悟

 ☆奈央視点☆


 今井君の家で夕食をいただいた後、亜美ちゃん達が後片付けをするのを手伝ってから、リビングへ戻る。


「じゃあ、私達は家に戻るけど、奈央ちゃんは?」

「私も一緒について行くわ」

「そっか、じゃあ行こ」


 今井君と春人君に挨拶だけして、私達3人は今井家を後にした。

 

 ◆◇◆◇◆◇


 清水家におじゃまして、ご両親に挨拶をすると、凄くかしこまられてしまった。

 西條家の令嬢というだけで、大体の初対面の人はこうなる。


「あの、お気を遣わずに。 ただの女子高生だと思って下さい」

「そだよ。 私の友達なんだし、普通にしてて」

「し、しかし……」

「亜美さんの言う通り、普通でお願いします」


 ペコリと頭を下げて、下手に出る。

 ご両親は「わかりました。 ゆっくりしていって下さい」と、まだ固い感じで返事をした。


 亜美ちゃんの部屋に通されて、最初の感想が「女子高生の部屋?」である。

 無駄な物が一切無いのだ。

 普通女子の部屋なら、可愛いカーペットやぬいぐるみなんかがあったりすると思うけど、亜美ちゃんの部屋には、勉強机、ベッド、テーブル、タンス、本棚ぐらいしか無い。

 インテリアと呼べる物は、勉強机に飾ってある写真立てぐらいだ。


「やっぱりそう思うよね? 亜美ちゃん模様替えしなよー」

「うーん、別に困ってないし」

「亜美ちゃんらしいというか……」


 興味の無い事は本当に興味が無いらしい。


「お風呂の順番どうしよ?」


 部屋の話はサクッと切り上げて、お風呂の順番で悩み出す。

 

「やっぱりお客さんの奈央ちゃんが最初だよね」

「別に何番目でも良いけど……」

「んじゃ、奈央ちゃんは一番ね。 案内するよ」


 私が一番になったらしい。

 亜美ちゃんについて行き、浴室へ向かう。

 

 順番に入浴を済ませて、今度は希望ちゃんの部屋に集まった。


「あー、ザ・女子高生の部屋ね」

「ごちゃごちゃして狭く感じるよ?」

「亜美ちゃんは……」


 こちらは、可愛いカーペットやぬいぐるみが並び、ベッドやテーブル、タンスに至るまで可愛いく装飾している。

 希望ちゃん、ノートパソコンなんか持ってたのね。

 あまり使ってなさそうだけど。


「さて、ガールズトーク開始だね」


 亜美ちゃんが、クッションに座り楽しそうに言った。

 希望ちゃんも「うむっ」とか言って座り込む。

 この場合、話題は私と春人君の事になるのよね、きっと。


「でで、ずばりどうだったの?」

「やっぱり……」


 亜美ちゃんは、他人に色恋話に首を突っ込むの好きねー。

 希望ちゃんも聞きたくてウズウズしている感じだ。


「はぁ、しょうがないわね」



 先程、今井家で春人君と2人になった時──


「……」

「……」


 き、気まず過ぎるーっ!

 何を話せば良いのかしら? 告白の返事を催促するのは、急かしてるみたいでなんだか良くなさそうだし。

 何か、それとなく話しかけられる話題は……。

 そ、そうだわ。


「あの、もう帰る準備は出来たの?」

「はい。 荷物の用意や部屋の掃除、世話になった方への挨拶は済ませました」

「そ、そう」


 話が途切れてしまった。

 その場に居辛さを感じて、キッチンへ向かい夕食の準備を手伝おうと思ったのだが、亜美ちゃん達に追い返されてしまった。

 

 再びリビングへ戻ると、春人君は黙って座っていた。

 

「一つだけ、忘れていた事がありました」

「え?」


 私が戻ってきたのを見て、急に話し始めた。


「忘れていた事?」

「奈央さんへの返事です」

「うっ……」


 き、来てしまった。

 私の気持ちはすでに伝えてある。

 後は春人君の返事次第なのだけど、果たして……。

 

「かなり迷いました。 亜美さんの事は、諦めもついたので関係無いのですが、本当に僕で良いのだろうかという気持ちがありまして。 もし将来、西條家に婿入りしたとして、僕に奈央さんを支えていく力があるのかどうか……」

「うん」


 そ、そんな先の事まで考えていたのね。

 鼓動が早鐘を打つように早くなる。

 頭が真っ白になり、今にも倒れてしまいそうになるのを必死に堪えて、春人君の言葉を待つ。


「良いんですか? 僕が、奈央さんの相手で?」

「はいっ」


 声が裏返り、情けない返事になった。


「素敵な恋愛になるかわかりませんよ?」

「なる!」


 私も、もう必死である。


「遠距離になりますよ?」

「大丈夫よ! 電話だってあるし、会いたくなったら飛んでいくわ!」


 まあ、そこまでは言い過ぎかもしれないけど。


「僕は、奈央さんを支えていける自信が無いんですよ?」

「春人君なら大丈夫よ。 それに、私だって西條家の娘。 そんなに弱くないわ」

「……わかりました。 僕も覚悟を決めました」


 春人君はそう言うと立ち上がり、私の前にやってきた。

 そして──


「こんな僕で良ければ、奈央さんの恋人にして下さい」


 スッと手を出して跪く春人君。

 一瞬ボーッとなったが、我に返りその手を取る。


「こ、こちらからお願いしてるんだけど……その、よろしくお願いします」

「はい」


 春人君は顔を上げて、優しく微笑んだ。



 ◆◇◆◇◆◇



「つまり上手くいったんだ?!」

「な、なんとか。 ただ、春人君から好きと言われていないので、向こうの内心がわからないのだけど」

「好きじゃないなら恋人になんかならないよ!」

「そうだよ。 将来の事まで考えるなんて、もう結婚したも同然じゃない」


 亜美ちゃんと希望ちゃんが、興奮したように畳み掛けてくる。

 正直言って怖いわ。

 でも、この2人はずっと応援したりしてくれていたし、この2人がいなければ、この恋は成就しなかったかもしれない。


「2人共、ありがとう」


 心から感謝の言葉を述べる。

 2人は、目を丸くしながら顔を見合わせて、ニコッと微笑むと──。


「「おめでとう!」」


 そう言うのだった。



 ◆◇◆◇◆◇



 翌日、私達は皆で春人君を見送る為に、駅までやってきていた。

 

「春人、また来いよ」

「はい」

「春くん、色々ありがとう。 楽しかったよ」

「こちらこそ、ありがとうございました」

「春人くん、元気でね」

「希望さんもお元気で」


 皆が順番に声を掛けていく。


「春人、またバスケしようぜ」

「宏太とも勝負したかったですね。 僕が抜けたから月学は弱くなったと、言われないでくださいね」

「おう」

「春人、奈央を泣かせたから許さないわよ」

「な、奈々美?!」

「はい」


 恥ずかしいわね、もう……。


「北上君、またねー!」

「はい、また会いましょう」

「北上、奈央は寂しがり屋だから、毎日電話してやれよ」

「遥っ?!」

「ははは、本人にも言われました」

「うーっ!」


 後で覚えておきなさいよ。


「奈央は空港まで送るんだっけ?」


 紗希が訊いてきたので、私は頷いた。


「北上君、奈央の事頼んだわよ」

「はい」

「もう……」

「それでは行きますか」

「えぇ」


 私と春人君は、皆と別れて駅のホームへ向かう。

 電車の中では、昔話や留学してきてからの事等をたくさん話した。

 毎日電話をする約束もした。

 時差があるので、私が寝る前ぐらいに少しだけ話すぐらいだが。

 そして、春人君が進路について話してくれた。


「大学は、日本の大学を受けようと思います」

「本当?」

「はい。 実は、随分前から決めていたのですが」

「そうなのね」

「ですから、またすぐに会えますよ」

「2年は長くないかしら?」

「すぐですよ」


 うーん、長いと思うんだけど。

 でも、春人君がすぐだと言うなら、きっとすぐなんだろう。

 大型の休みには会いにいく約束もしてるし。

 寂しくない。


 空港に着いて、春人君と最後の時間を過ごす。

 そういえば、キスとかしてないわね。

 今を逃したら、いつ出来るかわからないじゃない?!


「は、春人君」

「はい?」


 春人君は、いつものように首を傾げながら返事をした。


「キ、キス……」

「え……ここでですか?」


 人が行き交う空港のロビーで、さすがにそれは恥ずかしいかしら。

 でも、今を逃したら……。


「っ!」


 私は、春人君に近付いて、目一杯背伸びをする。

 身長差が辛い。


「ん……」


 軽く、触れるだけのキスをして、一歩後ろに下がる。


「奈央さん……」

「続きは、次に会った時ね!」


 きっと私は、顔が真っ赤になっているだろう。

 そんな私を見て、春人君は笑いながら「はい」と応えた。


 やがて、春人君の乗る飛行機の搭乗アナウンスが流れてきた。

 しばしのお別れである。


「じゃあ、夜電話するね? って、向こうは早朝か」

「はい、待ってますよ。 それではまた後で電話で」

「うん」


 私達は、笑顔で手を振って別れる。

 

 遠距離恋愛になってしまうが、きっと大丈夫。

 私には、心強い仲間もいるし、寂しくない。

 

「頑張るわよ、私!」


 私は自分に気合いを入れるのだった。

 


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