第121話 救助
☆亜美視点☆
今私は、興味本位で超上級者コースへ来た事を、深く後悔している。
リフトを降りた時点では、雪もそれ程は降っておらず、ゆっくりと滑ればいいかなとか考えていた。
だけど、滑り始めてそれなりに降りてきた所で、状況が一変した。
急に吹雪いてきたのだ。
私は滑降を止めて、雪風が凌げる物陰に身を寄せて様子見ている。
「参ったね……希望ちゃんの言う事聞いておけば良かったよ」
私を止めようとしてくれていた、可愛い妹の顔を思い出す。
「どうしよ……」
奈央ちゃんの話を思い出してみる。
確か、GPSを頼りに救助隊が動くけど、天候次第では救助隊も動けないとかなんとか。
この天候じゃ、まず無理だろう。
いくつか避難小屋があるとも言っていた。
リフトに乗っている時にも、小屋があるのは確認している。
感覚的には多分、中間ぐらいまでは降りてきていると思う。
もう少し降りれば、小屋があるかもしれない。
ただ──。
「この、視界ゼロの中を降りるのは危険かな?」
吹雪と舞い上がる雪の所為で、軽くホワイトアウト状態になっている。
前後不覚に陥りそうだ。
この中を歩いて、コースから外れたり、最悪滑落なんてしたら大変だ。
「……もう少し様子を見よう」
吹雪が止んでさえくれれば。
今はそれを願う他無い。
「止まなきゃ、私はここで……いやいや、考えちゃダメだ」
こういう時、弱気はダメだ。
20分ぐらい経過──
「せめて、視界がもう少しクリアになればなぁ」
もはや完全に真っ白になっていて、むしろ悪化しているまである。
これは、いよいよ危ないかもしれない。
体温も低下してきて、眠気が襲ってきた。
「寝ちゃダメだよ……」
ギュッと膝を抱えて、少しでも寒さを凌ぐ。
だけど、状況は絶望的である。
このままじゃ、あんまり長くは保たないかもしれない。
そして、そのまま時間だけが過ぎていき、状況はまるで好転しない。
「ぁぅ……」
希望ちゃん、奈々ちゃん、宏ちゃん……。
「夕ちゃん……」
どれくらい経ったかわからない……。
一向に止む気配の無い吹雪を見て、私はいよいよ諦めた。
スキー板を雪に突き刺して立て、ストックのストラップを木に引っ掛ける。
これで、雪に埋もれてもすぐに見つけてもらえるだろう。
「……夕也ちゃん」
インナーの下に着けていた、ハートのネックレスを取り出して、強く握り締める。
私は眠気に身を委ね、ゆっくりと目を閉じた。
☆夕也視点☆
俺は、ホテルを飛び出しゲレンデに出てから、奈央ちゃんのナビに従い、コースを登っている。
視界は最悪だが、足元に注意して歩く。
方角が少しでもズレれば、奈央ちゃんが教えてくれるので、信じて進むだけだ。
「今井君、そのまま登ってください」
「了解。 亜美の方は?」
「動きはありません……」
「そうか……」
結構登ったとは思うのだが、まだ亜美の姿は見えない。
急がないとまずいかもしれない。 だが、この中を急いで登るのも中々辛いものがある。
確実に前に進むしかない。
「今井君は大丈夫ですの?」
「あぁ、問題無い。 それより、亜美との距離はどんなもんだ?」
「まだもうちょっとありますわ。 あと5分も歩けば」
「OK」
あとちょっとか。 少し急ぐか。
と思ったところで、建物を見つけた。
「建物がある、避難小屋か?」
「ちょっと待ってくださいね……はい、マップで確認したところ、避難小屋で間違いありません」
ふむ……亜美を回収したらここまで降りて来ればいいな。
「奈央ちゃん、亜美を回収したらここまで戻ってくるから、大体の位置を覚えておいてくれ」
「了解ですわ」
「さて、もうひと踏ん張りするか……」
相変わらず視界は最悪だが、奈央ちゃんのおかげで確実に亜美のいる所に近付いている。
あと数分頑張れば……亜美も頑張れよ。
「夕也くんっ、大丈夫!?」
トランシーバーから、希望の声が聞こえてきた。
出てくる時、必死に俺を止めていたな。
「大丈夫だよ。 俺も亜美も、絶対に無事に帰るから」
「約束だよっ! 私、もう誰も失いたくないっ!」
「わかってる、約束だ」
「うん」
通信を終えてひたすらに登る。
そうやってしばらく登り続けていると。
「今井君、その辺りです」
「了解。 周囲を探してみる」
どうやら、亜美の反応はこの辺りにあるらしい。
周囲を見回してみてみる──。
が、どうにも視界が悪い。
とにかく白一色なのだ。
「くそ……亜美―っ! 返事しろー!!」
とりあえず声を出してみるも、反応は無い。
諦めずに、周囲を歩きながら声を出し続けるも亜美を見つけることが事が出来ない。
「亜美ーっ!」
やはり反応は無い。
本当にこの辺にいるなら、返事があっても良い筈だが、無いということはつまり……。
「声が出せないのか」
やばいぞ。 亜美が立ち往生してから一体どれぐらいの時間だ経っているかはわからないが、かなり危険な状態かもしれない。
「今井君、亜美ちゃんは見つけられましたか?」
「まだだ……呼びかけても反応が無い。 声が出せない状態なのかもしれん」
「それはまずいですわね……」
「もう少し探してみる」
「了解ですわ。 ですが……その……無理だと思ったら……」
「……」
「今井君、希望ちゃんの事も考えてあげてください」
「必ず2人で戻る。 約束したんだ」
「でも……」
「俺は大丈夫だ」
「わ、わかりました……」
それ以降は、奈央ちゃんも何も言わなくなった。
通信を切って再び周囲を見回す。
頭の回る亜美の事だ。 何か、何か残してないか?
視界はせいぜい周囲2m程。
小さな手がかりでも見逃さない様に、目を凝らしながら周囲を探索する。
そうやって歩き回っていると、視界内にそれが見えた。
雪に突き立てられたスキー板だ。 その近くの木の枝には、ストックが掛かっていた。
亜美の残したサインだろう。
そのストックの下に目を向けると──。
「亜美っ!!」
岩にもたれかかって眠っている亜美が見つかった。
俺はすぐに亜美に駆け寄り、亜美の容態を確認する。
「息はまだあるけど、体温がかなり下がってる……早く温めてやらないと。 そうだ……」
トランシーバーを出して、奈央ちゃんに報告する。
「亜美を見つけた。 体温がかなり低下してて意識も無い。 さっきの小屋まで行って応急処置がしたいから案内頼む!」
「見つかった!? わかりました! すぐに案内します!」
「亜美見つかったの?! 声を聞かせなさいよ! 説教してやるわ!」
奈々美の声が聞こえてくる。 こんなことを言っているが声は震えているので、泣いているのだろう。
ただ、声を聞かせてやることはできない。
意識が無いという事を、奈央ちゃんからホテルいる皆に告げられる。
「そ、そうなの……」
「はぅぅぅ……」
「夕也っ! 何が何でも2人で戻って来いよ!」
「夕也、亜美さんを頼みますよ!」
「今井君っ! 頑張って!」
「今井、気張るんだよ!」
皆から檄を飛ばされる。
言われなくてもわかってる。 絶対に死なせたりしねぇ。
亜美を背負おうと思って亜美の手を見ると、何かを強く握っているのが見える。
良く見るとそれは、俺が去年の誕生日にプレゼントしたハートのネックレスだった。
「……亜美」
俺は亜美を背負い、奈央ちゃんにナビを任せて、来た道を戻る。
確かここから5分ぐらいだったな。
俺もだいぶガタが来ているが、ここで俺まで倒れるわけにはいかない。
「亜美、頑張れよ」
反応の無い亜美に、声を掛けながらひたすら降りる。
こうすることで、自分自身にも鞭を入れているのだ。
今はとにかく、こいつを助けることに全力を注ぐ。
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