第111話 ハッピーニューイヤー
☆夕也視点☆
ウィンターカップが終わり、見慣れた我が家に帰ってきたのだが──。
「夕也くん、そこ邪魔!」
「はい」
「夕ちゃん、そこは踏んじゃダメ!」
「すいません」
「夕也、そこのタワシ取ってください」
「了解」
そう、帰って来たその日は大晦日なのである。
現在は昼の15時。 疲れて帰って来て大掃除は実にハードである。
いや、本当のこと言うと「夕ちゃんは掃除もまともに出来ないから、邪魔だけしないでね」と言われてしまい、ボーッと突っ立ているだけなのだが。
俺の家なのに、俺以外の3人が頑張って掃除しているという構図になっている。
リビングの掃除を真っ先に終え、その後は亜美がダイニングキッチン、春人が風呂、希望がトイレを担当している。
「な、何か手伝うことは?」
「無いよぉ」
換気扇を拭きながら、俺を見もしないでそう言う亜美。
そう、家事において俺は、何の役にも立たないのである。
「……」
「リビングでテレビでも視てれば?」
「おう……」
しょぼーん……。
次はトイレ掃除中の希望の下へ向かう。
「希望ぃ」
「なーにー?」
「何か手伝うことないか?」
「トイレは1人で何とかなるよ? 亜美ちゃん手伝ってあげたら?」
「テレビ視てろって言われた」
「あはは、じゃあテレビ視てたら?」
ぐぬぬ……。
この後一応春人の所にも行ってみたが、同じように追い返されてしまった。
「しょうがない……せめて自分の部屋ぐらいは自分でやるか」
そう思い、自分の部屋へ移動するのだった。
◆◇◆◇◆◇
「どうして大人しくできないの?」
「いや……自分の部屋ぐらいはと思ったんだが」
「どうして掃除してるのに散らかるの?」
「……すみません」
キッチンの掃除を終えた亜美が、俺の部屋の掃除に来たのだが、俺が掃除したら何故か掃除前より酷いことになっているのを見て呆れている。
「もう! 私が片付けるから大人しくしてて」
「あい……」
仕方ないので部屋を出ようとする。
「ん? 何これ?」
「?」
「S級美少女をナンパして……うわわ、これは……」
「うおおおお?! 見るなバカ!」
それは俺のお気に入りの!
「んん……私に似てないこの人?」
「気のせいだろぉ」
バ、バレてしまった……。
「……もぅ、見たいならいつでも見せたげるよ?」
亜美は顔を赤くしてそんな事を言っている。
照れるなら言うなよな。
「そ、それはな? 宏太から預かってるだけでだな、決して俺が見たくて借りてるわけでは」
「じーっ……」
ジト目で俺を睨む亜美。
や、やっぱ苦しいか、この言い訳は……。
「はぁ……まあ、私はどっちでもいいけどね。 男の子だしこういうのは別に普通だと思うし。 希望ちゃんには黙っててあげるよ」
「おお、女神様!」
理解ある幼馴染に感謝の言葉しか出ませんな!
亜美の手を握り跪くと「わかったから、部屋から出てて」と言われてしまい、掃除に邪魔だということを思い出してしまった。
俺は仕方なく部屋を出て階段を下りる。
諦めてテレビを視ようとリビングに向かうと、トイレ掃除を終えた希望がソファーに座って休んでいた。
「あ、夕也くん。 1階は全部終わってあとは2階だけど、春人君は自分の部屋を掃除するって言ってたし、亜美ちゃんは夕也くんの部屋掃除してるんでしょ?」
「おう、邪魔だって言われた」
「夕也くんが掃除すると、何故か散らかるからね」
不思議だよなー……やっぱり掃除ぐらいはできるようにならないとダメだよな?
「さて、夕飯の買い出しいこっか? 荷物持ちなら夕也くんでも出来るもんね?」
「そうだな。 やっと役に立てるな」
「じゃあ、亜美ちゃん達に声掛けて行こうか」
ソファーから立ち上がった希望は、素早くコートを着込むと2階に上がり、亜美達に一声掛けてから家を出るのだった。
◆◇◆◇◆◇
スーパーへの道のりの途中──。
「今夜はやっぱ家に帰って年越すのか?」
「うん、毎年そうだからね」
そう、亜美と希望は年越しは自宅でと決まっている。
つまり今年は春人と2人かー?
なんて寂しい年越しだ。 春人がいなきゃ1人だしな。
「おいでよ、家に」
「……いやー、でもな。 一家団欒を邪魔しちゃ悪いだろ」
「今更何を……今井家と清水家は家族ぐるみの付き合いあるんだし、家族みたいなものだよ?」
希望は「遠慮しなくていいのに」と、言う。
言われてみればそうなのかもしれない。
「じゃあ、今年は清水家で年越ししようかね」
「うんうん」
俺達は、初詣の予定や、正月明け早々に始まる春高バレー、それが終わった後に予定されているスキー旅行の話に花を咲かせながら、買い出しを済ませて家に戻った。
家に戻ると、掃除を終えた亜美と春人がリビングで何やら頭を突き合わせて見ているようだった。
「おかえり夕ちゃん、見て見て! 夕ちゃんの小さい頃のアルバム!」
「え、夕也くんのっ!?」
それを聞いた途端に、希望が目の色を変えて亜美達の所へ飛び込んだ。
「はぅー! か、可愛い!」
「ですね」
「お、おい、恥ずかしいから見るのやめろ」
「良いじゃん。 私や奈々ちゃん、宏ちゃんも一緒に写ってるんだし」
アルバムを覗き込むと幼稚園の頃の写真だろう、幼馴染4人が写っている。
希望は別の幼稚園だったからな。
「奈々ちゃん、この頃はショートだったなぁ」
「小学校入ってから伸ばし出したよね?」
昔話を楽しみながらアルバムのページをめくっていく。
小学生ぐらいになると、写真の中に希望が加わるようになった。
この頃は、いつも亜美の後ろに隠れて写ってるな。
「希望ちゃん、まともに写ってる写真ないじゃない」
「本当ですね」
「い、良いじゃない……」
本当に、この頃から比べると変わったなぁ希望は。
亜美や奈々美のおかげなんだろうな。
「色々あったよなぁ」
「そだねー」
「私の知らない、夕也くんや亜美ちゃんの思い出って一杯あるんだね」
「僕には知らない事だらけですがね」
「ふふーん、私と夕ちゃんは切っても切れない縁で結ばれてるのだぁ! 希望ちゃん、諦めたまへ」
「ふーん、夕也くんは私の恋人だもーん」
年の瀬に何をやっているんだこいつらは。
春人は「相変わらず大変ですね」と、やはり他人事の様に言うのだった。
夕飯を食べ終えると、亜美達は先に家に戻ってしまった。
俺達は風呂を済ませ、23時頃に、清水家にお邪魔する予定である。
◆◇◆◇◆◇
「いらっしゃい、2人とも」
「年越し蕎麦食べる?」
「お、頼む」
「僕もお願いします」
「はーい。 お父さん達は和室にいるから、そこで待ってて」
清水家へやってくると、先程まで我が家にいた幼馴染2人が出迎えてくれた。
俺と春人は言われた通り和室へ向かい、炬燵でテレビを視ていたおじさん、おばさんに挨拶をして、同じ様に座る。
「夕也君、春人君。 全国大会優勝おめでとう」
「ありがとうございます」
「凄いわよねー」
お宅の娘さんも相当やばいですけどねー。
その辺りには敢えてツッコまない。
「希望とは仲良くしてる?」
「あーはい」
「んー、亜美も一緒にもらってくれないかしら?」
おばさんは、こういうことを平気で言う人なのである。
「春人君でも良いけど、アメリカに帰っちゃうのよね?」
「はい、2月末に。 というか亜美さんにはフラれました」
それを聞いたおばさんは「あらあら勿体ない」と、口に手を当てて目を丸くする。
「お母さんっ! 変な話しないでよぉ!」
「変って……娘の将来が心配なのよー」
「私は夕ちゃんが一番なの!」
年越し蕎麦を人数分運びながら、亜美と希望が和室へやってきた。
「亜美がもたもたしてるから、希望に取られたんでしょ?」
「うぐっ……」
「あはは……ぐうの音もってやつだね、亜美ちゃん」
「こら母さん。 娘をいじめるのはやめなさい」
いじめてるのか……。
「仲の良いご家族ですね」
「そうだなぁ」
見慣れた光景ではあるが、実に微笑ましい。
希望が養子だなんて、初見では誰もわからないだろうな。
「で、夕也君。 実際、娘達とはどこまで?」
何で「達」なんだ……。
両方に手を出してるのがバレてるのか?
「お父さん!」
「希望とは交際しているんだし、そろそろそういうこともしてるだろう?」
亜美の怒りの声もスルーして、話を続けるおじさん。
なんてオープンな家族なんだろうか。
蕎麦を啜りながら、顔を上げて頷く。
「まあ、この間初めてを……」
「夕也くんっ!?」
「ほーう!」
「あらまあ」
にやにやする両親と「バカバカ」と、怒る希望。
それを我関せずと言った感じで見ている亜美と、蕎麦を啜る春人。
「亜美とは? 16年も一緒にいればやっぱりあるでしょ? ほら? 6月に東京に2人で泊まりで行った時とか?」
おばさんが、目をキラキラさせながら前のめりになって聞いてくる。
それを聞いて亜美が「ぶふっ」と、蕎麦を噴き出していた。
ピンポイントなとこ突いてきたな。
「けほっ……お母さんっ」
「まあ、あの日は凄かったよなぁ」
「夕ちゃーんっ!」
「あら、凄かったの?」
希望の反対側から「バカバカ」と亜美に叩かれ、それをにやにやしながら傍観している、おじさんとおばさん。
春人は「大変ですね」と決まり文句を言いながら蕎麦を完食していた。
カオスである。
「夕也君、大変だとは思うが、2人の事をこれからも大事にしてやってくれ」
「私からもお願いね。 この子達、夕也君がいないとダメだから」
と、急に真面目な顔で言われてしまう。
2人をよろしくか……。
今の関係を続けていくと、何れは亜美か希望のどちらかを選ばなければならなくなる。
選ばなかった方は、一体どうなるんだろう?
「夕也君、どっちも可愛い娘だ。 どっちにも幸せになってもらいたいが、そうもいかんことはわかっているつもりだ」
「お父さん……」
「幸せにしたいと思う方を選べば良いのよ?」
「お母さん……」
幸せにしたいと思う方を……。
「参考にします」
おじさんとおばさんは、にっこりと微笑みながら、年越し蕎麦を食べ始めた。
しばらくすると、年越しのカウントダウンが始まり、年が明けた。
「明けましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いします」
皆で、新年の挨拶を交わし、新たな一年を迎えた。
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