第110話 ウィンターカップ閉幕

 ☆亜美視点☆


 観客席から月ノ木学園の応援に力を入れている私達。

 第3Qに入ってもリードをしている我が校に、他の観客や学校の生徒からも応援の声が出始めた。

 無名校が優勝候補を倒す瞬間が見たい人が多いのだろう。


「よぉし、私も応援がんばるぞー」

「がんばれぇ……」


 隣で大人しく座りながら、小さな声で応援をしている希望ちゃん。

 そんな声じゃ、コートの選手には届かないよ……。

 恥ずかしがり屋さんなんだから。


「いけー! 月学ふぁいとだよー!」

「イケイケー!」


 代わりに私と奈々ちゃんで声援を送る。




 ☆夕也視点☆


 第3Q中盤、亜美と奈々美の声が聞こえてきた。 希望は多分応援してくれているんだろうが、恥ずかしくて声が出てないのだろう。

 チラリと得点を見てみる。


 58-50


 ギリギリでリードを保っているが、ちょっとしたミスで追いつかれかねない点差だ。

 先輩や春人も疲労の色が見える。

 出来れば次の第4Qまで温存したかったがここはそんなこと言ってられないか。


「春人! 回せ!」


 佐田さんのマークを上手く外しパスを要求すると、春人からボールを受ける。

 すぐに佐田さんも追いついて来てコースを塞いでくる。


「勘弁してくださいよ」

「いやいや、そろそろ止めとかないとなぁ」


 なんとか抜きたいところだが、春人のようなトリックプレイはミスするリスクが高い。

 ここは自分の得意なドリブルで勝負だ。

 レッグスルーからのフロントチェンジ「キラークロスオーバー」だ。


「おっと、それは県大会の録画見て知ってるぜ!」

「しまっ──」


 追いつかれてボールをスティールされてしまった。 これはまずい!


「くそっ!」


 最近練習してきたドリブルだが、やはり型にはまったバスケじゃ簡単に奪われるか。

 まだまだ、佐田さんの領域には辿り着けてないってことかよ。

 俺は佐田さんを追おうとしたが──


「お前は温存してろって」


 宏太がそれを手で静止して、代わりに佐田さんを追いかけた。

 が、佐田さんは止められずにここで2点を失う。

 3ポイント2本で追いつかれる点差だ。

 後が無くなってきたぞ。


 第3Qは残り15秒ほど。 このQはなんとしても逃げ切らないとな。

 宏太にボールを回す。


「宏太、こっちです」


 ボールを回して15秒潰すつもりでいたが、春人がマークを外してパスを要求している。

 この場面だからこそ攻めの姿勢ってことかよ……。


「春人!」


 宏太も納得したのか、春人にパスを出し、自身も一気に相手ペイントエリア内に走り込む。

 俺もいつでもパスを受けられるように動くが、佐田さんのマークは簡単に外せそうにない。


「くっ」

「お、良いねぇその目」


 春人を見ると、いつにも増して目がギラついている。

 最高の舞台でテンションが上がってるのだろう

 普段のあいつからは想像もできない表情だ。

 春人はいつものトリックプレイでディフェンスをかわし、エリア内に切り込むと、そのままリングに向かうかと思ったがピタッと止まり後退してからジャンプシュートを放つ。

 踏切位置はきっちり3ポイントラインの外。 春人がシュートを放った瞬間にブザーが鳴る。

 放たれたボールは綺麗にリングに入った。


「っし!」

 

 3Q終了間際の3ポイント、これはでかい。

 まだ試合が終わったわけではないが、ここは春人のプレーにチームメイトが湧く。


「北上! ナイスプレー!」

「サンキュー春人。 俺のミスを帳消しにしてもらったな」

「構いませんよ。 最後は頼みます」

「あぁ」


 ベンチに戻りながら、春人と会話をする。

 本当に大活躍だな。

 No.1ルーキーなのは春人の方じゃないのだろうか?

 この大会でしか一緒にプレー出来ないのは実に惜しい選手である。

 少しでもスタミナを、回復する為にベンチに腰掛ける。


「ほらほら、ここなら聞こえるよ」


 ふと、上の応援席から声が聞こえてきた。

 そちらを見上げると、亜美と希望が、顔を出して見下ろしている。


「ゆ、夕也くん、あと少しだよ! 頑張って!」

「頑張れー」


 2人から応援してもらい、やる気も出る。

 後1Q、戦い抜けそうである。


「俺達には応援無いのかー?」

「清水さんの応援欲しいなぁ、俺もなぁ!」


 先輩達や宏太が、亜美に応援を催促しているようだが、人の良い亜美は「よぉし」と、気合い入れて──。


「皆、頑張れー! 負けるなー!」


 と、声を張り上げるのだった。

 それを聞いたバスケ部男子一同は「うおおお! なんか興奮してきた!」とか「俺は今、究極のパワーを手に入れたのだ!」とか言って元気になっている。

 すげぇな、月学の姫のバフは。


 気合いも乗ったところで、ついに勝負の第4Qが開始される。


「おいおい、そっちのメンバーなんか元気じゃね?」

「姫のバフがかかったんでね」

「かぁーっ! 月姫様が応援団にいるとか反則だぞ」


 亜美はやはり有名人なようで、他校のバスケ部にまで知られているようだ。


 パスが佐田さんに回ってくる。

 今日何度目かの対戦だが、ここは佐田さんも無理には来ず、他にパスを回す。 冷静だ。

 そのままあっさりと2点を返される。


 点差に余裕は無い為、こちらも攻めの手を緩めるわけにはいかない。

 俺に回ってきたボールをすぐに先輩に渡して、俺は敵陣に走り込む。

 佐田さんの意表を突いてフリーの状況を作り出し、再度パスを受けて、レイアップを決める。

 取られたら取り返す。 

 そんな一進一退の攻防を繰り返していたが、試合終盤に均衡が崩れた。


 甘えたパスをカットされ2点を取られると、攻め急いだ先輩がシュートを外し、リバウンドからのカウンターをもらい、更に3点を決められてしまう。


「4点差か……もうこれ以上はやれねぇな」


 ほとんどリードが無くなってしまった。

 下手をすれば2プレーで逆転される可能性もある。

 残り1分30秒……。

 

 先輩からボールを受けて、ボールをドリブルした瞬間を佐田さんに狙われる。


「集中力切れてんぞ!」

「しまっ──」


 ボールを奪われて焦った俺は、振り向いて佐田さんを追う。

 なんとか追いついたところで、佐田さんがシュートの体勢に入ったのが見えた。

 俺は少し体勢を崩しながらも、シュートブロックに飛んだ。

 

 その時、佐田さんと接触してしまう。佐田さんが微かに笑ったのが見え、そのままボールをシュートした。


 ピーッ!

 

「ファウル! 白7番!」

「!」


 やられた。 ファウルを誘われたのか?

 佐田さんの踏み切った位置を確認する。 3ポイントラインの外からのシュートだ。


「外れろ!」


 着地してボールの行方を追う。

 祈りは通じず、シュートは無常にもリングに吸い込まれた。

 これで、フリースロー1本追加。

 4点プレーだ。

 これもきっちり沈められて遂に追いつかれてしまった。

 これが全国No.1……。

 1プレーで追いつかれた。


「……くっ」

「ドンマイ夕也。 切り替えようぜ? まだ1分以上ある」


 宏太に肩を叩かれる。

 そうだ、ここからズルズルいくのだけは避けなければならない。

 頰を一発叩いて気合を入れ直す。

 すると、春人が近付いてきた。


「宏太、もしボールを持ったら迷わず僕に回して下さい」

「わかった」

「夕也は宏太がボールを持ったら、何も考えずにゴール下まで走って、僕がパスを受けたら飛んで下さい」


 それだけ伝えると、持ち場へ戻って行った。

 一体何があるのだろうか?


 その後はまた、点の取り合いが始まる。

 常にリードを奪いつつ試合を進めていたが、残り10秒で同点にされる。

 おそらくあと1プレー、出来て2プレーだろう。

 次のプレーが明暗を分ける。

 

 先輩がボールを持った瞬間、宏太がアイコンタクトでサインを送ってきた。

 長年一緒にプレーしてるからこそわかる、ほんの一瞬のサイン。

 俺はそれを確認した瞬間、全力で敵陣のゴール下へ走った。


「速攻か?!」


 佐田さんが一歩遅れてついてくるが──。


「足には自信があんだよ!!」


 佐田さんを引き離しながらゴール下に入り、ボールを持っているであろう春人に視線を向ける。

 ボールが渡ったら飛ぶんだったな?

 ボールは宏太から春人に渡った瞬間の様だ。

 信じてんぞ、春人!

 

 俺は春人とボールを注視しながらジャンプする。

 

「夕也、頼みます!」


 驚いた事に春人は、パスされたボールをキャッチせずに、そのまま軌道を変えるようにボールを受け流した。

 ノールックで弾き出されたボールが、俺の目の前に飛んでくる。


「マジかよクソッ!」


 最高のパスじゃねーか!

 俺は空中でそのボールをキャッチして、直接リングに叩き込んだ。


「うおおお!!」

「何だ今のコンビネーション!! やべぇ!」


 観客がざわめき、沸き上がる。

 残り4秒。


「死守するぞ!」

「おう!」


 最後まで気を緩めずディフェンスに戻る。

 もう苦し紛れの3ポイントシュートぐらいしか逆転は無い。

 俺達は文字通り、死にものぐるいで4秒を凌ぎ切った。




 ◆◇◆◇◆◇



「ありがとうございました!」


 両チームが、センターラインに整列して挨拶を交わす。

 顔を上げると、佐田さんが拳を突き出して立っていた。


「?」

「いや、合わせろよ」

「あ、はい」


 俺も握り拳を作り、佐田さんと拳を合わせた。


「楽しかったぜ。 しかし、とんでもない1年が集まったもんだな」

「あいつはこの大会が終わったらアメリカですがね」


 コートに倒れている春人に目を向ける。


「アメリカかよ。 負けてらんねーな」


 まあ、あいつは帰るだけなんだが。

 向こうでもバスケやるんだろうか?


「はあ、じゃあな、スーパールーキー君」


 そう言って佐田さんは、背を向け、手を振りながらコートを去って行った。

 

「疲れた……」


 一気に疲れが噴き出してきて、ふらつきながらベンチに戻った。

 

 ふと応援席に目をやると、3人の幼馴染が揃いも揃って口を抑えながら涙を流しているのが見えた。

 俺達は、応援席に頭を下げて大声で礼を述べる。


「ありがとうございました!!」


 顔を上げて、泣きじゃくる3人に向けて、親指を立てて腕を突き上げた。



 ◆◇◆◇◆◇



 その後の表彰式では、ベスト5に春人が選ばれた。

 残念ながら、俺は佐田さんにベスト5を取られてしまったが、来年は絶対に奪ってやると心に誓った。

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