第108話 模倣

 ☆夕也視点☆


 翌日以降、俺達月学バスケ部は快進撃を続けていた。

 2回戦をダブルスコアで勝利すると、3回戦は夏の大会ベスト4の大阪を破り大番狂わせを起こす。

 更に準々決勝、準決勝でも強豪を連破して、無名校だった月学バスケ部は一気に注目の的になった。

 これは、春人の活躍が非常に大きい。

 今年の県大会から彗星のように現れたプレーヤーの為情報がほとんど無く、相手からすれば対策が取り辛い選手なのだろう。

 時折り見せるストリート仕込みのトリッキーなプレーがかなり決まっている。


「ここに来て、夕也も動きにキレが出てきたな。 雪村と進展したからか?」

「いや、関係ないだろ」

「そういう事でメンタル面に良い効果が出て、プレーにも影響したりする事はあるんじゃないですか?」


 いや、それでプレーが良くなるのか?

 ただ、希望と進展があったのと、亜美と仲直り出来た事で精神的に軽くなったっていうのは間違いない。


「んで、次の相手は……」


 俺達は今、他校の試合を観戦している。

 現在やっている試合に勝った方が明日の決勝戦で、俺達と対戦する事になる。


「このままいけば、兵庫だな」

「ですね。 あの3番、かなりのプレーヤーですよ」

「2年の佐田さんだな。 現在のとこ全国No.1のSFスモールフォワードだ」


 県大会で対戦した早川さん以上と見て良い。

 が、俺はもうビビッたりしねぇぞ。 県大会で亜美に喝入れられてから、自信がついたというかなんというか……。

 早川さんと五分以上に渡り合えたってのも、良い経験になった。


「決まりましたね」

「兵庫の青柳せいりゅう高校か。 順当だな」

「優勝候補だからなぁ」


 ここと宮城、鹿児島が優勝候補になっていたが途中で潰し合い、勝った方の鹿児島は先日この青柳に準々決勝で敗れている。

 俺達は、対戦相手が決まったのを見届けてから観戦席を立つ。


「今日のミーティングは夜からだったよな?」

「ん? そうだな」


 宏太が立ち上がった後に、そんな事を訊いてくる。 それがどうしたというのだろうか?


「この間、奈々美とデートしてた時に屋外コート見つけてな。 どうだ、ちょっと遊びにいかねぇか?」

「そうだな。 佐田さんの動きも見れたし、ちょっと対策練るか」

「では行きましょう」

「あー、ちょっと待ってくれ。 奈々美達も呼ぶから」

「あ? なんで?」

「女子いたほうが楽しいだろ?」


 こいつは……。

 3人は俺達の試合が終わった後、応援団とともにホテルへ戻っていった。

 わざわざまた呼ぶのか……。 まあ、好きにさせよう。

 宏太が奈々美との電話を切ったのを確認してから、宏太の案内で屋外コートへ向かった。


 途中で奈々美、亜美、希望と合流する。

 亜美と奈々美は動きやすそうな格好で来ていることから、自分達も体を動かすつもりなのだろう。

 

「決勝進出おめでとう、夕ちゃん」

「おう」

「今日も、か、かっこよかったよぉ」

「さんきゅー希望」

「夕也、動き良かったわよね」

「やっぱりそうですよね」

「希望ちゃんと進展したからでしょ」

「はぅっ?!」


 亜美までそんなこと言うのかよ。 そういう事なら俺も反撃してやる。


「お前と仲直りできたのもあるだろうなぁ」

「えぇっ、そ、そうかぁ……えへへー」


 それを聞いた亜美は、頬を両手で押さえて照れたように顔を赤くしている。

 なんだ可愛いなこいつ。


「がるるー」

「がおー」


 そのやり取りを見た希望が亜美に噛みつきそうな顔で睨むと、それを受けて亜美はも対抗する。

 この構図も久しぶりに見るな。


「はいはい、バカやってないで行くわよ」

「早くしろよぉ」

「時間が勿体ないです」


 俺達のやり取りに呆れたような顔をしながら、先に行ってしまう他の3人。

 ただ、その表情は微笑ましい物を見るような、そんな表情だった。


「そういえば、ネットで準決勝第2試合見てたんだけど、次の相手の3番の選手凄く上手かったね? 夕ちゃんマッチアップすることになるんじゃない?」

「多分なぁ」

「県大会の時みたいにビビんなよ?」

「うっせー、ビビッてねぇ」

「え、この前私にはビビッてたって言ったじゃん?」

「うっせー!」


 亜美が横から覗き込むように言ってきたので、デコピンで反撃してやると「あぅん」と、声を出しながら額を抑えて涙目になっていた。


「ははは、もう夕也は大丈夫でしょう。 なんというか、殻を破ったように見えますよ。 今は日に日にレベルアップしているのが横で見ていてもわかります」

「だな。 随分と水を開けられた気がするぜ」


 自分では良く分からないけど、そんなにレベルアップしてるのかねぇ。

 それは、明日の試合で佐田さんと試合すればわかるかもしれないが。

 

 そんな風に歩いていると、宏太が言っていたと思われるコートに到着した。

 都合よく、今は使われていないみたいだし早速体を動かすとしますか。


「ね、夕ちゃん、ちょっと私とマッチアップしてよ」

「あん? まあいいけど」


 入っていきなり亜美と1onすることになったわけだが、まあ息抜きにはいいか。

 なんてこと言ってたら、こいつにはあっさり負ける可能性もある。

 まだ負けた事は無いが、いつも冷や冷やモノだ。


「多分、役に立てるよ」


 何故かやる気になっている亜美と、ハーフコートを使って対峙する。

 俺はボールを突いて、亜美のディフェンスの穴を探すが──。


「おいおい、お前それは……」

「ふふふー、気付いた? 兵庫の3番の動きをコピーしたんだけど」


 こいつ……。  全国No.1プレーヤーの動きをコピーしただって? 確かに、ディフェンスの癖とかはそれっぽいが。


「真似は出来ても、身体能力やテクニックは私が出来る範囲でしか真似できないんだけどね」

「いや、十分だ。 助かる」


 俺は、目の前の亜美を佐田さんだと思って相手することにした。

 しかし、こうやって見ると隙が無いな。

 俺はとりあえず、ドリブルで抜こうと試みる。

 レッグスルーを見せて、フロントチェンジを仕掛ける。

 ここ最近練習しているキラークロスオーバーだ。


「っ?」

「行かせないよ」


 体勢を崩したと思ったが、簡単に体勢を切り替えて俺に追いついてきた。

 これは今日の試合でも見せていたディフェンスだ……。 よほどの反射神経と柔軟な体でもないと、この動きは出来ないだろう。


「すげぇな……」


 今日の試合を見ただけで、佐田さんの動きを忠実に再現して見せる幼馴染に驚愕する。

 こいつはやっぱ化け物だ。

 一旦立て直して、再度隙を窺いドリブルを開始する。

 

 ◆◇◆◇◆◇


 たっぷり20分近く、そうやって佐田さんもどきの亜美を相手にプレーをした。


「ふぅ、良いリハーサルになった。 サンキューな」

「いやいや、私じゃ模倣は出来ても、本物のレベルには及ばないよ」

「癖とか動きが参考になったから、助かったよ。 これで明日は戸惑わずに済みそうだ」


 感謝の意を込めて、久し振りに頭をわしゃわしゃと撫で回してやる。

 希望がそれを見て、フグのようにぷくーっと膨れっ面になっているが、これは見逃して頂きたい。


「途中から見てたけど、亜美ちゃんすげぇな。 バスケやれよバスケ」

「え、嫌だよ? 私は皆とバレー続けるんだもん」

「どんどん人間離れしていくわよね、あんた。 本当にロボットなんじゃないの?」

「人間だよ!」

「しかし、本当に兵庫の3番と見間違える程でしたよ。 並大抵の観察眼じゃないですね」


 一試合の動きを見ただけで、あそこまで癖や動きを盗めるんだから、全くその通りだ。


「うんとね、バレーボールのイメトレする時にね、頭の中で対戦相手の動きとかをよくイメージして動かてるんだけど、それの応用かな?」


 つまり、頭の中でイメージした佐田さんの動きを模倣したのか。


「さっきも言ったけど、私の身体能力でできる範囲しか真似できないからNBAプレーヤーとかは無理だよ?」


 そんなこと出来たら世界が亜美を放っておかないだろうな。

 

「よし明日もあるし、今日はもう戻るか」

「そうだなぁ。 戻って対策考えたいし、そうするか」


 亜美のおかげで、佐田さん攻略の糸口を掴めた気がする。

 また亜美に借りが出来てしまった。


「夕也くん、さっきから亜美ちゃんとばかり仲良くしてる!」


 希望は、ずっとコートの外で見物で蚊帳の外だった為、機嫌を損ねているようだ。


「独り占めしてごめんね」

「むぅぅ……まあ、良いよ。 ちょっとぐらいは……」

「相変わらず大変ね? 夕也は」

「……そうだな」


 この問題は、早くなんとかしないといけないとわかってはいるが、中々これが難しい。

 今はとにかく大会に集中したいし、希望と亜美の問題は少し後回しだ。

 2人もわかってくれるだろう。

 俺は、仲良くいがみ合う2人の大切な女の子を眺めながら考えるのだった。

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