第107話 一日恋人

 ☆亜美視点☆


 映画を観終えて、次のマジカルランドへ向かう為に電車で揺られている。

 マジカルランドは東京にある、魔法の国をモチーフにしたテーマパークだ。

 可愛いマスコット達もいて、人気のスポットである。

 特に、クリスマスの今日はお客さんも多いはず。

 何せ、今夜は綺麗なイルミネーションと、パレードが見られるのだから。


「マジカルランド、懐かしいね?」

「そういえば、小学生の頃に家族合同で行ったな」

「そうそう」

「あの時は、マスコットに追いかけられて、亜美は泣いてたな」

「……嫌なこと覚えてるね」

「ははは」


 夕ちゃんと昔話を楽しみながら、電車は一路、マジカルランド前駅へ。



 ◆◇◆◇◆◇



 マジカルランドへ到着すると、夕方だというのに大勢の人がまだ遊んでいた。

 大時計を見ると、時間は18時。

 ほぼ予定通りに到着だ。

 まだ少し時間があるので、夕ちゃんと何かアトラクションで遊ぼうと思い、周囲を見回してみる。


「んー、あれ行こ!」

「あれ?」


 私が指差したのは、コーヒーカップならぬマジカルカップ。

 ランダムに回転するコーヒーカップで、回転数や、回転方向がランダムで変わる。

 運が悪いと凄く気持ち悪くなるアトラクションだ。


「あ、あれ……」


 目の前ではぐるんぐるん回るカップが急減速したり、いきなり逆回転を始めたりして阿鼻叫喚になっている。

 小学生の頃は怖くて乗れなかったけど、今なら大丈夫!


「行くよー」

「はいよー……」


 列に並んで順番を待つ。

 10分程、夕ちゃんと話しながら待っていると、順番が回ってきた。

 どのカップが良いか2人で相談し、私達はかぼちゃ型のカップに乗り込んだ。

 カップがゆっくり動き始める。


「あまり話してると、舌噛むかもな」

「急にくるからね」


 等と、話している内に、いきなり回転数が跳ね上がった。


「うわわわわ」

「心臓に悪いな!」


 これはハズレのカップかなぁ?!

 今度は急減速し、慣性の法則に従い凄い勢いで身体が振られる。


「うわい?!」

「えぐっ?!」


 その後も、不規則な挙動を続けるカップに、文字通り振り回されるのであった。


「ぜぇ……ぜぇ……」

「はぁ……はぁ……」


 カップを降りた私達は、息も絶え絶えになり、ベンチに腰掛けていた。


「悪魔のマシンだ」

「想像以上にやばいマシンだったよ」


 しばらくあれには乗りたくないと思った。

 私達は少し休憩を挟み、次のアトラクションを目指す。

 次は、マジカルアドベンチャーである。

 入り口で魔法のステッキを貰い、それを振ると、各所に設置されているモニターや、ギミックが反応するという仕掛け。

 シューティングゲーム要素もあり、敵さんに向かってステッキを振り、倒して進む場所もある。


「はい、夕ちゃんもステッキ持ってね」

「恥ずかしいことこの上無いな」

「あはは、似合ってる似合ってる!」

「やかましい!」


 ステッキで頭を小突かれる。

 尖ってるとこで叩くのやめてほしいなぁ!


「さー行くよー」

「はいはい」


 いざ、マジカルアドベンチャーへ!

 と、歩き出すといきなり扉が現れる。


 夕ちゃんが、何の気なしにその扉を開けようとすると──。

 バチッ!


「あ、痛っ!」

「大丈夫?」

「魔法で、トラップを解除してね!」


 アナウンスが聞こえてきた。

 どうやら、魔法のステッキでトラップを解除せずに扉に触れると、電流が流れる仕組みらしい。


「先に言えよ!」

「あはは、えいっ!」


 ステッキを扉の前のセンサーに向けて振ると、カチッという音が鳴り、トラップが解除された。


「なるほど……面白いアトラクションだな」

「そうだね」


 その後も、魔物を魔法でやっつけるギミックや、2人で息を合わせてステッキを振らないと進めないギミック等色々なギミックがあり、とても楽しめた。

 機会があれば、希望ちゃんとも来たいね。


 アトラクションを出て時計を見ると、時間19時前。

 夕食時だ。


「夕ちゃん、実はレストラン予約してあるんだ」

「ん? 予約ってお前、今日来れるかどうかわからなかったんだろ?」

「ダメだった時は、キャンセル料払えば良いし」

「バカかよ……」

「バカだよー」


 私がバカじゃなかったら、今頃とっくに夕ちゃんの恋人になれてるし。


「ほら、行くよ」

「わかったから引っ張るな」


 園内にあるレストランで、クリスマスディナーの予約をしてある。

 下見に来た時に「これは良い」と、思ったのだ。

 

「6月の結婚式体験デートの時もだけど、お前のデートプランて凝ってるよな?」

「そっかな? やっぱりデートするなら思いっきり楽しみたいじゃない? 下見して無駄なく楽しむ!」

「お前らしいわ」


 デートのあれこれについて意見を交わしながら、私と夕ちゃんは、次々に出てくるコース料理を心ゆくまで楽しむ。


「また金掛けてないか? 半分出すぞ?」

「ありがとう。 じゃあ家に帰ったらお願いね」


 こういう時は、夕ちゃんに甘えるのが正解だと私は知っている。

 夕ちゃんは、律儀だからね。


「んで、この後はどうするんだよ?」

「えとね、20時から中央広場のツリーや飾りが一斉に点灯して、綺麗なイルミネーションが見れるよ」

「そっか。 計画的だなぁ」

「ふふーん。 さらにクリスマスパレードもあるんだけど、私達は観覧車に乗るよ」

「何だ? パレード見ないのか?」

「うん。 それより見て欲しいものがあるの」


 それは、私が今日仕掛けたとっておきの魔法。

 夕ちゃん、どんな反応するかな?


 最後にデザートが運ばれてくる。

 ジャンボパフェである!


「うわわー」

「……でかくないかこれ?」


 夕ちゃんが言うように、いつもの倍ぐらいのサイズの入れ物に、パフェが入っている。

 まあ、普段から二杯とか食べてる私の敵じゃないけど。


「いただきまーす! んむ! おいしー」

「幸せな奴だなぁ」

「うん、幸せー」


 どうせ夕ちゃんは食べられないだろうから、普通のチョコレートケーキをチョイスしておいた。

 夕ちゃんは、それをペロリと平らげて、私が食べ終えるのをあんぐりと口を開けて待っている。


「んむんむ……ごちそうさまでした」

「こいつ、コース料理食べた後に、でかいパフェまで完食しやがった」

「知ってる? 女の子には別腹があるんだよ?」

「知るかよ」


 夕ちゃんは、呆れたような顔で私を見つめるのだった。



 ◆◇◆◇◆◇



 レストランを出た私達は、人でごった返している中央広場へやってきた。

 人混みを掻き分けながら、ツリーが見える最前列まで移動する。


「あと3分だね」

「測ったようにぴったりだな、お前の計画」


 私のスマホに書いてある、私のデートメモを覗き込みながら夕ちゃんが言った。


「まあねぇ」


 少し待っていると、クリスマスツリーや、周囲の建物の壁や柱の電球が一斉に灯り出した。

 赤青黄、カラフル輝きがあたり一面に広がる。

 

「うわわ、綺麗……」


 思わず声に出してしまうほどだった。

 夕ちゃんも、イルミネーションに目を奪われているようだ。

 夕ちゃんと見れて本当に良かった。

 数分間の間、その輝きに夢中になっていて時間を忘れそうになった。

 

「そだ、観覧車!」

「あぁ、そうだったな。 パレードより大事なんだよな」

「うん、行こ!」


 時間は20時10分。

 私の仕掛けた魔法が発動するまで後20分。

 私は少し焦りながら、観覧車の列に並び待ち時間を確認する。


「待ち時間10分?」

「だな」


 ドンピシャだ。 乗ったゴンドラが天辺付近に来るのが大体20時半ぐらいかな?


「良かったー」

「?」


 夕ちゃんは、不思議そうに首を傾げる。

 中央広場の辺りはパレードで賑わっているようだ。

 

 やがて、私達の順番がやってくる。

 ゴンドラに乗り込み、夕ちゃんと向かい合って座った。


「これで今日は終わりか?」

「うん、予定はここまでだよ」


 この後は私のプランには何も無い。


「夕ちゃん、今日はありがとう」

「ん? ああ。 俺も楽しめたよ」


 本当に一時はどうなるかと思った。

 仲直り、諦めなくて良かった。

 そう思いながら、ふと下を見てみる。


「ね、夕ちゃん、下見てよ」

「ん?」


 先程見ていたツリーのイルミネーションは、観覧車の中から見るとまた違った美しさを醸し出していた。

 

「見る角度が変わると、違うもんだな」

「だねぇ」


 ゴンドラの位置が天辺に近付いてきたので、時計を確認する。

 29分。


「ね、夕ちゃん、あそこに、暗くなってる一画があるでしょ? そこに注目しててね」

「ん? あそこか?」


 少しすると、暗かった一画に明かりが灯る。

 そして、そのイルミネーションの明かりが、文字を作りながらスライドしていき、メッセージが流れ始めた。


「メリークリスマス! 今日は一日、一緒にいてくれてありがとう! 夕ちゃん大好き!」


 イルミネーションが作り出したのは、私から夕ちゃんへのメッセージ。

 時間を指定して、好きなメッセージをイルミネーションで表示してくれるサービスである。

 下見に来た時に予約しておいたのだ。

 もちろん、夕ちゃんと来れなかったら意味は無かったのだけど。


「……」

「どう? 凝ってるでしょ」

「凝りすぎだって……なるほど、観覧車からしか見えないメッセージか……」

「これで、今日は本当に終わり。 ありがとうね」

「おう」


 今日は夕ちゃんにも、一日夕ちゃんを貸してくれた希望ちゃんにも感謝だ。

 何て思いながら眼下のイルミネーションを見ていると、不意に肩を抱き寄せられる。


「夕ちゃん?」

「まだ、一日恋人は終わってないからな」

「そっか」


 そういう事なら、もう少し甘えよう。

 私は、夕ちゃんの胸に顔を埋めるように抱き付く。

 すると、夕ちゃんも私の腰に腕を回して抱き締めてくれた。

 本当に、私か希望ちゃんどっちを好きなんだろう?

 きっと、どっちも好きなんだろうけど……ちゃんとどっちかを選んでくれる日は来るのかな?

 籍も入れず3人で同居なんてのも、幸せで良いかもしれないけど、やっぱり一番になりたいよね。


「キスしよっか?」


 夕ちゃんは返事の代わりに、黙ってキスをしてくれるのだった。


 この後、ホテルへ戻った夕ちゃんと私は、希望ちゃんに根掘り葉掘りデートの内容を聞かれた。

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