第105話 側にいさせて
☆夕也視点☆
希望とデート終えてホテルへ帰ってくると、ロビーに亜美の姿があった。
と言っても、別に俺達の帰りを待っていたとかそういうことでは無いようで、たまたま浴場へ向かう途中だったらしい。
手にはタオルやらシャンプーを持っているのが見える。
「あ、おかえり希望ちゃん」
「ただいま亜美ちゃん。 ちょっと待ってて、私も一緒に行くから」
「あ、うん、じゃあここで待ってるね」
「はーい!」
そう言うと希望は走って部屋へ戻ってしまった。
「……」
「……」
亜美と2人きりになり、少し気まずい雰囲気になる。
最近は事務的な会話などの最低限でしか口を聞いていなかったが、昨日急に電話がかかってきて「明日の25日、お昼から話がある」と言われた。
話だけなら今ここでしてしまえばいいのではと思ったが、当の亜美が一言も発しないので仕方がない。
「明日の昼にここで良いんだな?」
「……うん」
それだけ確認して、俺は部屋に戻ることにした。
途中、希望とすれ違い「おやすみ」と言葉を交わした。
多分、風呂で色々聞かれるんだろうなぁ。
☆亜美視点☆
夕ちゃんと別れて少し待つと、お風呂セットを持った希望ちゃんがやってきた。
夕ちゃんとは全然お話しできなかったけど、今は仕方ない。
明日……明日までの辛抱だ。
明日になればきっと。
「お待たせ」
「いこ」
希望ちゃんと並んで浴場へ向かう。
希望ちゃんと夕ちゃんは思ってたより早く帰ってきたね。 どうなったんだろう?
カポーン……
2人で並んで浸かる。
「奈々美ちゃん達はまだ帰って来てないの?」
「まだだねぇ。 今頃励んでるんじゃない?」
「あはは……」
希望ちゃんは苦笑いを浮かべている。
さて、んじゃぁ根掘り葉掘りいきますか。
「希望ちゃんはどうだったのよぉ? 思ってたより早く帰ってきたけどさ?」
「は、はぅ」
この反応は一体どっちなのか……。
「ど・う・だ・っ・た・の?」
「……えへへー、しちゃった」
「おお……」
しっかりと、前に進んだね。 まぁだいぶ後押ししちゃったしなぁ。
これで、私の有利な部分が無くなって一気に不利になった。
さらに言うと、私は今夕ちゃんと微妙な感じになっていて、明日のお話し次第では完全に私の負けが決まってしまうかもしれない。
崖っぷちどころか、崖っぷちに片手でぶら下がっているような状態だ。
「そっかぁ……希望ちゃんも遂に大人の女になったかぁ」
それにしても感慨深い。 あの希望ちゃんが夕ちゃんの恋人になって、えっちまでするようになるなんて。
私は浴場の天井を見上げて、もう、ここからじゃ希望ちゃんには勝てないかもしれないと思うのだった。
「亜美ちゃん、明日夕也くんとお話しするって?」
「夕ちゃんから聞いたの?」
「うん」
彼氏とデート中に他の女の子の話を振るなんて何考えてるんだろうかこの子は? 余裕?
「戦線復帰、するんだよね?」
「……夕ちゃん次第かな?」
「そっか」
「もしかしたら、明日で希望ちゃんの勝ちが決まっちゃうかも?」
「だと楽でいいんだけどね……」
希望ちゃんの中では、まだまだ私との決着はつかないと思っているのか、油断の色は見られない。
本当に強敵だよ。
「で、今日はどんな事をしてきたのかお姉さんに教えなさーい!」
「はぅぅー」
恥ずかしがる希望ちゃんから、今日の事を聞き出して弄ってやることにした。
本当に可愛い妹なんだから。
あらかた希望ちゃんから情報を引き出したところで、私から希望ちゃんにお願いがあることを伝えることにした。
「ねぇ、希望ちゃんにお願いがあるんだけど」
「ん? お願い?」
「うん……もしね、明日夕ちゃんが『良いよ』って言ってくれたらで良いんだけど」
「うん?」
「1日、夕ちゃん貸してほしいの」
要するに、明日もし夕ちゃんと仲直り出来たら、そのままクリスマスデートに誘いたいのである。
デートコースの下見は、この間の夜に済ませてきた。
「うーん……」
難しい顔をして考え込む希望ちゃん。
やっぱりここから先は、希望ちゃんも甘くはないかな?
デート作戦は無しになるかもしれない。
「いいよ。 夕也くんが良いって言ったら」
「ほ、本当! ありがとう!」
「本当は嫌だけど……亜美ちゃんには一杯返さなきゃいけない恩があるからね」
「……そんなの気にしなくていいのに。 でも、ありがたくその恩を返してもらうよ」
希望ちゃんは「うん、仲直り頑張って」と背中を押してくれた。
◆◇◆◇◆◇
翌日、午前中は夕ちゃん達バスケ部が、昨日の試合の録画を見ながら次の対戦相手の傾向と対策を練る為のミーティングがあるとの事なので、それが終わるまで私は時間を潰す事にした。
「これが件の画像が貼ってあるスレッドやつだね?」
ホテルのロビーに設置してある、宿泊客用のパソコンを使って私の名前検索したら、夕ちゃんが見つけたと思しきスレッドを発見した。
書き込みを読んでいくと「亜美ちゃん可愛い」「亜美ちゃんは俺が養う」「胸揉みたい」等の書き込みが多数見受けられた。
「……うわわ、気持ち悪い」
鳥肌が立った。
「む、これね」
今回の一件の発端となった画像を発見した。
撮られている距離から見るに、反対のホームからスマホで撮影したものだ。
確かにこの画像だけ見れば、私が春くんに抱き締められてるだけにしか見えない。
まぁ実際そうなってしまっていたんだけど。
「こんな物のせいで……」
怒りが込み上げてくる。
「よし!」
カタカタカタカタ……タンッ!
「『この画像をすぐに消してください』と。 よし 投稿!」
しばらくしてブラウザの更新をかけてみる。
すると──。
「んん?」
新着レスに「誰だお前?」「まさか本人降臨?」「亜美たん降臨マジ?」などとお祭り状態になってしまった。
「うわわ、もしかしてやっちゃった?」
「バカ、何やってんだよ。 こういうのはスルー安定だぞ亜美」
「うわわわ!?」
急に後ろから声を掛けられて、びっくりして体が跳ねてしまった。
「ゆ、夕ちゃん」
「なーにエゴサしてんだよ」
「……画像消してもらおうと思って」
「変な祭りになってるじゃねぇか」
今もブラウザを更新すると「本人ならおっぱいうp!」とか意味のわからないことで盛り上がっている。
「そのスレはもう見るなよ」
「うん……」
私はブラウザを閉じて、パソコンの電源を落とす。
「ミーティングは終わった?」
「あぁ」
今思えば、夕ちゃんとこういう風にお話するの久しぶりかも?
「んじゃあ、お話しよっか……ここだと知り合いの人多いし、どこか場所移さない?」
「どこへでもお供しましょ」
「くすっ……何それ」
久し振りに普通に話した夕ちゃんは、思っていたよりもフランクで少し安心した。
ホテルを出て、少し歩いた所に喫茶店がある。 下調べ済みだ。
「ここでいい?」
「おう」
私と夕ちゃんは、2人並んで喫茶店に入る。
2人用の席に案内してもらい、飲み物を注文して早速話を切り出した。
「夕ちゃんに、ちゃんとお話ししておこうと思って」
「どんな話だ?」
「私と、春くんの事だよ」
「……」
春くんの名前を出した途端、夕ちゃんの表情が曇る。
希望ちゃんが言っていた「嫉妬」している説は濃厚かもしれない。
「実はね、この間、春くんにまた告白されたの」
夕ちゃんの表情を窺う。 眉がピクリと動いたのが見えた。
「アメリカに一緒にってまた言われちゃった……アメリカに行ったら、夕ちゃんにも会わなくて済むし、きっと忘れられるって」
「……で?」
あからさまに機嫌が悪くなった。 やっぱり嫉妬してるんだ。 私が春くんに取られるのが嫌なんだ。
「ふふ……」
「な、何がおかしいんだよ」
「必死だねぇ、夕ちゃん」
「必死? 何の事だよ? 俺はお前が春人とどうなろうが、アメリカへ行こうが別に──」
「行くわけないよ」
「へ?」
素っ頓狂な声を上げて唖然とする夕ちゃん。
凄く面白い顔してる。
「アメリカになんて行くわけないじゃん?」
「お、おう……」
「告白も断ったし、春くんには私の事諦めてもらった。 もう春くんとは何もないよ」
「……だ、だからなんだ?」
「だから、嫉妬しなくていいんだよ?」
悪戯っぽく首を傾げて言ってやる。 夕ちゃんは慌てたような顔になり「バカかお前! 別に嫉妬なんてしてねぇよ」と取り繕っていた。
可愛い。
「そ、それで……そんな話してどうしようってんだよ?」
「前みたいに戻りたいの。 あの日、夕ちゃんに『好きだとか言うな』って言われて凄く辛かった」
「うっ……」
「でも、何を言われても私は夕ちゃんの事が好き」
「……」
この気持ちは、もうどうにもならない。
希望ちゃんにだって負けたくない。
でも……。
「でも、本当に夕ちゃんが、私を邪魔だって言うなら……もう2人の邪魔はしないよ」
「邪魔って……」
もしここで「邪魔だ」と言われれば、もう私は夕ちゃん争奪戦に復帰することはできないだろう。
「その時は、夕ちゃんを希望ちゃんから奪うのは諦めるよ。 その代わり、ずっと夕ちゃんを好きでいさせてほしい。 ……夕ちゃんと希望ちゃんの側にいさせてほしい」
その時は、2人の側で2人の事を見守っていく。
夕ちゃんは、額に手を当てて答えに悩むような、そんな表情を見せていた。
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